第16話 止まり木の家

アカデミーに在学している家令達が宿舎としているのは、街から少し外れた場所にある邸宅。


不思議な建築になっていて、部屋の全てから緩やかな勾配のある庭に出れるようになっていた。

明るく、日差しと風通しのいい建物で、居心地が良い。

青鵐あおじはこの場所がすっかり気に入っていた。


「元は、銀雉ぎんきじお兄様の後見になってくれた日長にっちょう殿下が奥様とお住まいだったお家なんだって」


戴勝やつがしらがそう言って、弟弟子にアイスクリームを手渡した。

冷凍庫いっぱいにアイスクリームが入っていて、彼女は、在宅時は一日中食べている。


「それは、ええと・・・?」


王族の名前は大概頭に入ってるつもりだが、聞き覚えは無かった。


目白めじろがそりゃそうだと頷いた。


「昔の話だからな。ええと、現在の金緑きんりょく女皇帝というのは?」

「・・・前皇帝陛下の白鉄はくてつ皇帝の公主様でらしたんですよね?」

「そうそう。で、その白鉄はくてつ帝というのは、緑柱りょくちゅう帝様の弟でらしたわけだけど。緑柱りょくちゅう帝には継嗣様が不在だった為、白鉄はくてつ様が皇位を継いだわけだ」


「で、日長にっちょう様は、その緑柱りょくちゅう帝の長兄に当たる方なわけ。優秀な方で一生をアカデミーに奉じられて、王族でアカデミー長になった方」


へえ、と青鵐あおじが感心して頷いた。


王族でアカデミー長とは、それは抜群に秀才で人格も優れていたという事だろう。


「そうね。しかも第一子なわけよね。その前の皇帝は艶福家で、つまり兄弟姉妹はやたら多かったらしいの」


それでも、その立場を捨てて宮廷から離れたというのか。


「だからと言ってその息子である日長にっちょう様の私生活がストイックかどうかは謎なとこよ。・・・そのアカデミー長様の内縁の奥様って人が、緑柱帝の継室だったって人らしいから」

「・・・はあ?弟帝の、お妃がですか?」


これこれ、と目白めじろが、木箱に入った菓子折を示した。


杜鵑ほととぎすが土産と持って来たカステラだ。


「ここカエルマークってお菓子屋。ここんち、継室候補群の家なんだよな」


このザラメ入ってるカステラ美味しい、と戴勝やつがしらも手を伸ばした。

青鵐あおじは、思い出した。


「・・・確か、棕梠しゅろ家だっけ?宮城の催しに全然出てこないって母が良く怒ってましたよ」

「うん。あそこんちなかなか来ないんだ。しかも、当主の腰が落ち着かなくて国内外あちこちで暮らしてるもんだから、呼び出し封書も届いてるんだか居ないんだか・・・」


継室候補群一の問題児だ。

しかしそれは、問題は起こさないが、問題にならない家、と言う意味で。

総家令もいつもあそこはどうなってんだとこぼしていた。


「で、その棕梠しゅろ家から継室に入った娘がいたんだけど。その人物もまたちょっと変わっていて、アカデミー在籍のまま入宮したらしい」

「・・・・学校辞めないまま嫁に来ちゃったってことよねえ・・・。兼業継室。・・・聞いたことないわ」


戴勝やつがしら目白めじろも首を捻った。


「まあとにかく。もともとその方のご実家の持ち物だったのがこの物件。緑柱りょくちゅう様がご退位後、その兼業継室は、アカデミーに戻ったわけ。つまり専業学生に戻ったわけね。で、日長にっちょう様と幸せにお暮らしになったそうよ。で、その二人が亡くなった後は、銀雉ぎんきじお兄様が譲り受けたの。それを現在、家令の寮みたいにして使ってるわけね」


銀雉ぎんきじ扇鷲おうぎわし軍艦鳥ぐんかんどりは、別に部屋も持っているらしい。


アカデミーに在籍しているという事は、学生か研究者、講師でもあるという事。

それなりに激務ではある。


「今、アカデミーに出入りしているのは、あとは白雁はくがんかな。最近、聖堂ヴァルハラに行ったきりだけど」

「あと、唐丸とうまるお兄様も。犀鳥さいちょうお姉様の命令で軍医にならなきゃだから、なかなか卒業させてもらえないのよね」

「指導員が鬼の犀鳥さいちょう姉上だから厳しいからなあ」


家令は戦場にも行くのに常に医師が足りないと、みさごが頭を悩ませていた。


きっと次は青鵐あおじにその面倒事を押し付けられるだろうと兄妹は笑った。


戴勝やつがしらは、銀雉ぎんきじに師事して自然科学、軍艦鳥ぐんかんどりについて法律、冠鷲かんむりわしについて鉄鋼業を修める事になっていた。


五年でそれを全て履修しなければならない。


目白めじろは二年早くアカデミーに入学を許され、やはり、銀雉ぎんきじについて医学、そしていすかによって、法律と政治学を学んでいる。

こちらは、卒業は一体いつになるやらである。


アカデミーでの生活を半年、休みが夏と冬の2ヶ月づつ。

その2ヶ月で、宮廷と神殿ヴァルハラ、そして前線に戻る予定だ。


青鵐あおじは初年度前期の間は、戴勝やつがしらについて行っていいと言われていた。

何の為かと言うと、勿論、自分もまたいずれ入学するのだから見学というのは一つ。

それから、この生活能力のあまりにもない家令二人の面倒を見ろという事だろうと思う。


青鵐あおじは、テーブルにカセットコンロを置くと、土鍋を乗せ、その様子を、兄弟子と姉弟子がワクワクして見ていた。


「・・・・私、鍋って食べるの初めて!」

「え、本当ですか?・・・と言ってもこれはすき焼きですけど」

「すごいなあ。青鵐あおじは、こんなことができるのかあ」


二人は感心して弟弟子を大絶賛した。


「・・・うち、母子家庭ですからね。母の実家は祖母が居ますけど、簡単なものなら子供の時から作ってましたよ。母の見様見真似ですけど」

「え?お母さんもお城勤めでしょ?副女官長様、何でこんな事できんの?」


戴勝やつがしらは不思議でしょうがない。


大猿子おおましこお姉様もお料理上手だけど、料理の学校に行って調理師免許も持ってるからだもの。青鵐あおじのお母様、女官で、調理師なの?」

「あれじゃないか。栄養士。大学とかにも栄養学科ってあるもんな」


真剣に話す二人が可笑しくて、青鵐あおじは吹き出した。


「違う、違いますよ。学校行かなくても大抵、皆、出来るんですよ」


家令の兄妹が本気で驚いているのがおかしい。


それから、すき焼きがとても美味しいと大絶賛。


「すごい!うまい!」

「・・・これ、何でこんなうまいの?肉と野菜なだけなのに?このスープがうまいからか・・・?」


大抵の食べ物は肉か野菜、もしくは魚だろう。


「良かった。・・・明日は、何食べたいですか?」

「明日もこんなうまいものが食べれるの?好きなもの作ってくれるの?」

「普段、城じゃ、大猿子おおましこ姉上が作ったもんを食ってるだけだもんな」


と言っても、二人は一般の家庭料理と言うものをあまり知らないらしい。


後で家庭料理の料理本を買って見てみる、と戴勝やつがしらは微笑んだ。


「じゃ、本を買って、材料も買いに行こう」


目白めじろの提案に、戴勝やつがしらが、いいね!と手を叩いた。


青鵐あおじは、まるで修学旅行のように楽しい日々だと嬉しくなった。

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