第31話 エリーゼ捜索隊ルカリッチ。獣人の村を訪問する

峠をひとつ越えた先、深い谷あいにその村はあった。切り立った岩肌を削って築かれた住居には、至るところに木の装飾が施され、風に揺れる葉音と共鳴するように、自然と寄り添う文化が静かに息づいている。


 乾いた土煙を巻き上げながら、その門前に馬が止まった。騎乗の先頭にいたのは、レインハルト王国の捜索隊を率いるルカリッチ隊長。灰色の鎧に身を包んだ長身の男である。その背後には、王国から選抜された四人の兵士が控えていた。いずれも忠実な従者たちであり、任務の対象であるエリーゼ=アルセリアに私情を挟む者はいない。ただ命令に従い、成すべきを成すのみ。


「ここが、件の“獣人の村”か……」


 ルカリッチは馬上で呟き、やがて静かに地に降り立った。彼の視線の先、村の門番を務めていた熊獣人が、鋭い目つきで一行を睨んでくる。その威圧に臆することなく、ルカリッチはゆっくりと右手を掲げ、王国の紋章入りの書状を差し出した。


「私はルカリッチ。レインハルト王国より、ある人物の捜索を命じられて来た。これが正式な文書だ。少し、村の者に話を聞かせてもらいたい」


 熊獣人は黙って書状を受け取り、一読するとわずかに眉をひそめる。だが、偽りのない文書であると判断したのか、次の瞬間には態度を和らげ、門を開いた。


「探しているのは、桃色の髪をした少女だ。名はエリーゼ=アルセリア。剣を手にし、魔物を斬る者――その名に、心当たりはあるか?」


 問いかけに、熊獣人の眉がぴくりと動いた。


「……ああ。その名は、たしかに聞き覚えがある」


 案内された先は、村の中央に広がる広場だった。木々に囲まれたその場所に、杖を手にした老獣人の村長が現れる。白髪を三つ編みにし、腰をわずかに曲げながらも、どこか威厳を湛えた佇まいだ。


「エリーゼ嬢なら、確かにここを訪れたよ。数十日前のことだったな」


 ルカリッチの瞳が微かに揺れる。黒魔の森で命を落としたと考えられていた少女――エリーゼ=アルセリアが、生きていた。思いの外、早く生存が確認できたことに、部下たちの間にも安堵が広がる。


「そのとき、彼女は一人でしたか?」


「いや、妙な男が一緒だった。金髪で、見た目はどうにも王族じみていてな……だが口の利き方は軽かった。“ボクに任せて”などとほざいては、村の子供らを笑わせていたよ」


「……謎の男、か」


 ルカリッチは考え込む。少なくとも王国には、そのような男はいなかったはずだ。


「二人は村で、何を?」


 村長は小さく笑みを浮かべながら語った。村を悩ませていた魔獣――バジリスクを討伐してくれたというのだ。森に巣を作り、農作物を荒らし、家畜を殺す。下手をすれば人も襲われる。村では手が出せずにいた。


「あの恐ろしいバジリスクを、たった二人で、しかも数時間で仕留めてしまったのだからな……」


 そのとき、広場の片隅から若者が駆け寄ってきた。目を輝かせながら声を張り上げる。


「剣聖エリーゼは、毒霧をまるで恐れずに突っ込んでいったんです! 右腕が金色に輝いて、バジリスクの尾を切り落としたんだ! そのあと、金髪の男が魔法でトドメを――!」


「毒霧を……恐れなかった?」


 ルカリッチの顔に、わずかな驚愕が浮かぶ。バジリスクの毒は、皮膚に触れただけで壊死を引き起こす強力なものだ。それを恐れぬどころか、真正面から斬り込んだという。


「まさか……彼女は、普通の人間ではないのか?」


 だが、村の者たちも詳しい事情は知らなかった。ただ、滞在中の彼女たちは穏やかに日々を過ごし、村の子どもに剣の稽古をつけ、病を患った老婆に薬を届け、まるで旅の途中で安らぎを見つけた者のようだったという。


「その二人は、今どこに?」


 ルカリッチの問いに、村長は空を仰いで答えた。


「出立の朝、“北へ向かう”と言っていたよ。何かを探しているらしく、神殿に用があるような口ぶりだった」


 北――それは、マケドニア聖教国の方角。ルカリッチの顔が引き締まる。彼の思考は素早く巡った。聖教国には、いまだ燻る噂がある。聖女の処刑、異端の疑惑、不自然な沈黙。彼女が自らの意思で向かう先が、そこなのか。


「嬢は……何かを知っているのかもしれない」


 部下のひとりがぽつりと呟く。その声は、ルカリッチの胸にも残響を残した。


「そして、我々にはそれを止める権利があるのか……それとも、助けるべきなのか……」


 だが彼らは、兵士だ。己の感情を語る立場にはない。今の任務はただ一つ。エリーゼ=アルセリアを発見し、王国へ連れ戻すこと。それが命じられた道である。


 村を辞す前、ルカリッチはもう一度だけ、村長に尋ねた。


「……彼女は、苦しんでいましたか?」


 村長はしばし黙し、穏やかな表情で空を見上げた。


「なんか悩みは、あっただろうさ。だが、それ以上に……前を見ていた。己の足で、道を進む者の目をしていたよ。背負うものがあっても、決してうつむかぬ、強い光を宿していた」


 ルカリッチは深く頷き、馬の手綱を握り直す。


「進路を北へ。マケドニア方面を目指す。キリエム、君は王宮に戻ってエリーゼ嬢、生存の可能性高いと連絡に向かうように」


 命令に迷いはなかった。けれど、その背には――人としての微かな疑念と、少女への敬意が、確かに宿っていた。

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