取り合い
俺は彼女たちの言い争いを止めるためと身体を治すのに力を使ったのか腹が減り、食事をしようとリビングへと足を向けた。
それに身体はまだ本調子ではないが、何かを口にすれば多少は回復する気がする。
俺は二人の元へと急ぎ、夕食にしようと声をかけた。
「今日は私が響のために準備するね……!」
するとタマが少し強い口調で言って、先に台所に立った。
今の俺たちの食料は缶詰にレトルトカレーにアルファ米なのでレンジでチンだけで包丁を使ったりする難しいものではないがこれまでは俺がやっていたし、タマは猫だった訳で調理などやったことが無く心配だった。
が、ルグナの登場によって自分が何かしたいという気持ちがあるのだろう俺は邪魔をせずにタマに任せた。
しばらくしてから妙に静かだと思って様子を見に行くと、彼女はレンジの前で困った顔をして固まっていた。
「これ、どうやって温めるの……?」
手にはレトルトカレーのパックを持ったまま、レンジのボタンをいじくりながら不安げに振り返ってくる。
「あー、タマ。レンジは――」
「それくらい私がやるからどいて」
割って入るように、ルグナがすっと俺たちの間に割り込んできた。
「これはここのボタンを押して、時間を設定して、あとは押して待つだけ」
慣れた手つきでレトルトカレーを処理し、手際よく器に盛りつけ、レンジに入れるルグナ。
表示時間を確認してからチンとスタートボタンを押し、振り向いたときには得意げな笑みを浮かべていた。
「ほら、任せてくれればこんなもんよ。といってもこんな簡単なことじゃ自慢にもならないかー」
「……なんでそんなこと、知ってるの?」
タマが警戒心むき出しの声で尋ねる。
「契約獣魔になるとね、人間の生活に最低限対応できるような知識は最初から頭に入ってるの。――つまり、私のほうがお嫁さんお嫁さんに向いてるってわけ」
「なっ……」
タマの耳がピクリと跳ね、尻尾が逆立つ。
そのままルグナは、湯気を立てるカレーの皿を俺の前に置き、しれっと俺の膝の上に腰を下ろした。
「ほら、ご主人様。あーんしてあげる」
「お、おい!? ちょっと!」
ルグナがスプーンを手に、カレーをすくってこちらに差し出してくる。
俺は言葉を失い、スプーンを受け取るタイミングを見失ってしまった。
「や、やめてよ! 響はそういうの、望んでないんだからっ!」
タマが声を荒げ、勢いよく俺の反対側に座る。
「私が食べさせるから! 響、こっち向いて!」
「え~? 今、私がやってるとこなんだけど? 命の恩人に水差すの、良くないよ?」
「恩人って、そればっかりじゃない! 私だって……私だって、ずっと響のそばにいたのに!」
「でも結果として、私がいなかったらご主人様は死んでたでしょ?」
「っ……!」
二人の声がヒートアップするなか、俺は完全に蚊帳の外状態。
タマの皿からもカレーの湯気が立ち上っているが、まだ手がつけられていない。
一方のルグナは、堂々と俺の膝に座ったまま、まるで勝者の余裕のような笑みを浮かべている。
――いや、さすがにこの状況、どうなんだ。
「えっと……とりあえず食べようか。冷めちゃうし」
俺のその一言で、ようやくふたりは黙ってカレーに向き直った――が、牽制の視線だけでは終わっていなかった。
タマは俺の隣にぴったりと座り、時折こちらをじっと見つめる。
一方、ルグナは相変わらず膝の上。しかもスプーンを口元に持ってきて「ほら、あーんして」とまだ粘っている。
そしてタマもこちらにスプーンを向けて食べさせようとしてくる。
「……じゃあ、交互にでいいか?」
その一言に、二人は一瞬固まる。
が、すぐにルグナがにっこり笑って、
「うん、いいよ〜。じゃあ、まずはアタシからねっ」
タマは小さく唇を噛んだが、渋々とスプーンを手に取りなおした。
「……わかった。負けないから」
ルグナがスプーンでカレーをすくい、「はい、ご主人様、あーん」と甘ったるい声で差し出してくる。
――食べる。
すかさずタマがスプーンを構え、「次は私の番……響、あーんして……!」と真剣な眼差し。
――食べる。
交互に運ばれてくるカレーに、俺は餌を待つひな鳥のようにせわしなく口をぱくつかせていた。
あーんされるのって、こんなに疲れるもんなのか……。
味は確かに美味い。けど、それを味わっている余裕はほとんどなかった。
二人の間に走る視線の火花。ほんの少しでも食べる順番を間違えたら、爆発四散しそうな空気。
ようやく完食したとき、俺はどっと疲れた。
その夜――。
身体は疲れている。けれど、布団に入るというその直前から、またもや修羅場の匂いが漂い始めていた。
「早く、早く、響。あいつが来る前に布団敷いて」
タマに急かされて布団を急いで敷くとタマが当たり前のように俺の布団の中に入り込んで陣取る。
「ふーん? でもアタシが治した体なんだから、アタシが一緒に寝るのが筋じゃない? 急に様態が急変しちゃうかもだしー、治せない奴と一緒よりアタシの方が良いよね?」
ルグナもタマと同じように入りこんでくる。
俺は布団に横になったが、両脇にぴったりと張りついたふたりの気配に、神経が張りつめる。
「ちょ、ちょっと距離……!」
「寒いでしょ?」
「このくらい普通だもん」
左右から迫るぬくもりと、ほんのり甘い香り。そして柔らかさ。
しかも、ルグナの方は攻める気満々だった。
「ご主人様、サービスしてあげる。この雌猫よりスゴイよ」
そう言って、俺の布団の中にスルリと潜り込んでくる。毛皮の上着の下から覗く豊満な胸が、ぴったりと俺の腕に押し当たる。
「おい、ルグナ、ちょっと、近い……!」
焦る俺をよそに、彼女は楽しそうに身体を寄せてくる。
「ご褒美、ちょーだい?」
指が俺の胸元に伸びてくる。
だがその時――。
「もう我慢できないっ!」
「わ、わああっ!? タマ!?」
怒りと焦りを混ぜたような顔で、タマが俺の腕を抱きしめてきた。
「私だって響と一緒に寝たいのっ! というか、寝るのは私の隣って決まってるの!」
「うう……これ、どうすればいいんだ……」
寝返り一つ打てないこの状況、しかも片や嫉妬に燃えたタマ、もう片方は露骨に誘惑してくるルグナだ。下手に動けば、どちらかが爆発することは確定事項。
そんな中、俺は意を決して、そっとタマの手を握った。
「……タマ、今日はお前の隣で寝るよ」
「ほ、ほんとに……?」
タマの瞳が潤み、嬉しそうに尻尾をふるふると揺らす。俺は頷いて、小さな声で囁いた。
「落ち着けるのはお前の隣だ。それに、助けに行ったとき、俺の気持ちはもう決まってたから」
俺がそう言うと、タマは瞳を見開いて、次の瞬間には俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。
「うん……! うん……!」
まるで子猫のように、俺の胸に顔をうずめる彼女の体温は、心地よくて――そして、やっぱり俺にとって特別だった。
……だが。
「へぇぇ~~なるほど。そういうこと、言っちゃうんだ?」
反対側から冷たい声が飛んできた。
ルグナだ。
目は笑っている。でも、その奥には明らかに張りつめた何かがある。――やばい、やっぱりこれは爆弾だ。
「ルグナごめん。今日だけは、タマの隣で寝かせてくれないか。俺があんな傷を負ったのはタマの為だし、大切に思ってるんだ」
できる限り穏やかな声で、俺は彼女に話しかけた。
すると、ルグナはゆっくりと起き上がって、俺の胸元に指を立てる。
「ふーん、なるほどねぇ。まあ、いーけど?」
言葉とは裏腹に、ぐっと胸を押しつけてくる彼女。表情は微笑んでいるが、瞳の奥は完全に計算しているそれだ。
「でもさ、ちゃんと覚えといて? アタシがいなかったら、ご主人様、今ここにいなかったんだから。命の恩人って、軽く扱うと……バチが当たるかもよ?」
囁くように耳元でそう言うと、彼女は体を離して布団から出た。
「ふふん、今日はタマの勝ちってことで譲ってあげる。でも、ご主人様の取り合いはまだ終わってないからね?」
そしてルグナは、わざと自分の肢体を見せつけるように立ち上がり、挑発的にウィンクしてから自分の寝床へと戻っていった。
「……」
俺は思わず深いため息を吐いた。
やっぱり、この子、油断ならない。
でも――命の恩人で、強力な力を持つ契約獣。下手に機嫌を損ねて、何かが起きたらそれこそ目も当てられない。
今は警戒しながら、慎重に距離をとっていくしかない。
隣で、タマがそっと俺の手を握り返してくる。
「ありがとう。響、ちゃんと選んでくれて」
「ああ……」
俺は小さく頷いて、タマの頭を優しく撫でた。隣に寝転がったタマが、俺の手をぎゅっと握りしめる。
そのまま、静かに顔を寄せてきた。
「響……生きててくれて、本当に良かった」
そう言うとタマは目を細め、そっと俺の頬に唇を寄せる。
「ん……」
ふわりと、やわらかくて温かなキス。
それをルグナは見るとタマをとがめた。
「――はあぁ? なに、勝手に先越してんのよ」
ルグナのその目はギラギラと燃えている。タマのキスに触発されたのか、ルグナは一歩踏み込んでくる。
「命の恩人は、報酬をもらう権利あるでしょ? まだちゃんと報酬を貰ってないしね」
「えっ、ちょっ――」
止める間もなく、ルグナが身を屈め、俺の唇を奪った。
「……っ!」
そのキスは、先ほどのタマのそれとは真逆の熱と勢いを孕んでいて、まるで俺を飲み込むようだった。
しかも、わざとかと思うほど体をぴったり押しつけてくるその感触。
――脳が、焼ける。
だが、それで終わるタマではなかった。
「な……なにしてんのよ!」
怒りと焦りに燃えた声とともに、タマが割り込んできた。
「わ、わたしだって――!」
そして、上書きするように、再び俺にキスをしてきた。さっきよりもずっと強く、熱っぽく――必死に、自分の存在を刻み込もうとするかのように。
「……ふ……ぅ……」
連続して唇を奪われ、至近距離での圧倒的な接触に、俺の理性はもう限界だった。
「ちょ、ちょっと……ま、待って……っ」
目の前がぐるぐると回る。心臓がやけにうるさくて、呼吸が浅くなっていく。
そして――
「うわ、ちょっと響!? 嘘、まさか――」
「ご、ご主人様!? しっかりして!? これ、もしかして、刺激強すぎた!?」
俺は、気絶した。
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