タマ回想

 あの日のことは、今でもはっきりと覚えてる。

 

 外でごうごうと風が唸ってて、雨がバラバラとうるさくて、空がピカッと光ったと思ったら、ドンって地面が揺れた。


 私は、まだ身体も小さくて、声もうまく出せなくて、何もできなかった。


 親も私には居なくてポツンと取り残された。鳴いても誰も来てくれなかった。

 強い雨風に打たれて、冷たくて、怖くて、心細くて、このまま死んじゃうのかなって、思ってた。


 そのとき、響が来た。


「大丈夫?」


 全身びしょ濡れで。


 気がついたら、響の腕の中にいた。

 温かくて、震えが止まらなくて、でもすごく安心して、そのとき思ったんだ。


 ――ああ、私この人のものになりたい。


 体も心も全部、響のものでいいって。

 番になりたいって、強く、強く、思ってた。


 それから響の家に連れて行ってもらって、響の親?それにしては年を取っているように見えたけどとにかく一緒に暮らし始めた。


 それから外に一緒に出て遊んだり、一緒に寄り添うように寝たり。思い出が沢山出来た。


 私も大きくなって響のために獲物を狩って私はこんなにすごいんだぞって、私を番に選んだ方が良いよってアピールした。


 その内、撫でてくれるときに腰をトントンしてくれていたから選んでくれたのかなぁって思っていたんだけど一向に手を出してくれないからもっと頑張って獲物を捕ってこようと思ったんだ。


 響はあんまり狩りが上手くないみたいだから、ネズミに追いかけられてたし。


 でも、急に響はいなくなった。


 突然だった。何の前触れもなくて、気づいたら帰ってこなかった。玄関で待ってても、昼寝して起きても、窓の外を見ても、響の匂いはどこにもなかった。


 胸が痛くて、何も食べたくなくて、動く気もしなくて、ただひたすら待ってた。


 ずっと、ずーっと、待ってた。


 夢の中でも響を探した。鳴いても、どこにもいない。

 でも、諦めたくなかった。

 響は、私を助けてくれたから。

 わたしは、響の番になるって、決めたから。


 そして、ようやく――


 響が戻ってきた。


 でも、最初に見たとき、響の目がすごく寂しそうで、胸が締めつけられた。

 戻ってきたのに、何かが壊れてるような、すごく遠くにいるようなそんな目だった。


「タマ……!」


 って響が言ったとき、やっと、心が温かくなった。

 でも、響は泣いてた。

 私の前で。泣き顔なんて見たことなかったから、びっくりして、心配になった。


 どうしたの? どこか痛いの?

 違う、そうじゃない。悲しかったの? 怖かったの?

 響、私、ここにいるよ。ずっと待ってたよ。


 疲れて二人で久しぶりに寝ちゃった時。


 そのとき、何かが変わった。

 世界の色が、言葉の意味が、響の心が――全部、わかるようになった。


「……タマ?」


 声が届いた。ちゃんと、言葉が、聞こえた。

 嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうだった。


 響の言葉が分かる。ちゃんと、伝えられる。

 もしかして、願いが叶ったのかな。

 番になりたいって、あのとき思った気持ちが、本当に通じたのかもって、思った。


 それだけじゃない。


 体も、変わってた。

 大きくなってて、手も足も、胸も、しっかりしてて、尻尾もふわふわしてた。

 響の膝に乗っても目線が近い。抱きしめたら響の体温が胸の奥まで伝わってくる。


 それに今までより何だか響が意識してくれている気がする。


 ――嬉しかった。


 ほんとに、嬉しかった。


 これで、響の番になれる。

 わたし、響のものになれる。


 ……でも。


 響はすぐには信じてくれなかった。

 戸惑ってて、困ってて、ちょっとだけ目を逸らした。


 だから、わたし、言ったの。


「子どもが欲しいもん」


 ――本気だった。


 響は私の番。それなら、当たり前のことでしょ?

 子どもが欲しいのは、響のことが大好きだから。


 でも、響は顔を真っ赤にして、「順番がある」って言った。


 だから、待つことにした。

 待つのは得意だもん。何年も、何年も、ずっと待ってたから。

 今さら、もうちょっとくらい待つのなんて、平気。


 でも――


 誰にも、渡さない。


 響は、私のもの。

 他の女の匂いなんて、絶対つけさせない。

 私が響の一番で、唯一で、番なんだから。


 だから、いっぱい匂いをつけた。

 頬にも、首にも、胸にも、全部。

 私のだよって印を、こすりつけた。


 他の女なんかに、取られたくない。

 私の知らない間に、誰かに優しくなんてしてたら――許さない。


 響のそばには、私がいる。

 これからも、ずっと。


 だから、響が困ってたら助けるし、危ないなら守る。

 ゴブリンとか響が言ってた危ない生き物が近づいてきたって、わたしが全部倒す。

 響には、傷一つ、つけさせない。


 響は狩りが下手だし、私の方が強いから。


 だから朝にゴブリンが近づいてきてたから響が危ないと思って倒してた。


 勝手に出たことは怒られたけど、ぎゅってしてくれて、わたし、本当はすごく嬉しかった。


 それにまた身体洗ってもらっちゃったし、水は苦手だけど響と触れ合えるのなら悪くない。


 だって、響のぬくもりが好きだから。

 響のにおいも、声も、顔も、優しさも、ぜんぶ、ぜんぶ大好きだから。


 人間のご飯を初めて食べたとき、箸ってやつは難しかった。

 でも、響がふーふーしてくれた煮物、おいしかったな。

 すっごく優しい味だった。


 私が何度箸を落としても、ちゃんと教えてくれた。

 だからもっと頑張って、箸もマスターして、響に褒められたい。

 だって、響の笑った顔が一番好きだから。


 それに、響が言ってた。

「食料が足りない」って。


 だったら、私が役に立ちたい。

 響が言うにはクエストってやつも、私が一緒に行けば大丈夫。


 だって、響を守れるのはわたしだけだもん。魔物だって、素手でやっつけられる。

 わたしの拳は、響のためにある。


 キノコも見つけた。響、すっごくびっくりしてた。

 えっへんってしたら、褒めてくれた。嬉しかった。


 これから、また新しい依頼が来るのかな? そうしたらまた褒めて貰えるチャンスかも。


 全部、私の番としての役目。

 もう二度と響を一人になんてさせない。

 もう二度と置いて行かせない。


 だって、響は――


 私のものだから。


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