第12話 花束の日傘

家令の兄妹が夏至祭で女皇帝の歓心を買い、おかげでお見限り気味だった総家令が面目躍如だと宮廷では評判。


気難しいところのある女皇帝は、自分でそれに自覚がある分、以前にも増して不安定にならない事に必死になっていた。

よって、何か面白い事をしそうな家令の兄妹、つまり目白めじろ戴勝やつがしらを身近に置くようになっていた。


家令が重用されるという事は、つまりそのまま総家令を父にもつ黒曜こくよう太子の立場も上昇したと言う事であり、宮廷のバランスが変わり、風向きが変わって来たと言う事。


廷臣達は、さてどうなるのか、どちらに着くのが得であるのかを各々爪を研いでいると言う所だろう。


面白くないのは、男皇后であり、男妃達であり、その取巻き達。

そしてその宮に奉職する女官達もまた同じ気持ちであり状況である。


「・・・あの兄妹、家令の分際で陛下のそばから離れない」

「陛下、冬の静養バカンスには、あの二人を連れて行くそうよ」


廷臣なら知っている話題をまたわざと混ぜっ返して、人々が言い合っていた。


女皇帝が園遊会ティーパーティーの為に庭園に出て来るのを知って、出迎えの為に華やかに着飾った人々が回廊に現れていた。


そこに、噂の女家令と、最近家令になった

と言う少年がやって来た。


「間も無く、陛下がいらっしゃいますので、皆様、どうぞもう少々お待ちください」


青鵐あおじがそう告げた。


その瑞々さは宮廷の人々に好感を持って受け入れられていた。

高位の女官が母親であり、父親が家令であると言う点もまた人々の噂の的。


家令の姉弟が礼をすると、それぞれの人々がふさわしい礼を返した。


貴族筋である女官達が、自らが仕える妃達を呼びに行って来ると告げながら、家令に声をかけた。


新人の青鵐あおじに興味津々なのと、品定めも兼ねて、様々に質問をしている。


「・・・戴勝やつがしら、今回陛下は、離宮には、総家令と黒曜太子だけお連れするのですって?」

「・・・ええ、今回はカラスとコウモリだけの冬休みになりそうですわ。・・・タヌキだのキツネだとサルだの、四つ足のケモノの出番はないみたい。皆様、残念ですねえ」


カラスとは家令、コウモリとは家令を父に持つ黒曜太子の事だ。


更には、ケモノとは、女官たる彼女達の事だろう。

なんと言う不敬であり、不謹慎。

女達の多くは激昂して、非難の声を上げた。


これがまた宮廷中の噂になってまた騒ぎになるな、と青鵐あおじは面白そうにしている姉弟子を見た。


ほんの少しの後、人々が女皇帝の登場の気配に慌てて礼を尽くした。


「まあまあ、賑やかね」


総家令の腕を取って現れた女皇帝がそう言った。


賑やか、と言うより荒れているのだ、と青鵐あおじは思った。


「ええ、陛下がお出ましになる前に場を温めておりました」


姉弟子の詭弁にも驚く。


「まあ、そうなの。お前は本当に役に立つわね。お天気が良くて安心したわ」


何より沈んだ事の嫌いな彼女は機嫌よく庭園を眺めながらそう言った。


「皆も楽しむようにね」


そう言って、女皇帝は総家令と共に庭に出ていった。


青鵐あおじは、みさごに手渡された鮮やかに装飾された花束のような日傘を女皇帝に差し掛ける為に一緒に付いていった。




「・・・貴女、総家令からまたお説教ね」


戴勝やつがしらに声をかけて来たのは、藍摺あいずり子爵家の娘の白鹿はくか


自分よりは4歳年上の美貌と才媛で知られる貴婦人である。

やはり花畑のような日傘をクルクルと回している。


「・・・これは藍摺あいずり子爵家の一の姫様。この度は、名簿に変更があったとお知らせ頂きましてありがとう存じました」

「ええ。急な事でごめんなさいね。皆様にお送りする名簿、全部印刷し直しだったのかしら。別によかったのよー?訂正の二重線でも。(出戻り)でも」

「・・・アンタったら!そんな訳にはいかないでしょ、さすがに!」


つい吹き出すと、つられて、白鹿はくかも笑い出す。


宮廷に関わって、気が合って友人のように育った仲である。

彼女は一年前に伯爵家へ嫁いだのだが、結婚生活が破綻して離婚したと知らせが入ったのが、園遊会ティーパーティーの案内と名簿をそれぞれ招待客に発送する直前であったので、ちょっと大変であった。


「・・・あんなに派手な結婚式挙げたのに。新婚旅行を途中で新婦だけ別行動って聞いた時からなんかおかしいとは思ったけどさ」

「そもそも、父も母も、まあ一回試しに嫁に出してみるかと言う気持ちだったしね。戻って来て、現在、まあそうだよなって感じね」


そもそも彼女には大したダメージも無く、今現在を元気に過ごしているようだ。


「・・・星鴉ほしがらすにも、ほらねって言われたし」


子爵家に仕えている女家令だ。

彼女の母親というのが元は王族筋で、仕えていた星鴉ほしがらすを伴って公爵家に降嫁したのだ。

嫁入り道具が女家令では、公爵家は驚いた事だろう。


星鴉ほしがらすお姉様は魔女だもの。元気?」

「元気よ。アカデミーに行ったり来たりして忙しいけれど。ねえ、あなたのこと、銀雉ぎんきじ軍艦鳥ぐんかんどりも心配していたわよ。・・・正しくは、心配していのは銀雉ぎんきじ、面白がっていたのは軍艦鳥ぐんかんどり


自分の両親の名前が出て来て、戴勝やつがしらは変な顔をした。


「あの人達、宮城にすっかり戻ってこないから、こっちの仕事が減らない」

「仕方ないわよ。軍艦鳥ぐんかんどり扇鷲おうぎわしったら今だに銀雉ぎんきじにべったりだもの」


星鴉ほしがらすのおかけでしっかり家令事情に詳しい公爵令嬢が言った。


二人とも、兄弟子の銀雉ぎんきじの事が好きすぎて、順番に結婚して貰って一人づつ子供を産んだ。

それが、自分と目白。


アカデミー長になった銀雉ぎんきじのそばに居たくて、宮城にもあまり戻らず、アカデミーと軍を行き来している始末だ。


「私もみさごお兄様からお説教かもしれないけれど。・・・白鹿はくか姫も、今回の件で陛下のお気を損ねたみたいよね」

「うーん、そう、そこなのよ。・・・これからまた宮廷にも顔を出すつもりなのに。・・・肩身が狭いのは嫌だもの」


彼女くらいの身分と性格ならば肩身など狭いはずなかろうが、それでも女皇帝からの評価というのは得て置きたい。


そして、それはこちらも同じ。

いや、こっちは欠かせないものだ。


「ねぇ?・・・私、名簿入力し直して、出力して発送するの大変だったのよね。・・・その離婚話、陛下に面白く話してくれるなら助けになるけど」

「良いわよ!・・・どのあたりまで話して大丈夫かしらね?」

「ベッドでの話?・・・お姫様の話術次第でしょ?」


白鹿はくかが楽しそうと笑い、日傘を差し掛けた。


「姫、私、これでも軍人だよ?雨傘だってささないのに、日傘なんて!」

「あら、アナタ、王子様の寝室に招かれる事もあるかもしれないのよ?家令にとったらそっちも戦場なんだから。日に焼けちゃったら、シミシワソバカス、大変よ?そしたら、ベッドで本領発揮出来ないじゃない?」


なんて言い草、と戴勝やつがしらは笑った。

二人は、子供の頃のように手を繋いだ。


花束のような日傘の下、寄り添うにして手を取り合うと庭園へと向かった。

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