第28話 女神の加護

食事も済ませてしまうと、郭公かっこうの私室で、戴勝やつがしらが議会の書類や設宴に関する資料をめくりながら話を聞いていた。


この元離宮は、宮城から遠く不便なもので使用頻度は低かったが、確か何代か前の女皇帝が退位した後に落ち着いた場所。

当時の総家令は女性だったそうで、彼女達の好みが反映されたらしい建築と内装は確かに好ましいものがある。

宮廷のように優雅とまでは言えないが、どこか素朴な田舎風リュスティックなリラックス感があった。


しかし、宮廷や軍の話はいくらでも出来る郭公かっこうに対して、戴勝やつがしらはそれこそタヌキの話くらいしか無いのだと自分の内容の無さにむくれた。


「・・・毎日二回、夜にタヌキがそこを通って行く。以上」

「近くにワイナリーシャトーがあるから、ブドウでも食いに来るのかな」


知らないよ、タヌキだって都合があんだろ、と戴勝やつがしらが首が傾げた。


「・・・黒曜様の新しい公式寵姫って誰?」

「二妃様の宮に入ったばかりの新任女官だと」

「・・・五役とか中堅だと確かに、まあ、年齢的にも貫禄ついちゃうから、黒曜様、若い女好きなのは知ってるけど・・・。新任と来たか。どこの姫君?」

「元老院の麻布伯の二の姫。十八といったかな。本来は松葉家の娘だとか」

「・・・ふーん。養女にしたの。松葉はよくわかんない・・・」

「知らなくて当然だな。松葉家は、爵位もなければ官位も無いし、地図上にもその治めるべき地名はない」

「となれば、皆大好きシンデレラストーリーだけど。・・・それをみさごお兄様が許したの?」


そう、と郭公かっこうが頷いた。


「・・・前の、佐春さはる女男爵おんなだんしゃくの二の姫でもダメだったのに?」

「使い捨てするなら都合がいいんだろう」


妃と違って、公式寵姫は身分がないからその立場を守る事は難しい。

肩書き一つで、宮廷の内外と対峙するならば、それだけの器量と度量のある人間でなければ。

だから、その選出はある意味妃の選定より慎重になるべきなのだ。


「・・・男爵家の娘の身分で太刀打ちできないんだよ?・・・その若い娘でどうするつもりなの・・・」

「・・・どうにもならんだろうな」


戴勝やつがしらがため息をついた。

十八と言えば、若鮎わかあゆ、あの和香わかと同じ頃合いではないか。


「・・・その前の佐春さはる家の三姫は?」

「いつもの事だ。寵愛消失につき即刻退去されたし、で、お払い箱だ。・・・公式寵姫で幸せになった人間なんてほぼ居ないだろう。・・・なる方も分かって来ているんだから、去る時も分かっているはずだ」


「廃妃みたいなもんだから、当然、財産分与なんかは望めないしな。だからその地位にあるうちはだいぶふんだくっておくもんだ。やる方もわかっているからポンポンくれてやるし」

「・・・それでも、笑えないよ」


確かに、今の宮廷はだいぶ様変わりしてしまったようだ。


「・・・女家令、前はそれで笑ってたよ」


そうだっけ。

ああ、そうだった。


女皇帝の寵愛が、妃から別の妃が移った、はたまた総家令が尽くしてそれが報われたようだ、いやふられたと、よく話のタネにして笑って居たものだ。


郭公かっこう戴勝やつがしらの髪に触れた。


神官姿のあの勇ましく結い上げた髪はとても好ましかった。

それが失われたのは悲しかったが、頬にかかる程の長さのこれも悪く無い。


髪が短くなって病み上がり姿の戴勝やつがしらを見て、若鮎は久々の再会なのに泣き出してしまったっけ。


未だにやはり体が怠いのか、眠そうに何度か瞬きする仕草もなんだか可愛らしいが、たまに本当に寝てしまう時もあって驚く。


この妹弟子は、ちょっと弱ってる方がこちらは助かるが、何だか物足りないのも本当。


戴勝やつがしらが少し不安そうに目を揺らした。


「・・・なら、変わったのは私?」


やっぱり、一回死んだようなものだからだろうか。

体が一回作り変わったようなもの。


「・・・目白めじろお兄様の骨髄貰って。それで血を増やしたから・・・。多分、今、私の血って、目白めじろお兄様の細胞で出来てるとして・・・。そういうので性格とかって変わるのかな・・・あの人、結構そういうところある・・・」


家令のくせに、真面目と言うのとも違う、ちょっとめんどくさく、悲しいと言うか。


最近、会えてないけれど。

黒曜の侍従だから、きっとそのまま総家令になるのだろう。


聖堂ヴァルハラでも順調に出世し、もとの郭公かっこうの地位まであともう一歩らしい。


「黒曜様が継嗣と決まっても、親のあの二人がそう簡単に身を引くとは思えないけど?」

「その通り。だから黒曜殿下との間にまたワンクッション置きたいわけだな。来月から、俺に宮廷に常駐で来いとさ。目白めじろ聖堂ヴァルハラで忙しいからな」

「おー、郭公かっこうお兄様に板挟みになれと?そんなに船頭ばっか多くてどうすんだよ。自分に何もないのがバレるの怖くて保険かけてるだけじゃないか」

「・・・女家令、全くその通りかも知れんな・・・でもそれは如何いかんともし難いだろう。無理というものだ」


何がしかの集団のトップが全員、聖魔たるカリスマだったり人格的に優れてるわけがない。


それを全ての人に求めるのは酷。


「・・・それで無くとも、金緑きんりょく女皇帝様は、己が相応しくないのではと気に病んでいらっしゃるからな。・・・さらにはみさご兄上だってそうだろう・・・」


女皇帝が望んだいすかは総家令を固辞したわけだし。

だからこそ、みさごはあの宮廷で女皇帝と自分の為に無茶して無双したのではないか。


「・・・違くてさ。そりゃ誰も彼もがカリスマなわけないじゃない。カリスマと人望って違うじゃない?カリスマを人望で補完する方法なんて結構あるじゃない?・・・あの二人にだって、あったんだよ。私知ってるもの」


戴勝やつがしらが少し寂し気にそう言った。


女皇帝の気まぐれで、その側に居る為の総家令の保身だとしても。

それでも、周りの者に対する心遣いはあった。


「・・・特に、家令私達にはそれがどれだけ嬉しいものか・・・。それが、黒曜様にあるといいなあと思う・・・」


それ、とはなんであるか。


・・・ああ、愛情か。


少し感傷的にそう言う妹弟子を意外に思った。


しかし、そう。その通り。


「・・・黒曜継嗣殿下は、総家令の子だもの。我々としては仕えるにこれ以上の喜びも意義も無いわけだ。殿下にしても、我々を好ましく思ってくださるだろうし」


その意図もあって、これから家令がより宮廷を支配出来る時代がやってくると言う事。


「・・・どうかなぁ・・・例えばさ、皇帝陛下が総家令にゾッコンで、その総家令が信じらんねぇくらい家庭的な宮廷でも作り上げてたとしたら皇帝陛下は家令達ごと愛してくださるかもしれないけどけどさ。まあ、そんなのなかなか無いだろうね」


そうだな、と郭公かっこうが頷いた。


「愛するとか愛されるとか、そう言うのは、芸術と同じ才能だからな。誰にも彼にもあるわけじゃないし。・・・知ってるか?占星術では、愛情と芸術は同じ金星ヴィーナスが支配しているそうだ。そしてその愛情は気儘なもんでもあるらしい」


愛と芸術を守護する、金星の女神。

彼女が微笑みかけてくれるのは、やはり、彼女を愛するものなのだろうけれど。


兄弟子が突然そんな事を言い出したのに、戴勝やつがしらが変な顔をした。


「・・・星鴉ほしがらすお姉様みたいな事言っちゃって・・・」

「ああ、昔、星の読み方を叩き込まれた事があったけれど、それこそ才能が無くて匙を投げられた」


占星術なんて眉唾だけれど、あれで結構、頭から説明されると納得してしまうものがある。


ああ、この妹弟子は、何と言われて居たっけ。


「・・・凶星持ちの因業娘・・・」


思い出してそう言って、郭公かっこうが笑った。


なんて言われ様だ。


あの魔女の様な姉弟子が、軍艦鳥ぐんかんどりに娘が生まれたと大喜びで、けれど、不思議な数式と記号が書かれたチャートを出して来ては頭を抱えて居たものだ。


「・・・月に辿り着くってのは、何なんだろうな」


星鴉ほしがらすはそうも言って居た。


「・・・そんなのわかんないよ。あの人、巫女でも無いのに神かがっててよくわかんないもん。あれ貰えるって事じゃ無い?」


テーブルの上に置かれた、宝石で装飾された黄金の偃月刀えんげつとうを示す。


確かに、三日月のデザインではあるが。


女皇帝から褒美として下賜された美しい宝物。

かつては、異国から入宮して来た姫の持ち物だったそうだ。

それは、みさごの母親に当たるわけだけれど。


だからこそ、懸念が一つあるのだけれど、と郭公かっこうが飲み込んだ。


今、口にすべきでもなかろう。


そればどうにも不安な事であるが、今、この病み上がりの妹弟子の気持ちを乱したくは無かった。












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