第43話 水着デビュー

 海水浴当日の朝、いつもより早く目が覚めた。


「今日は海!」


 心の中で呟きながら、昨日準備した荷物を確認する。水着、タオル、日焼け止め――全部揃っている。


「理子先輩、おはようございます」


「おはよう、翼。ふふっ、楽しみが抑えられないって顔ね」


 理子先輩が微笑んでくれた。


「はい。でも少し緊張してます」


「そうね。でも……くれぐれも気をつけて楽しんできて」


 理子先輩が少し深妙な表情を浮かべながら、僕の頭を優しく撫でてくれた。


「……何かあったら連絡してね」


「はい。それでは、行ってきます!」


 大きなバッグを持って家を出た。


 駅であかりちゃんと待ち合わせ。彼女もすごく嬉しそうな表情を浮かべていた。


「つーちゃん、おはよう!」


「おはよう、あかりちゃん」


「今日は絶対楽しもうね」


 電車に乗りながら、あかりちゃんが興奮して話し続けている。


「女の子として初めての海水浴だから、ちょっとドキドキする」


 僕が言うと、


「つーちゃんの水着姿、すっごく楽しみ」


 あかりちゃんの目が輝いている。


「海でやりたいことがいっぱいあるの。水遊びとか、砂浜でのんびりとか」


「楽しそう」


 窓の外の景色が変わって、だんだん海が近づいてくる。


「あ、海が見える!」


 僕が興奮して言うと、あかりちゃんも窓に顔を近づけた。


「本当だ。きれい!」


 そこには青くキラキラと輝く海が広がっていた。



     * * *



 海水浴場に着くと、その賑やかさに圧倒された。


「すごい人……」


 理子先輩が言った通りだ。色とりどりのパラソルと、たくさんの人々。


「更衣室、あっちだよ」


 あかりちゃんが僕の手を引いて案内してくれた。


 更衣室に入ると、たくさんの女性たちが水着に着替えている。みんな堂々としていて、僕だけが緊張しているみたいだった。


「つーちゃん、そこのロッカーね」


 あかりちゃんが予約しておいてくれたロッカーを指してくれた。


 僕はタオルを被りながら、いそいそと服を脱ぎ始め、昨日買った水着を取り出す。


 淡いピンク色のワンピース型水着。手に取ると、思ったより生地が薄い。


「本当に着るんだ……」


 緊張しながら水着に袖を通した。


「つーちゃん、どう?」


 隣からあかりちゃんの声が聞こえた。


「うん……なんとか」


「見せて見せて」


 恐る恐るタオルを取ると個、あかりちゃんが目を丸くした。


「すっごく可愛い!」


 あかりちゃんが手を叩いて喜んでくれた。


「本当に?」


「本当よ。つーちゃん、すごく綺麗」


 他の女性たちも、僕を見て「可愛い子ね」と言ってくれた。


「ありがとうございます」


 でも、やっぱり恥ずかしい。ほぼ下着と変わらない水着だけで外に出るなんて、考えたこともなかった。


「大丈夫、大丈夫。一緒だから」


 あかりちゃんが僕の手を取ってくれた。


 更衣室から海岸へ向かう。水着だけで外を歩くのは、とても新鮮な感覚だった。


 潮風が肌に当たって、心地よい。でも、露出している部分が多くて、なんだかソワソワする。



     * * *



 海岸に出ると、あかりちゃんがパラソルとレジャーシートを広げてくれた。


「ここを今日の基地にしよっか」


「ありがとう!」


 レジャーシートに座ると、周りからの視線を感じた。


「――あの子、可愛いな」


 そんな声が聞こえてくる。


「……なんだか見られてる気がする」


 僕が言うと、あかりちゃんが周りを見回した。


「気にしない、気にしない。海だから、みんな開放的になってるのよ」


 あかりちゃんはそう言うが、それでもやっぱり気になってしまう。ビーチバレーをしている大学生のグループや、音楽を流している色黒の男性たちが、こっちを見ている気がしてしまうのだ。


「それじゃあ海、入ってみよっか!」


 あかりちゃんが提案してくれた。


「うん!」


 二人で波打ち際に向かった。足先を海水に浸けると、


「冷たい!」


 思わず声が出た。


「気持ちいいね!」


 あかりちゃんも嬉しそうだった。


 波打ち際で水遊びをしていると、海の楽しさに夢中になった。水をかけ合ったり、波に足を取られそうになったり。


「楽しい!」


 僕が言うと、あかりちゃんも笑顔になった。


「でしょ? つーちゃんと一緒だと、もっと楽しい」


 でも、水遊びをしている間も、周りからの視線は続いていた。写真を撮ろうとしている人もいる。


 すると、あかりちゃんが僕の近くに寄ってきて、自然に他の男性を牽制してくれている。

 そのさりげない気遣いが、本当にありがたかった。

 

 ひとしきりはしゃいだり、写真を撮ったりした後、一旦、レジャーシートのところへ戻る。


「のど渇いたね。海の家で何か買わない?」


 あかりちゃんが提案した。


「うん、そうする!」


 そうして海の家へ向かうと、そこには様々なドリンクと、美味しそうな香りを漂わせているフードがいくつもあった。

 フードに心を惹かれつつも、まずは喉を潤す方が先ということで、冷たいオレンジジュースを買った。

 あかりちゃんはレモネードを買ったようで、それぞれ買った飲み物を手に、レジャーシートに戻った。


「ふぅ……ちょっと疲れたね」


 僕がレジャーシートに座ると、あかりちゃんも隣に座った。


「でも楽しいでしょ?」


「うん、すごく楽しい」


 海の開放感と、あかりちゃんとの時間。かけがえのない、とても特別な体験だった。

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