夜の製粉町商店街

 日が落ち、空の暗い色が深まると製粉町商店街に佇むネオンの看板が明かりを灯す。通りには酔っ払いのサラリーマンや客引きをする人々が雪崩れ込み昼とは違った賑わいを見せる。ストリートパン屋の売り子たちを引き取りに来た正雄たち舎弟に任せ譲司は商店街のメインストリートを歩いていた。

 メインストリートの中心近く、夜の店のネオンの看板が乱雑に並んだ雑居ビル。譲司は表からは入らず裏口へ進み部屋に入っていった。部屋の中には4人ほどの人間が座れる革張りのソファー席が1つとバーカウンター。カウンターの中には酒瓶が並んでいる。譲司がドアを開いた時に備え付けられたベルが鳴り、カウンターの中で何か作業をしていたであろう一人の女が譲司へ顔を向けた。


 「譲司君。いらっしゃい。」

 「どうも。玲子さん。」


 その女、赤阪玲子は譲司の姿を見て微笑んだ。譲司はカウンターのいつもの席に腰を下ろすと玲子は何も言わずにグラスへバーボンを注いで譲司の前に差し出す。


 「ごめんね。美緒ちゃん、ちょっと外に出てるのよ。」

 「いえ、今日はそういうのじゃないんだ。」


 継ぎ足し用の氷と譲司のキープしているボトルを用意して玲子は「買出しに行ってもらってるの。」と少しだけ眉を下げた。しばらく二人は談笑を躱していたら、背後のドアからベルの音が聞こえた。振り向くとそこには笹山の姿があった。


 「どうも。高木さん。」

 「よお。遅かったな。」


 譲司は店に現れた笹山へ隣に座るように促した。笹山は譲司の左隣の席に座り玲子へ焼酎の水割りを注文した。それが用意される間、譲司は夕方のストリートパン屋とのやり取りについて笹山へ話した。


 「なるほど。ストリートパン屋は脱法粉を仕入れるルートがあった。と。」

 「ああ。だが、末端の売り子にはその仕入先は口外していなかった。」

 「とすれば製造している幹部クラスに接触する必要があるということですね。」


 笹山は口元に手を当ててじっと下を見つめた。こうして何かを考える時、笹山は少し黙り込む。


 「しかし、ストリートパン屋が他所とつながりを持っていることに少し驚きました。」

 「確かにな。あいつらはよそ者には厳しく接する。俺らパンヤクザよりもその気がある。」

 「ええ。だからこの話、ストリートパン屋以外の誰かが関わっているとなれば話が変わってきますね。」


 ストリートパン屋は元来、少年たちが似たような境遇の少年たちが入れ替わり立ち代わりでやってきた反組織だ。その分お互いの絆のようなつながりが深い。故によそ者を受け付けない。パンヤクザはもちろん、社内で古株の敏腕記者と言われる笹山ですら近づくことが難しい集団だ。口達者な笹山ですら黙り込む。この問題事やまは糸口を拾うことが難しいことをそれが物語っていた。


 「そういうこっちゃ。このヤマはお前さんらには手が余る、ちゅう話や。」


 はっと譲司と笹山が後ろを振り向くとそこには男が1人立っていた。トラ柄のシャツに後ろへ丁寧に撫でつけられたオールバックの黒髪。長身ではあるがガタイの良い高木とは違いひょろりとした体格の男がにやりと譲司に向けて笑った。


 「小鳥遊の兄さん。お久しぶりです。」

 「あーあー。そいういうのええから。お前と俺の仲やないか。」


 譲司はその男、小鳥遊耕平の姿を見て立ち上がろうとしたが小鳥遊は肩を竦め呆れたように譲司を制し、右隣の空いている席へ座った。玲子は小鳥遊へ水が入ったグラスと温かいおしぼりを渡す。小鳥遊はそれを受け取り、玲子に熱燗を頼んだ。


 「ところで、兄さん。手が余るとは?」

 「言葉のまんまちゅうことや。このヤマにこのまま深入りしたらお前ら、死ぬで。」

 「兄さん、アンタ。」


 ――このヤマの黒幕を知っていますね。と続けようとした譲司の口を人差し指で小鳥遊は制した。先程まではにやりと笑みを携えていた小鳥遊の表情は一変して真面目な顔をしていた。そこには何の色も見えない。


 「ええか。高木。郡山の叔父貴からの仕事だとしてもお前はこのヤマから手を引きや。いらんことに首を突っ込む必要はあらへん――」

 「ただいま。」


 小鳥遊が何か続けようと口を開いたその瞬間、美緒がスーパーの袋を下げて帰ってきた。小鳥遊は誤魔化すように日本酒をお猪口に注いで煽る。そうして何事も無かったようにいつものニヒルな表情に戻り席を立ちあがった。

 

 「手捏ねの譲司を失くすんは惜しいからのぉ。俺は忠告したで。ほな。また。」

 「小鳥遊さんもう帰られるんですか。」

 「おう。美緒ちゃん、昼も夜もご苦労さん。またな。」


 ひらひらと手を振り裏口のドアを開け小鳥遊は帰って行った。譲司は思案した。もし、小鳥遊がこのヤマに関わりがあるとしたら譲司に忠告などしないだろう。寧ろ、譲司たちに知っていることを探りを入れるはずだ。つまり、小鳥遊はこのヤマの黒幕について自らも追っているか見当がついている。そのあたりだ。譲司はグラスを煽りバーボンを流し込んだ。胃の中が焼けるような感覚がした。

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