偃月刀と強欲な慈鳥

ましら 佳

第1話 月に辿り着く娘

月満ちて、本日、今まさに宮廷家令が出産に臨んでいた。


母親となる女の名前は、軍艦鳥ぐんかんどり

ここは王族の離宮として建てられた邸宅。


その昔、ある皇女が懇意の女家令に下賜したもので、それは贅沢な造りになっている。

夕方、うっすらと三日月が空にかかる頃、きらきらしいシャンデリアの輝くその一室に、女家令達が集まっていた。


「・・・ほら!もうちょっとよ!」


典医、軍医でもある犀鳥さいちょうがそう妹弟子を励ました。


「・・・ええ!?まだなの!?産まれる前から、なんて親不孝モンなの!?」


軍艦鳥ぐんかんどりが陣痛の痛みに耐えかねてそう叫んだ。


「・・・アンタねえ、産気づいたの、たった一時間前だよ?それでこれだけ分娩進んだのよ?・・・あんたの産道ったらすごい伸びるバッグみたい、これなら出血も少ないかも・・・五年前の扇鷲おうぎわしの時なんて、丸二日かかったんだからね!・・・ああ、うるっさいねぇ、少し黙ってな!」


痛い死ぬと大騒ぎの妹弟子を、犀鳥さいちょうが呆れて叱り飛ばした。


軍艦鳥ぐんかんどりは、その名の通りに勇しく、前線で任務に就き敵対国と小競り合いの度に頭から血を流したり足を骨折したりしょっちゅうのくせに、この痛がりようの大騒ぎ。


昼に好きなものだけたらふく平らげ、昼寝をしていた所に陣痛が来て以来、死ぬの殺されるの最悪だのと大声で罵っている。


扇鷲おうぎわしが、そうよ、と頷いて、軍艦鳥ぐんかんどりの口に甘い飲み物のストローを突っ込んだ。


「・・・親不孝者は、目白めじろよ!・・・二日もよくもまああんな狭くて暗いところにハマっていたものだわ。なんて根暗で決断力のない男だろう!こっちは死ぬかと思ったんだから!」


目白めじろというのが、彼女が五年前に出産した男児である。

赤ん坊相手にも容赦はしないし、母親としての自覚も常識も無い言い草であるが、それもまた女家令の特性。


さあ、いよいよ・・・と、軍艦鳥ぐんかんどりが息を吸い込んだ時、何もせずに優雅に茶を飲んでいた年嵩としかさの女家令が顔を上げた。

彼女は、星鴉ほしがらす

宮廷で魔女と呼ばれる女家令である。


彼女の元夫は家令のつぐみと言ったが、彼は外国から高貴なる人質という身の上で後宮に入ったすみれという継室を当時の皇帝であった緑柱りょくちゅう帝より下賜されるに当たり、星鴉ほしがらすとはさっさと離婚した。

家令の生き死にや動向など人事でしかないとは言ったものだ。


そして、その魔女は今、デスクの上にたくさんの不思議な天体模型を置いて、チョコレートを摘みながら何かを計算している最中であったのだ。

これで人間や物事の運命を読むらしい。


「・・・ああ、ちょっと待ってよ」


いざ、と構えていた犀鳥さいちょうが、姉弟子に制されて、何事かと顔を上げた。


「・・・今だと、星廻りがまずいから、軍艦鳥ぐんかんどり、お前、ちょっと我慢しなよ」


姉弟子の言葉に軍艦鳥ぐんかんどりが唖然としてから、叫んだ。

激痛で死にそうなのに!!


「何言ってんだよ!!こんな真っ昼間に星も月もあるもんか!我慢なんか!!出来るわけないじゃ無いの!!!」

「・・・まあ、バカなのねえ。明るくて見えないだけで、いつも星はあるんだよ!?・・・ったく、この根性なし!」


姉弟子はそう言うと、つまらなそうな顔でまたデスクに向かった。


そしてその後すぐに、耳をつんざくく産声を上げて、命の塊がこの世界に飛び出して来た。


「・・・ああ、良かった!産まれたよ。よくやったね!」


犀鳥さいちょうが母親となった妹弟子に声をかけた。


「・・・・軍艦鳥ぐんかんどり!女の子よ!?銀雉ぎんきじお兄様が喜ぶわ!こんなにさっさと生まれてくるなんて。なんて決断力のある女家令だろう!」


大喜びの扇鷲おうぎわし軍艦鳥ぐんかんどりの口に「お祝いよ!」とチョコレートボンボンを突っ込むと、甘くて強い酒の味に、軍艦鳥ぐんかんどりがうまいと呟いた。


銀雉ぎんきじと言うのは、彼女の息子の目白めじろの父親に当たる兄弟子である。

この扇鷲おうぎわし軍艦鳥ぐんかんどりはお互いに兄弟子の事が好きすぎて、喧嘩にならないように順番に結婚して貰ったという訳だ。


「・・・ねえ、本当に人間?恐竜でも生まれたのかと思った大声なんだけど・・・」


分娩の疲労を物ともせずに軍艦鳥ぐんかんどりがそう言って笑った。


犀鳥さいちょうが産湯で洗浄して、手早く柔らかな産着を着せつけて星鴉ほしがらすに手渡した。


彼女は嬉しそうに受け取ると、産まれたばかりの妹弟子に挨拶をした。


「・・・ああ、この凶星持ちの因業娘。お前は私達の妹弟子いもうと。・・・この戦場によく来たね。さあ、お前はきっと月に辿り着く」


それがどう言う意味なのか、妹弟子達は意味を図りかねたけれど、きっととんでもない娘なんだろうとそれだけは腑に落ちた。



 新たな女家令の誕生の知らせは、宮城の総家令のみさごの元に届けられ、彼はその知らせを喜んだ。


「・・・目白めじろ、お前に妹が生まれたそうだ」


彼はやっと五歳になった弟弟子を抱き上げた。


この子の母親である妹弟子の扇鷲おうぎわしに「私、軍艦鳥ぐんかんどりの所に行くから。お兄様、子守してて」と一ヶ月前に押しつけられてそのままである。


金緑きんりょく女皇帝が、自分の子供と同じ年頃であるからと乳母を増やして一緒に面倒を見させてくれているのが何より助かっていた。

その自分の子供、と言うのはまさにこの総家令と女皇帝との間の太子である。


その黒曜こくよう太子と目白めじろは同じ年であり、遊び相手としても調度良い。

いずれこの弟弟子を太子の侍従にと考えていた。

それは愛しい女皇帝の為に、そして息子である太子の為に。

そして、何より自分達、家令の為に。


みさご兄上。妹ですか?名前は?」

「うん、もう決めてある。・・・陛下が強く瑞兆となる家令をとお望みだからな」


家令は総じて、鳥の名前を戴く。


みさごは、目白めじろが遊んでいた砂絵盤の上に鮮やかな砂粒で文字を書いた。


"戴勝やつがしら"。


「知ってるか?頭のてっぺんにな、かんむりみたいな飾りのついた鳥なんだ」


宮廷の魔女によって「月に辿り着く凶星持ちの因業娘」と断じられた、生まれながらの女家令は、宮廷において今まさに駆け上がって行こうとする兄弟子によってそう名付けられた。

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