第41話 大輔の苦悩【大輔視点】

【大輔視点】

 翼たちと別れて、俺は急ぎ足で家に向かった。


「やばい、やばい……」


 心臓がバクバクしている。まだ身体の奥で、あの感触が生々しく残っている。


 翼の無邊気な笑顔が頭に浮かんでくる。


「僕のお尻なんて興味ないでしょ?」


 そう言って笑った翼の顔。完全に俺を信頼してくれている、あの純粋な笑顔。


「くそ……」


 俺は自分が最低だと思った。でも、身体の反応は止められない。早く家に帰らないと、どうにかなってしまいそうだった。


 夏祭り帰りの人たちとすれ違うけど、俺には周りが見えなかった。一刻も早く、一人になりたい。


 翼の浴衣姿が頭から離れない。あんなに美しい翼を見たのは初めてだった。女性として、完璧に美しかった。


 そして、あのおんぶの時の感触――


「だめだ、考えるな」


 でも、考えずにはいられなかった。



     * * *



 家に向かいながら、さっきのことを思い返してしまう。


 翼が俺の背中に手を回した瞬間から、すべてが変わった。


 浴衣越しに感じた翼の体温。柔らかくて、温かくて、間違いなく女の子の身体だった。俺の背中に密着した翼の身体は、想像以上に華奢で、抱きしめたら壊れてしまいそうなほど繊細だった。


 翼の腕が俺の首に回った時、その二の腕の柔らかさが首筋に触れた。男の時とは全然違う、女性らしい丸みを帯びた腕。肌は絹のように滑らかで、俺の首に巻きついた腕から伝わってくる体温が、直接脳に響いた。


 そして、背中に密着した翼の胸。いつか、クラスメイトが言っていたとおり、たしかな大きさを感じた。

 歩くたびに、その膨らみが俺の背中に押し付けられる。浴衣の薄い生地越しでも、その形と重さ、そして柔らかさがはっきりと伝わってきた。服越しでも感じる、女性特有の弾力。俺の背中に食い込むような感触に、理性が飛びそうになった。


 さらに、翼の髪から漂ってきた甘い香り。シャンプーの香りに混じって、翼自身の体臭――甘くて、どこか色っぽい、女の子特有の匂い。俺の鼻腔を刺激して、血流を加速させた。


 「重くない?」


 そう心配してくれる翼の声も、俺の耳元で響くたびに、背筋がゾクゾクした。息遣いまで女性らしく、吐息が首筋にかかるたびに鳥肌が立った。


 俺の手が翼の太ももの裏側を支えている時、浴衣の生地越しに感じる肌の滑らかさと温かさ。指先に伝わってくる、女性特有の柔らかな肉質。太ももから腰にかけてのラインは完全に女性のそれで、手のひら全体で翼の身体を感じ取ることができた。


 極め付けは……俺の手が時々触れてしまった、翼のお尻。


 あの感触は、一生忘れられない。浴衣越しでも、その丸みと弾力、そして柔らかさがダイレクトに手に伝わってきた。指が沈み込むような柔らかさと、それでいて若々しい張りのある弾力。俺は歩く振動を理由に、何度もその部分に触れてしまった。翼が身じろぎするたびに形を変える、その感触の変化まで、俺の手は敏感に感じ取っていた。


 翼は全く疑わずに、俺に身を任せてくれていた。完全に無防備で、俺を信頼してくれていた。


 でも俺は……俺は最低なことを考えていた。


 翼の身体の感触を楽しんでいた。親友として助けているつもりで、実際は翼の身体を貪っていた。


 「やめてよ、僕のお尻なんて興味ないでしょ?」


 翼のあの言葉が、胸に刺さる。


 興味がないわけがない。俺は翼の身体に、完全に魅了されていた。



     * * *



 家に着いて、家族に気づかれないよう静かに玄関から入った。


「ただいま」


 小声で言って、急いで自分の部屋に向かった。


 ドアを閉めた瞬間、安堵のため息が出た。でも、身体の興奮は全く収まっていない。


 むしろ、翼のことを思い返すたびに、どんどん高まっていく。


 ベッドに座って、さっきのことを思い出す。


 翼の浴衣姿。あんなに美しい翼を見たのは、初めてだった。水色の浴衣に包まれた翼は、まさに和風美人だった。襟元から覗く白い首筋、髪飾りで上品にまとめられた髪、薄化粧で彩られた顔――すべてが女性として完璧だった。


 俺はそんな翼を思いながら、ベルトを外した。


 翼の名前を心の中で呼びながら、あの時の感触を手のひらで再現するように――


 浴衣越しに感じた翼の体温を思い出しながら、自分の熱くなった部分に手を伸ばした。背中に当たる柔らかな胸の感触、手のひらに触れたお尻の弾力を思い浮かべながら、自分自身を慰め始めた。


 翼の「僕のお尻なんて興味ないでしょ?」という無邪気な言葉を思い出すたびに、罪悪感と興奮が同時に高まる。


 翼の髪の甘い香り、耳元での可愛らしい声、背中に密着した柔らかな身体――すべてを思い出しながら、翼の名前を心の中で呼びながら、あの感触を再現するように手を動かした。


 親友を裏切る最低な行為だと分かっていても、止められなかった。翼の身体の記憶が、俺の理性を完全に奪っていた。


 やがて、すべてが終わった。


 身体的な欲求は激しく満たされて、一時的に深いすっきり感に包まれた。でも、その解放感と同時に、重い罪悪感が心を支配した。



     * * *



 ベッドに横たわって、天井を見つめた。


 俺は最低だ。


 翼は俺を完全に信頼してくれていた。親友として、昔からの友達として。


 性別が変わっても、俺との関係は何も変わらないと思ってくれていた。


 でも俺は……俺は翼を性的な目で見ていた。


 友達を助けているふりをして、実際は翼の身体を楽しんでいた。


 翼の無邉気な笑顔を思い出すと、胸が苦しくなった。


 「僕のお尻なんて興味ないでしょ?」


 あの言葉が、何度も頭の中で響く。


 興味がないわけがない。俺は翼のすべてに興味があった。翼の身体も、声も、仕草も、すべてが愛おしかった。


 でも、それは友情じゃない。


 俺は翼を、男友達としては見られなくなっていた。


 もう戻れない。昔の関係には、絶対に戻れない。


 翼は俺を親友だと思ってくれているけど、俺はもう翼を女性として見ている。


 これからどうすればいいんだろう。


 翼と距離を置くべきなのかもしれない。でも、それも辛い。


 翼に気づかれないよう、自分の気持ちをコントロールしなければならない。


 でも、今日みたいなことがまたあったら……俺は自分を制御できるのだろうか。


「もう戻れない……」


 そうつぶやいて、俺は枕に顔を埋めた。


 翼への想いと、友情への裏切り感。


 明日から、翼とどんな顔で接すればいいのか、俺にはわからなかった。


 ただ一つ分かることは、俺と翼の関係は、もう昔とは違うということ。


 そして、それは俺のせいだということ。


 俺が変わってしまったんだ。


 翼じゃない。俺が。

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