第2章 名家と生きる人形

第23話 「道屋家」

 ──プロローグ──


 リブロとヴォルカーノと別れた日の夜、蓮はようやく帰宅の途につけた。


「ふーっ……。よしっ、ただいま〜」


 疲れを悟られないよう、彼は息を整えてから扉を開いた。扉の先では、メイド服の女性が彼を待ち構えている。


「おかえりなさいませ、御子息様。例の一件は大丈夫でしたか?」


 広い廊下では、執事や他のメイド達が忙しなく行き交っている。その中を歩く蓮に、メイドは後を追いながら聞いた。


「なんとかなったよ。ま、無事に帰ってきたんだ。多めに見てくれ」


 冗談っぽく適当に返すと、メイドはムッとしながら彼の前に立ち塞がり、少し腰を屈めて目を合わせてきた。


「御子息様?我々が、一体どれほど心配したのかご存知ないようですね。明け方に電話を入れてくださったとは言え、本当に焦ったのですよ?」


 彼女の耳が後ろへ反り返し、瞳孔は縦に細まる。獲物を狙う、捕食者の如く。──それでも、背後の生える尻尾だけは正直に、主人の無事を喜び、小さく揺れていた。


「え、えっと……その……」


 その眼差しに射すくめられると、蓮は申し訳なさと恐怖で、一瞬呼吸を忘れた。


「……ん?何ですか?それは」


 そんな中、彼の手に見覚えのない物が握られているのに、メイドは気付いた。そこで、蓮はチャンスと言わんばかりに、震えた声で話を逸らした。


「あっ……こ、これは、貰ったんだ。旅先で。ちょうどこう言うのが欲しいと思ってたし、ラッキーだったよ」


「ふーん、貰った。へぇ……そうですか。それはそうと御子息様。今すぐ、御当主様達の元へお向かいください。お話があるとのことです。……あのご様子だと、かなりの時間を要するでしょうね」


「えっ待って?そ、それってどう言う──」


 これから起こる何かに怯える声を聞きもせず、メイドは人形を奪い取り、1人その場を去って行った。


 ***


「全くもう、御子息様は自由過ぎます……。……さて、と。この辺りですかね」


 メイドは、蓮の自室へ来ると窓際に人形を飾った。雲の切れ目から差し込む月光は、人形の影を浮かび上がらせる。


「我ながら中々のセンスですね」


 彼女は自信に満ちた様子で胸元へ手を当てると、嬉しそうに尻尾を左右に大きく揺らした。


「……にしても……」


 胸に当てていた手は、次第に安心から来るものへと変わっていき、思わずゴロゴロと喉を鳴らした。


「本当に、良かった……。あのお方に何かあったら、私は……」


 言い終える前に、彼女はうっとりとした目つきのまま、堪らず蓮のベッドへと飛び込んだ。


 シーツに胸を押し付けると、全身が彼に包まれるような、そんな錯覚に囚われる。蓮の柔らかい匂いが、鼻の奥までじんわりと香った。


 ──ガタッ。


 その時、誰もいないはずの部屋に、何かが動いた音がした。


「っ!?誰だっ!?」


 急いで身体を跳ね起こし、周囲を警戒するも、無論、室内には誰もいない。そこからしばらく、じっと部屋の中を見つめるも、物音が鳴る事はなかった。


「……気のせい……でしたかね?……では、続きを……」


 確認を終えたメイドは再びベッドへ潜り込み、主人の匂いを自身のものへと、上書きしてゆく。


 ──月光を浴びる人形の瞳が、一瞬だけ光を宿した事には気付かなかった。


 その夜の出来事を境に、蓮達がまた事件へと巻き込まれることは、まだ、誰も知らない。


 ***


『第2章 「名家と生きる人形」』




 あれから1週間が経った。セグレト達にも、いつもの日常が戻ってきた──しかし、彼女にはまだ、避けて通れぬ『ある課題』が残っていた。


「ここをこうする?いや、それじゃコストが跳ね上がるし……」


 彼女は店も開かず自室に引きこもり、寝巻きのまま、机上に広がる設計紙にペンを走らせている。


「セグレトさーん。今日も届きましたよ〜」


 ゆっくりと開いたドアから、ベレが顔を覗かせた。セグレトの側に駆け寄ると、握っていた新聞を手渡してくれた。


「ん、いつもありがとね。どれどれ……」


 新聞の一面には『カルド火山、結界破壊事件から一週間』という大きな見出しが踊っていた。セグレトはざっと目を通し、肩をすくめる。


「『再展開の予定無し』、か……。まぁ、そう書いてあるなら、結果的にはセーフだったみたいだね」


 彼女が新聞を読み込む中、ベレはその横で描き途中の設計紙を見つめていた。


「おぉー。これが私の羽根になるんですか?」


「ん?あっ、そうだよ。片翼のままじゃ過ごしづらいでしょ?見栄え的にもやっぱり、羽根は両方ないとね」


 火山での戦いでベレは右の羽根を失った。そのため、セグレトは自作の義翼を、彼女にプレゼントしようとしていた。


「えーっと、ここが……あれで……???」


 紙を見つめていたベレは、そこに書かれたナニカについて考えると目を回し、頭から煙を吹き出した。


「ベレちゃんにはまだ難しいよ。……って、私も苦労してんだけどねぇ……」


 読み終えた新聞を投げ捨てると、セグレトは頬杖を突き、ため息を吐く。そんな、自分のために頑張ってくれる彼女を、ベレは元気良く気遣った。


「セグレトさん!私、あなたが用意してくれた物なら、何でも嬉しいですよ!だから応援してます!」


 可愛く励ます彼女を見て、セグレトの曇り顔は少しばかり晴れた。


「はは、ありがとね。……うーん、やっぱりそう簡単にいくもんじゃないなぁ……。図書館でも行って資料を探すか、遠くの街まで行って実物を見てくるか……」


 そうこう考えを巡らせながら、身体を動かすと、狭い部屋の壁に何度も足をぶつけた。そして、ふと、ある事を思い出した。


「足……脚……あっ。……やっぱり、あの子に聞くしかないのかな。約束破りになっちゃうけど……」


 セグレトはそう呟くと立ち上がり、張った腰を反らし伸ばした。そのまま久々に足を歩ませ部屋を出ると、ベレもその後に続いた。


「どこに行くんですか?」


 全身鏡の前で着替え、髪を結うセグレトに、ベレは真似るように身支度を整えながら聞いた。


「蓮ん家。そこにいる知り合いが……ま、行けば分かるよ」


 多くは語らなかったものの、その言葉を聞くとベレの顔はパッと明るくなった。


「蓮さんのお家ですか!?やったぁ!」


 初めて行く彼の家がどんなものなのか、ベレは期待に胸を膨らませる。セグレトと手を繋ぐと、『休業日』の看板がかかるドアを押し、蓮の元へ訪ねに向かった。


 ***


 蓮の家はそこまで遠くはなく、2人で歩いても30分もしない内に辿りついた。


「こ……ここが、蓮さんの……」


 立ち塞がる鋼鉄の門。その先には公園のような大きな庭が広がり、図書館よりも遥かに巨大な屋敷がそびえている。そんな景色を前にしたベレは、言葉を失うしかなかった。


「相変わらずデカイ家だね。さ、中へ入ろ」


「ま、待ってくださいよ!蓮さんって、こんなお城みたいなお家の人だったんですか!?」


 ベレが素っ頓狂な声をあげる中、セグレトはきょとんとし、首を傾げた。


「あれ、話してなかったっけ?蓮ん家って、世界でも指折りの名家なんだよ」


 セグレトは何でもないように言うが、ベレの目はまん丸になった。


「え、えぇ……?そういえば誰かがそんな事言ってたような……言ってなかったような……」


 セグレトが嘘をついていない事など、火を見るより明らかだ。思いもしていなかった事実を前に、混乱を隠せないベレだったが、セグレトは特に気にせず、門番へと頼んだ。


「ほら、早く入るよ。門番さん、開けてもらえる?」


「もちろんです。御子息様のご友人のお頼みなら、なんなりと」


 慣れた口調で引き受けると、門は金属音を響かせながら開き、2人を屋敷の中へと招いた。


 ***


「全く、ようこそお越しくださいましたセグレト様。ごゆっくりどーぞ」


 皮肉っぽく彼女達を迎えたのは、煌びやかな装飾には似つかない、ラフな格好をしたいつも通りの蓮だった。


「連絡入れずに来たのは謝るから。それに、用があるのは、あんたじゃないんだし」


「え?そうなの?じゃあ……あいつか?呼んでくる」


 2人を客人用の部屋に案内すると、蓮はそのまま誰かを呼びに、部屋を出て行った。


「外も綺麗でしたけど、中はもっと綺麗ですね!凄いです!」


「あはは。ほんと、大金持ちだよね」


 目を輝かせ周囲を見回すベレの横で、セグレトは改めて、親友との埋めがたい財力の差を痛感していた。


 ──しばらくして、客室へ蓮が、1人のメイドを連れて戻ってきた。


「ほら、こいつだろ?呼んできたぞ」


「お久しぶりです、セグレト様。それと、初めましてですね、ベレ様。御子息様からお伺いしております」


 メイドはベレに向け、スカートをつまみ上げ一礼──カーテシーをし、丁寧な挨拶を見せた。


「私はベスティアです。この道屋邸でメイド長兼、御子息様の専属メイドをやらせてもらっております。今後とも、よろしくお願いいたしします」




 次回 第24話 「メイド長『ベスティア』」

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