第56話 交易都市ロゼリアを出発の時
東の空がかすかに白み始めた頃、ロゼリアの街にある
「……んー……眠いけど、やっぱり遠出の朝はわくわくするね!」
桃色の髪を揺らして起き上がったのは、剣聖エリーゼ=アルセリア。寝癖を手櫛で整えながら、金に輝く右腕を伸ばして軽くストレッチをしていた。
「遠出……というよりは、命がけの潜入調査だと思ってほしいのだが……」
同じ部屋の隅で、青髪を揺らす神官ダリル=ベルトレインが、ぶつぶつと呟きながらマントのホコリを丁寧にはたいていた。銀縁の眼鏡が朝日の中でわずかに曇っている。
部屋の扉がノックもなく開き、朝日を背に受けたまぶしい男が入ってきた。
「おはよう、皆の衆。今日もボクは完璧だよ。旅の準備ならいつでもいけるさ」
金髪をきらめかせて微笑むのは、元王子で魔法使いのアリスター。まるで舞台俳優のようにキザな動作で一礼してみせると、エリーゼがくすくすと笑った。
「相変わらず派手だね、アリスター。でも、それが安心するかも」
「フッ、ありがと、エリーゼくん。君のその輝きには敵わないけどね」
「……朝から飛ばしてんな、二人とも」
階下からゆっくりと上がってきたのは、黒髪で大柄な剣士マスキュラーだった。革鎧を着込んだ彼は、すでに身支度を終えており、背中の大剣が存在感を放っていた。
「さて、準備できてんなら行こうぜ。ヴェルトとの待ち合わせは、東門だったな」
マスキュラーの一言に、四人は頷き合った。荷をまとめて宿の階段を降り、金羊亭の女将に挨拶を済ませて、まだ静けさが残る朝のロゼリアの石畳を踏みしめる。
「街の朝って、なんか好きだな。昨日までの喧騒がまるで嘘みたい」
エリーゼがつぶやく。石畳の道には露店の準備が始まっており、時折パンを焼く香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。
「……いい匂い。だが食べたら腹を壊すに決まってる……いや、何かの陰謀かもしれない……」
ダリルがうつむき加減にぼそぼそとつぶやくのを聞き流しつつ、マスキュラーは口の端を上げた。
「どうせ腹壊すくらいなら、今のうちに食っとけよ。生きて帰れる保証はねえんだからな」
その一言で、微妙な緊張感が走る。今日の旅は、ただの遠征ではない。向かう先は、マケドニア聖教国の支配圏。その中枢にある神殿へと、囮と潜入を目的にした危険な任務だった。
やがて東門が見えてきた。石造りのアーチに、まだ門番たちは緩やかな動作で警備をしている。朝の光に照らされ、そこに一人の黒衣の男が立っていた。
「……来たな」
仮面をつけたその男は、四人が近づくとすぐに言った。声は低く、しかしはっきりと通る。
仮面の案内人――ヴェルト。
彼とは2日前、スプレーマムの面々と密談し、今日の計画を立てた男だ。その過去には深い闇がありながらも、今は彼らの“道標”となる存在。
「遅かったじゃないか。ボクを待たせるとは、罪深いね」
アリスターが冗談めかして言うと、ヴェルトは仮面越しにかすかに笑みを浮かべたようだった。
「お前らの足並みが揃うのを確認していた。それに、ここから先は無駄口一つで命を落とす。軽口も今のうちだ」
「やだなぁ、怖いこと言わないでよね。でも……そういう空気も、嫌いじゃない」
エリーゼが言いながら、右手で剣の柄に触れる。その表情は明るくも、芯の強さを帯びていた。
「……経路は?」
マスキュラーが問うと、ヴェルトは手にしていた巻物を差し出した。
「まずは今日は街道を南東に向かい、目的の丘を目指す。翌日、小道を抜けて古い巡礼者の避難所に入る。そこが第一の中継地点だ。詳しくはその時に説明するが、その周辺から教団の巡回がある」
ダリルがそれを受け取り、眼鏡を押し上げながら確認する。
「……やはり危険なルート。しかし、他に選択肢もないでござるな……」
「選んだのはお前たちだ。後悔するなら、今ここでやめることだ」
ヴェルトの静かな言葉に、誰も返事はしなかった。
その沈黙こそが覚悟だった。
スプレーマムの四人は視線を交わし、そして誰からともなく一歩を踏み出す。ヴェルトも、それに続いて歩き始めた。
「じゃあ、始めようか」
エリーゼが笑顔で言った。
「この旅の先に、きっと――わたしたちの答えがあるから」
朝日が五人の影を長く伸ばしながら、交易都市ロゼリアの背後へと沈みゆく。新たな物語は、ここから始まる。
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