第43話 ガーランから見たエリーゼ
――彼女が、あの“カール”の血を引いているというのか。
食堂の入口に立った瞬間、私は少しだけ息を呑んでいた。
彼女は、思ったよりも若く、そして……儚げだった。だが、その奥底に眠る何かが、確かに私の血を騒がせた。あの煌めく桃色の髪も、透き通るような瞳も、決して“凡庸”ではない。むしろ、あれこそが“英雄”というべき何かを宿していた。
(銀髪ではない……が、あの眼は……)
私は、机の上で指を組んだまま、じっと彼女の足音を聞いていた。階段を下りてくる軽やかな足取り。だが油断はない。背筋を張って歩くその様は、剣士としての自覚に満ちている。
エリーゼ・アルセリア。
彼女の名を知った時、私は心のどこかで――いや、正確には“祖母の記憶”の残滓が、わずかに震えた。あの男、カール。我が祖母にとって唯一対等に肩を並べた、奇跡の剣士。その血が、この小娘の中に流れているのかと。
(どういう因果か。だが、やはり選ばれたのは“人間”か)
それが悔しいのではない。皮肉でもない。ただ、思わずにはいられなかった。
「エリーゼ・アルセリア……君が、そうなのだね」
私は静かに言葉を紡いだ。
そして予想通り、彼女は警戒の色を露わにした。
――あの剣の柄に、迷いなく手をかけるあたりがいい。恐れと、覚悟の狭間で揺れている。それでこそ、試す価値がある。
「安心していい。我々の目的は同じだよ。封印を解こうとしている魔族を捕らえたい――そうだろう?」
核心を突く言葉を口にすると、彼女の視線がわずかに揺れた。迷いと疑念。だが、心のどこかで、私を“信じたい”と願っている。いや、信じなければならないほど、彼女は何かに追い詰められている。
私の正体を明かすとき、内心で躊躇いがあった。
魔族の王族。人間にとって最も忌むべき存在。だが、彼女の目は――驚きに見開かれたそれは、恐怖や嫌悪ではなく、事実と向き合おうとする強さをたたえていた。
(……カールの目だ)
私の祖母は、かつてそう語った。
「カールの目は、どんな相手を前にしても濁らない。あれは“世界を選ばない眼差し”だ」
今、目の前の少女が見せているものも、まさにそれだった。彼女は人と魔の境界に立ち、なおその“中間”を見ようとしている。
(なぜ……君のような者が、あの無慈悲な人間社会から追放された?)
それが、私には理解できなかった。
自らを鍛え、仲間を想い、真実を恐れず見つめる少女――エリーゼ。そのような者を弾き出す王国など、滅んで然るべきではないのか。
私は封印について語った。
選別大会のことも。世界を滅ぼしかねない“あれ”の存在も。すべてを明かす必要はなかったが、それでも語ったのは、彼女を信じたからだ。
「協力して欲しい」
そう告げた時、彼女は私の目をじっと見ていた。
剣士として、戦士として、人として――相手の“本気”を見極めようとする、真剣な眼差しだった。私の偽りは、きっとその瞳には通用しない。
(ならば、偽らなければいい)
すべてを曝け出すことはできない。だが、真実の核を伝えることはできる。私にとってもそれは賭けだった。
「信じる者、失う者、裏切る者……それでも進まねばならない」
私の忠告に、彼女は何も返さなかった。ただ静かに、何かを心に刻むようにうつむいていた。
あの瞬間――私は確信した。
この少女は、私と同じものを背負っている。
滅びの運命を見据え、その先に希望を見出そうとする者の眼差し。祖母が、かつて見せてくれたものと、同じだった。
「私は――止めたい。祖母のように、誇りある魔王国を残したいんだ」
その言葉が、どれだけ彼女に届いたかは分からない。
だが、私は信じた。
エリーゼ・アルセリア。君は、この物語の転換点になる存在だ。
それが、世界にとっての希望か、破滅の引き金になるのかは――まだ、分からない。
ただ一つ確かなのは、彼女の選ぶ道が、魔族と人間の未来を分けるということだ。
だからこそ、私は見守る。
導くのではなく、導かれるのでもなく。
等しく隣り合う者として、運命を共に歩む者として。
彼女の旅が始まる時、必ずまた現れるだろう。
その時こそが、本当の“選別”の始まりなのだから。
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