第五章 リンク

 月曜の朝。霞駅で、車内がわずかに揺れる。増結の衝撃。まるでその予兆のように、心の奥がざわめいた。


 牛尾駅。扉が開く。ふと顔を上げた瞬間、あの姿が視界に映った。


 彼女が牛尾駅のホームに立っていた。春の風が髪を揺らし、頬をやさしく撫でていた。


 一歩ずつ、迷いのない足取りで、彼女はやってきた。まるで、何もなかったように。手に小さなバッグを持ち、静かな足取りで乗り込んでくる。


 そして、ゆっくりと歩みを進めて、彼の隣に――座った。


 胸が詰まった。言葉にできない思いが波のように押し寄せる。それでも遼は、ただ黙って目を伏せた。なぜだろう。声をかけたかったはずなのに、その勇気が出なかった。


 窓の外を見つめる彼女の横顔は、何も語らない。けれど、どこか遠くに行っていた誰かが、またここに戻ってきた――ただそれだけで、胸の奥が静かに熱くなった。


 扉が閉まり、電車は再び動き出す。いつもの朝のように、淡く光る秋の日差しが窓辺を照らしていた。


 そのときだった。


 ふと、彼女の寝顔に目をやった瞬間――遼の中で、止まっていた何かが音を立てて動き出した。


 四年前の春真っただ中のあの日――就職活動の帰り、無人駅で電車を待っていた。


 ふと、ホームの真ん中に佇む制服姿の少女が目に入った。彼女はおもむろに、ゆっくりと線路の方へと近づいていった。


 咄嗟に駆け寄り、腕をつかんで引き戻した。


 顔を上げた少女は、堰を切ったように泣き始めた。


 とりあえず二人でベンチに座り、彼女が落ち着くのを静かに待った。


 彼女は何か言おうとしたが、


「今は、何も言わなくていいよ」


 そう言って、自動販売機で買ってきた紅茶のペットボトルを手渡した。


 少女は小さく頷き、両手で紅茶を包み込むように持った。


 春の空気の中で、それはほんのひとときの沈黙だったけれど、どこか忘れがたい静けさだった。


 名前も、年齢も知らない。けれどあの時、自分は確かに、誰かの“未来”を引き戻した。あの瞬間のぬくもりだけが、なぜか今も心の奥に残っている。


 そして今――


 隣で眠る彼女の横顔に、その記憶が重なった。


 言葉を交わしたことはなかった。でも確かに、あの朝の隣には彼女がいた。


 …朝逢う君へ。

 本当は、あの時――ありがとうって、言いたかった。

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