第21話 「兼愛無私」

「今の……光は……?」


 魔力切れで倒れていたヴォルカーノのまぶたが、ゆっくりと開いた。


「起きたか」


 セグレトと蓮は、目覚めた彼女に、粛々と武器を向けた。


「……火山は噴かなかったか。やはり、失敗したんだな……」


 ヴォルカーノは身体を起こすと、杖を手から捨て、ゴトンと乾いた音を立たせた。


「切り札までも封じられるなんてな……。……俺の負けか。さぁ、煮るなり焼くなり、好きにしやがれ……」


 熱を気にせず硬い大地の上に座り、身を委ねるように漏らしたその言葉には、言葉は風に消えるように弱く、力の欠片も感じられなかった。


「……どうする?」


 蓮が全員に向けそう聞くと、誰かが答えるより先に、リブロが前へ出た。姉に対する、哀れみと怒りが入り混じる瞳。彼女は一呼吸置き、静かに姉へ問いかけた。


「……姉さんは、本当にこの世界を見限ったの?」


「……は?」


 質問されるのは予想外だったのか、言葉を詰まらせると、彼女は苛立ちながら更に聞いてきた。


「だから、本気でこの世界に愛想が尽きたのか聞いてるの」


「……はぁ、言うまでもないだろ。俺はたった1人孤独に、この火山に引きこもって、ましてや大噴火まで起こそうとした。見限ってないわけない……」


 そう言うと、ヴォルカーノが伏し目がちに笑い、軽く地面を殴りつけた。


「そう。……でも、私はそうは思わない」


 リブロは一歩も引かず、真っ向からそう言い放った。そんな彼女に対しヴォルカーノは負けじと、そのまま真っ直ぐ睨み返した。


「お前に俺の考えを否定する権利なんてない」


「姉さんが私の考えを否定する権利もないわ」


 火花を散らすほどの睨み合いを制したリブロは、無視するように話を続けた。


「姉さんは、私達の思いを『恐怖に値する力』と評した。でも、裏を返せばそれは── 異種族同士の絆を認めた、ってことよ」


ヴォルカーノの身体が、ピクッと揺れた。目は泳ぎ、気まずそうにうつむいている。


「……心のどこかでは思ってるんでしょ?今、この世界はそんなに堕落してない、昔よりもずっと──」


「うるせえっ!!」


 リブロの言葉を遮り、ヴォルカーノは怒声をあげると、思わず投げ捨てた杖へと手を伸ばしかけた。


「そんな事……分かってるよ……。……でも、今更後戻りなんてできねえんだ!俺は……俺は──!」


 彼女はそのままこの場を去ろうとし、立ち上がろうするも、その行為はリブロの一声によって止められた。


「やり直しましょう!」


 彼女もヴォルカーノの言葉を遮り、そう叫んだ。さっきとは打って変わった、明るい声色で。


「今からでも、きっと間に合うわ!」


「気軽に言うな!たとえお前が許しても、世界は俺を許さない!」


 怒鳴り声の奥には、悲しみが沈んでいた。


「世界は、ね……。……じゃあ、聞いてみましょうよ。今を生きる、人間達の話を」


 リブロは、ヴォルカーノの前から身体を引いた。


 彼女の後ろに立っていたのは、家族でも妹でもない、この世界で生ける者達。リブロは彼女らに、思いを繋いだ。


「……蓮とか言ったか。お前は、能力も魔法も使えない、普通の人間だ。なのにどうして、能力者や異種族と仲良くする。そう言う決まりだからか?……どうなんだ」


 妹が何をしたいのか悟った彼女は、伸ばした足を折り、その場に再び腰を下ろした。蓮もまた、リブロの思いを受け取り、ヴォルカーノの問いを真摯に受け止めた。


「決まり?そんなもん関係ない。仲良くしてる理由なんて、互いに好きでいる。それだけだ」


「……そうか。……セグレト、ベレ、だったか?特にお前らは、随分と親しそうだが、どうしてだ。能力者と人外だから、互いに思うところでもあったのか?」


 次にヴォルカーノは、自分と重ねられる存在──能力者と妖精に、答えを求めた。


「同情なんてしてないよ。蓮の言う通り、種族も条約も関係ない。私もこの子が大好きなだけだから。ね?ベレちゃんもそうでしょ?」


「はい!セグレトさんはいつも、私のためにご飯を作ったり、一緒に寝てくれたりしてくれるんですよ!あと!あと!えっと……とにかく!そんな優しいセグレトさんが、私も大好きなのです!」


 そう言うとセグレトは、黙りながらも嬉しそうにベレに抱きついた。顔を寄せ合いながら見せる無邪気なその光景に、ヴォルカーノは呆れ顔をしつつも、胸の奥がかすかに揺れた。


「……確かに、一昔前には差別はあった。でもな、こうやって血も種族も繋がっていない2人が、本当の親子みたいに仲良くしてる。その事実が、目の前にあるんだ」


 胸の奥で揺れた何かに、蓮の言葉が刺さった。ヴォルカーノの胸を押さえる両手が、小刻みに震える。今の今まで蔑ろにしていた自分の、本当の思いが、溢れ出そうになった。


「姉さん……今からでもきっと間に合うから。一緒に、この世界で生きましょう……!」


 リブロは座り込む姉に、希望溢れる、輝かしい笑顔を向け、手を差し伸べた。


 ──しかし、その手が取られる事はなかった。ヴォルカーノは伸ばしかけた手を引っ込めると、そのまま顔を隠した。


「……さっきも言ったろ……。俺は……怖いんだよ……」


 溢れた声は、消え入るように、誰よりも弱々しいものだった。


「リブロなら、俺に何があったか知ってるだろ……?もし、またあの目を向けられたら……あんな言葉を投げられたら……俺は、どうすればいいんだ……」


 声をくぐもらせる彼女の言葉に、リブロはキッパリと言い放った。


「その時は、私が全部受け止めてあげるから」


 リブロはヴォルカーノの前でしゃがみ、彼女の顔を隠す手を、優しく開いた。


「1人で抱え込まなくていいのよ。姉さんには、私がいるんだから」


「……でも、これは俺の問題なんだ……。家族を巻き込むわけには……」


 ヴォルカーノが視線を逸らしても、リブロは揺るがず、彼女の瞳だけを見据えた。


「家族だから、よ。姉さんの痛みは、私の痛み。そう言うものよ、家族って」


 彼女がそう言うと、ヴォルカーノはハッとした。今の自分は、もう1人では──いや、ずっと昔から、自分は1人ではなかった。リブロは両腕を広げ、穏やかに微笑みながら彼女を誘った。


「……昔はできなかったかもしれないけど、今ならきっとできるわ。ほら……おいで」


 気づいた時には、ヴォルカーノは、リブロの腕の中に飛び込んでいた。今は亡き、在りし日の思い出となった両親の影を掴むように。彼女は、縋りつく姉の頭を、ゆっくりと撫でた。


「リブロ……私……ずっと怖かったの!寂しかったの!悲しかったの!でも、誰にも……誰にも話せなくて──!」


久しく忘れていた人肌の温もりを感じながら、悠久の時を経て溜まった本心を、彼女に打ち明けた。リブロは何も言わず、ただその思いを受け止めてくれた。


 しばらくして、顔をあげると、いつの間にかリブロの顔が水面のように揺れ、滲んで見えた。


「お姉ちゃん……?どうしたの……?ほら、笑って……」


 その目を見たリブロも、段々と姉の顔がぼやけて見えていった。


「リブロだって……どうして泣いてるの……」


 目が合った2人は、次第に声量を上げていき、互いに幼子のように泣きじゃくった。


「……やれやれ、やっぱり姉妹だね。2人共そっくりだ」


 一度リブロの想いを受け止めたセグレトは、彼女とその姉の姿が重なった気がした。


「これで本当に、一件落着、だな」


 蓮は胸を撫で下ろしながら、笑顔でそう呟いた。


「2人とも、仲直りできてよかったですね!……あっ!見てください、あれ!」


 ベレが指した先では、地平の彼方から、暖かな日差しがその頭頂を見せ始めていた。


 昇る陽光が、長い孤独の幕を閉じた。


「……じゃあ、行くとするか。近くの街で、ゆっくり休もう」


 蓮がそう言うと、3人は眠るように活動を落ち着けたカルド火山を後にした。


 しばらくして、3人を追うように、姉妹の影も後を歩み出した。




 次回 第1章最終話 「新たなる始まり」

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