25 イン・ア・しずく・ルーム

『できた。動作確認して欲しいけど、機材が重くて運べない』


 こうして準備を進めて、しばらくの時が経った頃。学校で帰りのホームルームがちょうど終わったところに、しずくから連絡が来た。


『お疲れ! じゃあどうしよう、しずくの所まで行ったほうがいい?』

『そうだね……じゃあ、家の場所教える』

「ってことで、しずくの家に行こう」


 脳内のチャットからそのままあみなに向けて声をかけた。グループチャットの既読は二つ。バイト中のマナ姉を除いたら、あみなも連絡は見ているはずだ。


「わたしも行くの?」

「当然! しずくがずっと頑張ってくれてたんだもの、二人で褒めに行こうよ。ほらっカバン持って!」

「ちょっ、待ちなさいよ……!」


 あたしはあみなの手を引いて学校のビルを出た。ええと、それでどこからどう向かえばいいんだっけ。地図アプリの検索にもたついていると、「こっちよ」とあみなに逆に手を引かれた。


「あなたはいつもいつも、強引なんだから」

「えへへ。でもあみなは付いて来てくれるじゃん。バンド組んだのがあみなで良かったよ」

「……本当に、そう思っているの? 真面目な人間なんて、バンドにはうっとうしいだけでしょう」

「なんでよ。あみな以外がバンドに入ってたら、きっとどこかで迷走始めてた」

「大したことなんて、できてないわ」

「最初に単独じゃなくて合同ライブから始めるべきって言ってくれた! アイデア出すときもたくさんツッコミ入れてくれた! それに、あたしたちの中で一番演奏上手いのはあみな! とマナ姉。あみなはあたしたちのバランスを取ってくれてる。大切なところでブレーキ踏んでくれるんだよ」

「ブレーキ、ね」


 あたしたちは地下鉄の駅に辿り着いた。ウォークスルー型の改札を通り抜けると、頭の中で決済アプリの通知がポップアップする。そのまま階段で降りていくのは1番ホーム。


「ときどき、思うのよ。前にいたバンドもわたしだけが真面目にやっていた。わたしがそっといなくなっていれば、今頃あのバンドもなんだかんだ続いていたのかしら」

「ふーん。でもあみなだからこそ、不真面目が許せなくて叫んだんでしょ。あたしたち、意外と似てるのかもね?」

「どこがよ」

「最初のライブで、あたしも叫んだ」


 あぁ、と隣で声が漏れると同時、ホームに電車が参りますのアナウンスが鳴った。


「ねぇあみな。あたし、あみなとやりたいこと一つできた」

「何をよ?」


 遠くからゴトゴト大きな音を響かせながら、トンネル内から風と共に電車が現れる。その轟音に負けないように、あたしはあみなの耳元に顔を寄せてそっとささやいた。



◆◆◆


「やっほ。入って」

「ぐぇ……」

「……ウソでしょう」


 しずくが住んでいるというアパートの、教えられた部屋番号の前まで行くと、インターホンを鳴らしていないのにドアが開いた。直後、あたしたちは揃って苦い顔をした。


 その理由はいくつかある。しずくは髪が寝起きのようにボサボサだし、下着しか付けてないのに玄関開けるし、ちょっとだけ臭うし。そして何より、彼女の背後にあるダンジョンを目にしてしまったからだろう。


「お、おじゃまします……」と恐る恐る入室。わざわざ回りくどい表現を使う必要もない。はっきり言ってゴミ屋敷だった。床が空き缶やら段ボールやらで見えない。靴を脱ぎたくないなぁこれは。後ろであみなが気絶しそうになっていた。真面目の権化みたいな彼女にとって、この光景はきっと致死量レベルの乱雑さなのだ。


「適当に踏んづけていいよ」

「……あのさ、今日って時間ある?」

「え? まぁ別に、今日は動作確認したらこの後特に予定ないけど」

「じゃあさ……まずこの家どうにかしない?」

「まじか」

「ウソでしょう……!?︎」


 所要時間、三時間あまり。すっかり日が暮れた頃、ひとまずしずく宅はゴミ屋敷から乱雑気味な家レベルにまで改善された。


「やば。この家の床久しぶりに見た」といつものパーカー服に着替えたしずくが部屋を歩き回る。しずく自身も大掃除の対象としてシャワーへ叩き込み、あたしの香水をぶちまけて良い匂いにしてやった。


「はぁ。まさか掃除から始まるなんて想定外だわ。それで、完成したものは?」

「うん。これ」


 そう言ってしずくは机の上から手のひらサイズで楕円形の機械を二つ拾い上げた。机は部屋の中央にドカンと置いてあり、足元には大きなコンピューターが二台、上には三枚ものモニターに大量の電子機器が置いてある。

 ここの周囲は大掃除で手を付けられなかったエリアだ。何せガラクタに見えても線が繋がっていたり電源が入っていたりするので、うかつに触れなかったのだ。

 しずくの指示に従い、あたしたちは〈ブレインネット〉のコネクタに機械を取り付ける。しずくは机の上にあった、アルファベットや数字が印字された大量のボタンが並ぶ装置をカタカタ動かし始めた。


「それ何?」

「キーボード」

「え、こんな形のキーボードあるんだ」

「楽器のとは別物よ。〈ブレインネット〉の思考入力が当たり前になる前は、これでコンピューターへの入力をしていたらしいわ。わたしも実物を見るのは初めてだけど」

「ハッカーの世界では今でも現役。脳と直接繋がっていないっていうのは、意外と役に立つ。――で、これで二人の動きが仮想空間のモデルとリンクした。見て」


 モニターはカメラのVRモデルを通して、仮想空間の様子が表示されている。その画面の中、ライブステージを模した空間にはあたしとあみながいた。あたしが適当に手を振ると、画面の中のあたしも手を振るし、驚いた表情まで一緒になる。


「スゴい! 完璧だよ」

「もう一つ仕掛けがある。えっと、どこだっけ……あぁこれ。見て」


 と丸まった紙を広げるしずく。そこには二次元コードが印刷されていて――それを目にした瞬間、あたしの視界が変になった。しずくの家と画面の中にあったライブステージがごちゃ混ぜになったみたいになる。


「おぁあぁぁぁ!? 何これぇ!?」

「これが今回の肝」「世界同士を繋げるシステム」

「しずくさんが二人……!?」

「現実のわたしと仮想空間のわたしが同時に見えてる」「まぁ、やってることは普通のARアプリと同じだけど。ただ視界全域を覆うサイズなだけ」

「想像以上ね……正直、ハッカーってれんげさんがあなたのこと勝手にそう呼んでいるだけだと思っていたわ。本物なのね。確か凄腕のハッカーをウィザード級、って呼ぶんだったかしら」

「全然。ウィザードどころか三流もいいとこ」


 謙遜しすぎだって思うくらいに、仮想空間と現実が交錯した視界は神秘的だった。これはとんでもないライブができそうだ。

 あたしたちは〈ブレインネット〉の機器を外して現実に帰還した。突貫ゆえにしずくがシステムを落とさないと止まらないらしい。「そういうところがまだまだなんだよ」と彼女は言っていた。


「こんな感じだけど」

「最高……! やっぱり、しずくがいてくれて良かった」

「……そう」


 しずくの視線がプイっと横を向く。でもその頬がちょっと赤くなっていたのは、見逃さなかったよ。

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