第4話 学校という試練

 朝、鏡の前で女子制服を着た自分を見つめる。


 どう見ても、普通の女子高生だ。


「本当に、僕なんだよね……」


 呟いてみても、高くなった声が現実を突きつけてくる。


「翼、準備はできた?」


 理子先輩が声をかけてくれる。今日から、女子として学校生活が始まる。


「はい……でも、やっぱり不安です」


「大丈夫よ。何かあったら、すぐに私を呼んで」


 理子先輩の言葉に少し勇気をもらう。


「やってみます」



     * * *



 学校の校門をくぐる時、心臓がドキドキしていた。


 通学路では、すれ違う男子学生の視線が気になった。変に思われてないかな……?


「翼、緊張してる?」


「少し……」


「大丈夫。私が一緒にいるから」


 理子先輩の優しさが、今日も僕を支えてくれる――そう思いながら、まずは職員室に向かった。


「おはようございます」


 担任の田村先生と校長先生が待っていてくれる。


「白石さん、おはよう。翼さんも」


 理子先輩はあらかじめ電話で簡単に説明をしてくれていたようで、スムーズに事情を説明してくれる。実験事故のこと、僕の状況のこと、これからのサポートのこと。


「なるほど……大変でしたね。学校としては、できる限りの配慮をさせていただきます」


 校長先生の理解ある言葉に、僕は安堵した。


「体育の授業や健康診断など、特別な配慮が必要な場面もあると思いますが……」


「もちろんです。佐藤くん、いや、佐藤さんが安心して学校生活を送れるよう、我々も最大限協力します」


 田村先生も頷いてくれる。


「ありがとうございます」


 その時、職員室の扉が開いた。


「失礼します。2年C組の鍵を取りに——」


 入ってきたのは、桜井さんだった。


「あ……」


 桜井さんと目が合う。


「桜井、ちょうどよかった。少し話があってな――」


 田村先生が桜井さんを呼ぶ。そして、今し方理子先輩から聞いた僕の事情をかい摘んで説明する。


「――というわけで、佐藤の学校生活をサポートしてもらえるか? 同じクラスの女子として」


「え……?」


 桜井さんが僕を見る。その瞬間、何かに気づいたような表情を見せた。


「あの……翼……くん? 本当に……?」


「うん……」


 僕は小さく頷いた。


「信じられない……でも、声も……身体も……」


「実験事故で、完全に女性の身体になっちゃったみたい……」


 桜井さんはしばらく言葉を失っていたが、やがて頷いた。


「……わかりました。どこまで力になれるかわかりませんが……私でよろしければ……」


「ありがとう、桜井さん」


 僕は心から感謝した。



     * * *



 桜井さん、それから担任の田村先生と一緒に教室に向かう。


「……あの、本当に翼くんなんだね……信じられない」


「僕も、まだ慣れなくて……」


「でも……その、とても可愛いと思う……よ」


 桜井さんの言葉に、顔が熱くなる。


「あ、ありがとう……」


 教室の前で立ち止まる。いよいよだ。


「それじゃあ、桜井は先に教室に入ってくれ。佐藤は……とりあえず事情を説明するから――俺の後に続いてくれ」


 田村先生がそう言うと、桜井さんは後ろのドアから教室へと入っていく。

 僕は田村先生に続いて前のドアから教室へと入っていった。


 クラスメイトたちの視線が僕に集まる。


「あれ? 新しい子?」


「可愛い子だね」


 クラスメイトの反応を尻目に、田村先生が教壇に立ち、口を開く。


「おはようさん。今日はちょっとばかし、大事な話がある――」


 先生がそう言うと、ざわついていた教室が静まり返る。


「実は……佐藤のことなんだが、事故で女性の身体になってた。ここにいるのが、あの佐藤翼だ」


「えぇぇぇ!?」


 教室が大騒ぎになった。


「嘘でしょ!?」


「マジで!?」


「佐藤って、あの佐藤くん?」


 僕は田村先生に促されるようにして教団へ登る。


「僕は……今説明してもらった通り、佐藤翼です。改めて……よろしくお願いします」


 元々高くなった声が、緊張で上ずったことでより一層高くなる。


「本当に翼くんなの?」


 クラスメイトの一人が聞いてくる。


「はい……信じられないかもしれませんが」


「すげー! 本当に女の子になってる!」


「でも、どうして?」


「科学部の実験事故で……」


 僕が説明しようとすると、質問が次々と飛んできた。


「どのくらい変わったの?」


「痛くなかった?」


「気持ちも女の子になったの?」


「恋愛対象は変わった?」


 予想以上に踏み込んだ質問ばかりで、僕は困惑した。


「えーっと……」


「トイレはどうするの?」


「お風呂は?」


 特に男子からの質問が、どんどんエスカレートしていく。


「胸はあるの?」


「触らせてよ」


「女の子の身体ってどんな感じ?」


「気持ちいいの?」


 あまりにも無神経な質問に、僕は顔を真っ赤にして固まってしまった。


「あの……それは……」


 答えられない。どう答えていいのかわからない。


 桜井さんも、どうフォローしたらいいのか困っているようだった。


 ――その時だった。


「おい、いい加減にしろよ!」


 大きな声が教室に響いた。


 親友である大輔が立ち上がっていた。


「大輔……」


「翼が困ってるだろ。そういう質問はやめろ」


 大輔が男子たちを睨む。


「でも、気になるじゃん」


「大輔だって気になるだろ?」


「友達を困らせて何が楽しいんだよ。空気読めよ」


 大輔の正義感あふれる言葉に、男子たちも黙り込んだ。


「ありがとう……大輔」


 僕は心から感謝した。


「おう……別に、当たり前のことしただけだし」


 大輔は照れたように頭をかいた。


 でも、その時の大輔の表情が、男時代の僕に向けていたものとは少し違って見えたのは――きっと僕の気のせいだろう。



     * * *



「お前ら、そろそろ朝のホームルール終わるから、授業の準備しろよ――」


 田村先生の言葉で、ようやく質問攻めが終わった。


「なんとか乗り切れた……」


 ほっと一息つくと同時に、時間割に目を向ける。


「げ……いきなり体育の授業か……」


 新たな不安が襲ってきた。女子として体育に参加するなんて、考えただけで恐ろしい。


「着替えは……女子更衣室なんて……女子たちも嫌がるだろうし……」


「大丈夫だよ――」


 桜井さんが優しく声をかけてくれる。


「たしかに……ついこの前まで男の子だった翼くんに着替えを見られるのは少し恥ずかしいけど、女の子なんだから、女子更衣室で着替えるのは自然なことだよ」


「でも……」


「美月ちゃんの言うとおり! あたしらは気にしないって――あ、男子にリークしたらちょっと怒るかもだけど」


 クラスメイトからも優しい声がかかる。


「ありがとう、みんな」


 僕は素直に感謝した。


 大輔への感謝の気持ち、桜井さんのサポート、そして理子先輩との約束。


 みんながいてくれるから、きっと大丈夫。


 そう思いながら、次の授業に向かう準備を始めたのだった。

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