31 すべて は こぴー
次にまりんちゃんの情報を見つけたのは、それから一週間後。それまでの沈黙がウソみたいに、〈QuShiBo〉がざわついた。あの世界でまりんを見た、いや私はあの場所で、なんて目撃報告がネット中で上がった。トレンドには『佐藤まりん』や『SWITCHED ON GIRLS』といったワードがズラリと並んでいる。
つまりは、いくつもの仮想空間にまりんちゃんのアバターが現れ、歌っていたのだ。いや、それって。
「それってあたしたちのライブじゃん!」
しずくが集めた情報をみんなと見て、STUDIO SIRENの一室であたしは叫んだ。一体どういうつもりなんだ。いきなり消えて、急に現れたと思ったらあたしたちのパクりをし始めて。
「『サトウマリン』名義でのソロ活動開始、か」
「情報量が多いわね……けど、流石にこんなことをして、批判は受けてるんじゃないのかしら」
「それが、そうでもないみたい」
しずくがデータをホワイトボードに並べ、説明する。どうやらまりんちゃんが現れた世界はいずれも、過去にシンシージー社のアーティストとコラボした実績がある場所か、シンシージーの関連会社運営の場所らしい。一つ一つの世界の規模でいえば、やはり大企業の力を持つ彼女のほうが上回っている。
そう言ってしずくが表示させたのは、とある有名なエンタメ系情報サイトに掲載されたライブレポートだった。『サトウマリン 業界初の新型ライブで衝撃のソロ活動開幕』そんなタイトルが、まりんちゃんの写真と共に大きく載せられていた。
「新世代複合現実ライブのパイオニア、だってさ」
「パイオニア、って」
冗談みたいに聞こえる。業界初? あたしたちの存在は完全無視するつもり? みんなで考えたあたしたちのライブが、何の断りもなく『サトウマリン』のものにされてしまったみたいだった。
「つまりはシンシージー社が会社ぐるみで、佐藤まりんちゃんのバックアップをしてるってことだね」
「そう。物量で来てる」
「意味分かんない。だって、あたしたちのライブだってたくさんの仮想空間が繋がったんだよ。あたしたちが先にやってるって分かるはずじゃん」
「わたしらのファンは海外中心。逆にシンシージーは、日本国内での話題作りに特化させてる。この話題がまだ、海を越えてない」
あたしは頭の中で〈QuShiBo〉を開いて、『サトウマリン』を検索した。すると次々に現れる、『こんなライブ見たことない』だの『斬新な発想』だの称賛の投稿。わけが分からない。みんな井の中の蛙なの?
「アテンションエコノミーってやつか。これが」
「何、それ」
「注目されること、それ自体がネットじゃ経済的な価値を持つ。SOGの電撃解散と普通じゃないライブでのソロデビュー開幕……全部が確かに、話題になる要素」
「だからって、こんなのおかしい。まりんちゃんに……シンシージーに抗議しようよ」
「わたしたちの〈QuShiBo〉の公式アカウントで声明を出すわ。日本語と、英語で。まだ海を越えていないなら、自分たちで持って行きましょう」
「この件は、冷静に注視していこう。それじゃ、もう少ししたら曲作り再開するよ」
コン、と金属同士がぶつかる音がする。マナ姉が両手を合わせた音だった。
二人の言葉にしずくがうなずき、ふぅぅぅ、と細く長く息を吐いて記事を閉じた。あたしも許せない。けどあのライブで一番頑張っていたのはしずくなんだ。あたしよりもずっと何倍も憤っているはず。あたしも息を大きく吐いて、再びギターを握った。
◆◆◆
だけど、『サトウマリン』の国内評判は勢いを増すばかりだった。先のライブレポート以外にも、いくつかの音楽関係情報サイトが立て続けに記事をアップしたのだ。ほとんどは以前からシンシージーで曲を出しているアーティストの記事を書いていた企業運営サイト。こんなの、どうしても邪推してしまう。
それよりも悪い意味でいちばん効果があったのは、〈QuShiBo〉で多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーが『超ヤバい。こんなライブ見たことがない』と彼女のライブを紹介したことだった。
たったの数日でリアクションは数十万。その話題はついに、学校の教室でも聞こえるようになってしまった。
「よくこんなの思いつくよねー」
「ウチ、この前バーチャルロンドンにダイブしてたら偶然見かけたんだ! ほら、これ」
「マ? うわヤバ~、エグいじゃん」
すぐ前の席で交わされる会話。あたしがその輪から弾き出されて久しいけれど、この話にだけは口を挟まずにはいられなかった。
「……ねぇ、それってサトウマリンの話?」
「猫山さん? えっ、そうだけど……」
「猫山ちゃんもサトマリ知ってるんだ? えっ意外!」
サトマリって。いつの間にそんな略称まで生えてきてるのやら。
「……あのライブは、サトウマリンのオリジナルじゃない。あたしたちのやり方、パクられたの」
「えっ急に何?」
「あー……そういえば猫山さんもなんかバンドやってるんだっけ? 前に学校にギター持ってきてたよね」
「そういやそうだったね。でも、パクったって言われても、知らんし……」
「証拠だってある……! ほら!」
あたしは自分の机に置いていたPDを突き付ける。表示させたのはあたしたちのライブを撮影していた海外の投稿。だけどそれを見せても、クラスメイトたちはあまり変わらないテンションで続けた。
「これ猫山さん? へーめっちゃスゴいじゃん」
「確かにサトマリに似てる感じだわ」
「似てるって……だからこれはあたしたちが――」
「――でもバズってるのはサトマリじゃん」
「……は?」
言葉を失った。あまりにも平然と、それが当然かのようにクラスメイトに言い放たれた。
「正直、どっちが先とかウチらに言われてもねー」
「猫山ちゃんのほうもエモそうだから別にいいじゃん」
「なっ……ふざけ……!」
「れんげさん」
あと数秒で爆発してしまいそうだったあたしの前に、スッと間に入ってきたのはあみなだった。彼女はクラスメイトを散らし、あたしを教室の外、人気の少ない階段近くへと連れ出す。
「落ち着いて。こんなところで怒っていても仕方がないわ。彼女たちは佐藤まりんの関係者でも何でもない」
「でも……!」
「分かってるわ。あなたは正しい。けど今ここで何をやったって意味がない。佐藤まりんには何も届かないわ」
そう言われても、一度煮え返ったはらわたは中々鎮まらなかった。教室から顔だけ覗かせたクラスメイトが、遠くであたしたちを見つめてヒソヒソ何かを話している。何、その目? なんであたしを悪者みたいに見るの? チャイムが鳴ってクラスに戻っても、授業には全く集中できなかった。
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