第11話 「魔女と妖精」

 仲間とはぐれたベレは、火山の奥で一人、魔女と対峙していた。


「あ、貴女は──」


 目が合った人物の姿を見て、ハッとした。深く被った魔女帽子。口元を隠す布。手には箒を持ち、こちらを見つめている。


「……この火山に潜む魔女ですね」


 そう言い切ると、魔女は不敵な笑みを浮かべて言った。


「それがどうした。ここがどこなのか、分かっているのか?」


 握っていた箒を軽く一振りすると、背丈程の大きさの杖へと変化した。


「……んん?」


 ベレの気を感じとった魔女は怪訝な表情をするも、その顔はすぐに戻った。


「なるほどな、あの道具に宿る妖精か。それで奪い返しに来た、と」


「あのスプレーがないと、私は──!」


「死ぬのだな」


 その一言にベレは背筋を凍らせる。それでも、ベレは魔女へと立ち向かう。


「どうしてアレを盗んだ!お前の目的は何だ!」


 威嚇するように大声を張り上げるも、魔女は一切の隙を見せず、嘲笑した。


「ふっ……話して何になる?問題は解決しないだろう」


 そう言い捨て、新しいおもちゃであるベレに、杖を向けた。動揺しながらも、負けじとベレも構える。


「死にたくなけりゃ……力づくで取り返してみな!焼き尽くす魔法ブルシアロ!」


 魔女が杖を振り上げると同時に、戦いの火蓋は切られ、空気が焼けるような熱気が走った。


「『ミズミズ』!」


 向かってくる業火にベレは怯まず、両手を突き出し唱える。洪水のような奔流が湧き上がり、炎を飲み込むように襲いかかった。


「水妖精か。ならば……爆破する魔法エスプロージョン!」


 水の中心がカッと光ったかと思えば、煌く水飛沫は部屋中へ吹き飛び、立ち込める爆炎がベレを襲うと、髪が散らせ、服は焦がした。


「くっ……ごほっ、げほっ……カ、『カゼカゼ』!」


 むせながらもそう叫び、舞い上がった靄を晴らした。


「多属性妖精……俺と同じ、能力者か」


 ベレの力を見た魔女は、すぐにそれが能力と言うことを理解した。そのまま杖を箒へ変えると、またがり飛び上がった。


「お前となんかと一緒にするなっ!『カチカチ』!」


 手の平に浮かぶツララを、宙を舞う魔女に向け、力任せに投げた。


「なかなか便利な能力じゃないか。」


 皮肉るようにそう言いながらゆったりと飛び、確実に攻撃を避けてゆく。


「そんな小細工で俺に敵うと思ったか? 火球を放つ魔法ヴォリード!」


 氷塊はいくつも火球に焼かれ、弾幕の余波は周囲の岩壁を崩し、火山を震わせた。


「数がダメなら……一発で!もう一回、『カチカチ』!」


 今度は両腕を真上に突き上げた。その両手の上に、今までとは比べ物にならない程の、巨大ツララを生成した。


「それっ!」


 小さな身体を大きくそらし、全身の力でツララを空へ放った。


「ほぉ、あそこまでの冷気を妖精如きが……」


 魔女は再び火球を飛ばすも、ベレの能力は強力だった。溶かしきる事ができず、ツララは魔女頬を掠めていった。


「おっと……。やはり並みの妖精とは格が違うようだ」


 ツララは魔女の頬をかすめ、赤い筋を残した。魔女は無言でそれを拭った。


「少しは遊べるようだな。面白い、たまには運動しないとな」


 ベレの力を認めた魔女の眼が妖しく光り、戦場の空気が一変した。


「覚悟しろ……!お前みたいなやつには、絶対に負けない!」


 滅多に本気で怒る事はないベレだが、今日は違う。その力で悪事を働き、舐めた態度を取る彼女を許さない。


***


 ──その頃3人は、はぐれてしまったベレを探していた……のだが、彼女は1人、スプレーを奪われた時と同じく、膝から崩れ落ちていた。


「私が不甲斐ないばかりに、ベレちゃんに……2回も危機が……」


 地面を握りしめる乾いた音が、洞窟に響きわたった。


「……そんな事してたってベレは戻ってこない。俺達に出来る事は、まだあるだろ」


 蓮が彼女を抱きしめて制止するも、彼女は涙を流し、凄い剣幕で彼に反論する。


「……私に、できることなんて……」


 かすれるような声で、セグレトはうつむいた。


「そんな事言わないで。あんたには私達がいるわ」


 項垂れるセグレトの頭を撫でながら、リブロがそう言った。


「死んでようが生きてようが、あの子の為になる事をやってあげるのよ」


「そうだ。それに、あいつを心から愛してるってなら信じてやるもんだ。ベレなら、きっと生きてる」


 2人が優しく、諭すようにそう言うとセグレトの息遣いは、だんだんと落ち着いてきた。


「そっか……そうだよね……。……うん!私の子だもの!きっと大丈夫!」


 溢れる涙を止ませ、サッと飛び上がる様に立ち上がった。立ち直ったセグレト共に、蓮とリブロも、ベレが消えた手がかりを探り始めた。


「急に消えたって事は、魔女の罠の可能性が高いけど……一体どんな罠か……」


「空間制御とか?ほら、アポートとかそういう系で……」


 周囲を調べるセグレトに蓮がそう言うも、彼女は人を小馬鹿にするような表情をした。


「そんな理論すら存在しない魔法、使えるわけない」


「そんくらい分かってるよ。俺は、魔女が能力者っていう事も考慮して話をしててだな。うちにだって瞬間移動能力者はいるし──」


 蓮が必死に後付けるようにそう言うと、“能力”という単語にリブロが反応した。


「確かに魔女は能力者だけど、あいつの能力は2000年前からずっと──」


 見回すとセグレトがリブロを睨み、見つめており、思わず話を止めた。


「2000年前……?何でそんな昔の話ができ──。……むぐぐ……」


 リブロに詰め寄るセグレトの口を、蓮が塞いだ。


「だから、今その話してもしょうがないだろって。で、リブロ。お前はどう考えるんだ」


 そうは言っているが、蓮もリブロを疑っているのか、やはり睨んでいた。


「……能力とかそう言う話じゃないわよ。どうせ、ただの落とし穴とか……こんな感じに、ね」


 リブロが杖を地に向けると、魔法陣が現れ、穴が開いた。


「えっ!?……き、気づいてるなら早く教えてよ……」


 セグレトが呆れつつも穴を覗くと、先が見えない虚空へと続いていた。


「この先にベレがいるのか?……分からないが、行くしかないよな」


「ベレちゃん……待っててね……!」


「行くわよ!」


 ベレを目指して3人は、穴へと飛び込んでいった。


***


 ──ベレと魔女の戦いは、さらに激しさを増していた。


「『ゴロゴロ』!『カゼカゼ』!」


 羽ばたくベレの周囲に、黒雲を纏う竜巻が現れ、空気を切り裂く雷鳴が轟いた。


「雷と風でストームか……!面倒な事しやがって……飛び道具から身を守る魔法ディフェサ・スペチアーレ!」


 魔女を包むように、半球型の結界が展開された。落雷や突風がそれに触れると、滑る様に弾かれ、反射された。


「少し本気を出すか……炎の光線を撃つ魔法ラギ・フィアンマ!」


 妖精程度に圧倒され、苛立った魔女は結界を解除し、獄炎の光線を撃ち込んだ。竜巻を貫いた光線は、ベレの羽根を消し飛ばし、撃墜させた。


「は、羽根がっ……!」


 消えた右翼の付け根を押さえてもがくと、能力は解除され、竜巻は止んだ。


「歯ぁ食いしばんな!高速移動する魔法ムヴィメン・ヴェロセ!」


 隙を見せたベレに向け、箒の柄を握ってそう唱える。すると、目にも止まらぬ速さで彼女の元へ接近し、そのまま突撃してきた。


「っ……!?」


 判断が遅れた。瞬きする間に迫ってきた魔女に為す術もなく、箒の先端が腹にめり込む。ベレは声を挙げる事もできずに、吹き飛ばされた。


 壁に叩きつけられ、息が詰まる。胃の奥から、何かドロっとしたものがせり上がってきた


「大丈夫だ。お前は妖精だからな。死にはしない、どれだけ苦しもうとな」


 降り立った魔女にそう煽られても、ただただ痛みに耐え、苦しむしかない。


 ──それでも、ベレは力を振り絞り、消え入る様な声で言った。


「まだだ……私は負けてない!あの人のとこへ、帰るんだ!」


 ベレの潤んだ瞳には、なお消えぬ光が宿っている。


「……まだ俺に楯突くつもりか。何がお前をそこまで奮い立たせる」


「セグレトさんは……本当のお母さんみたいに、私を愛してくれてるから……!」


“生みの親”、“お母さん”。その言葉が魔女の頭の中で何度も反響し、過去の記憶を掘り起こす。


「……お前はその、セグレトとやらが好きなのか?母親を愛しているのか?」


 そんな質問を投げかけた魔女の顔には、純粋な興味と、無邪気な笑みが浮かんでいた。


「あの人を置いて、死ねるわけない──」


「……ほぉ」


 話の途中で魔女が割り込んだ。ベレの言葉が、彼女の中に沈んでいた何かを刺激した。その顔にはさっきまでの意地の悪さは消え、まるで人生を共にした親友でも見る目をしていた。


「お前も“親”を……ふ、奇遇だな。俺も、かつて“親”がいた。だが、失った。その時、俺を愛してくれる者はいなくなった」


 魔女は一瞬だけ遠くを見つめた。


「……どうだ?こんな世界であがくより、俺と手を組まないか?」


 突拍子もなくそんな事を言われ、一瞬時が止まった様に感じた。が、すぐに正常心を取り戻したベレは、速攻で断った。


「冗談じゃない……誰がお前なんかと手を組むか……!」


 断られると、魔女の顔には、さっきまでの冷徹さが戻っていた ──その顔には、どこか悲しみが溶け込んでいた。


「……そうか、残念だ」


 そう呟きながら、苛立ちをぶつけるようにベレを蹴り飛ばし、再び壁へ叩きつけた。


「がはっ……うっ……」


「貴様には見込みがあったのだが」


 ベレが魔女に睨まれると叫ぶ気力すら残っておらず、言葉にならない声が漏れる。


「あ…………ぁ……あぁ……」


「口だけは一丁前だったな。さっきの威勢はどこへ消えた?」


 いくら侮辱されようが、彼女に恐ろしさを感じているのは事実。何も言い返せない。


「辞世の句の1つくらい、残してほしいが……そろそろ、終わるか」


 杖をベレに向け、最期を迎えさせようとする。


(助けて……蓮さん……リブロさん……セグレトさん……)


 涙を流し祈るも、魔女の手が止まる気配はない。


 ──その時だった。突如、火山の奥から鋭く響く声が飛んだ。


「武種変幻『鎖鎌』!」


 そんな声が聞こえると、どこからともなく飛んできた1本の鎌が、魔女の杖を真っ二つに斬り捨てた。


「っ!?炎の光線を撃つ魔法ラギ・フィアンマ!」


 予想外の攻撃に一瞬固まるも、鎌が飛んできた方向へ、植物が成長するように再生した杖を向けてそう唱えた。


 空気を歪ませる灼熱の光線を弾き、魔女へと飛び向かってくる2つの影があった。


飛び道具から身を守る魔法ディフェサ・スペチアーレ!セグレト、今のうちに!」


 結界を張ったリブロの合図で、彼女の後ろで箒に乗り込むセグレトは身を乗り出し、ベレを拾い上げた。


「ベレちゃん!助けに来たよ!」


「セ、セグレトさん……!」


 その名を呼ぶあたたかい声を聞くと、無意識のうちに、ベレは小さな腕で、彼女を抱きしめた。




 次回 第12話 「因縁」

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