第2通:氷封のラストメッセージ_トウシロウの手がかり
ムーンキャリーの1階事務所。古びた石造りの建物の中、柔らかな魔法のランプの光が幻想的に揺れている。入口近くの接客用ソファーにはルーリーが腰を下ろし、長い配達の疲れを癒していた。彼女の身に纏うバニーパーカーは、露出の多いデザインながらも機能的で、彼女の超人的な脚力を支えている。
一方、事務所の片隅に設けられた小さな止まり木には、金色の目を持つフクロウのオウフェイが静かに佇んでいる。彼の銀色に煌めく翼の先端が、時折光を反射して神秘的な雰囲気を醸し出していた。
カウンターの向こう側では、シュニャンとイーウェイがそれぞれの仕事に勤しみながらも、会話に耳を傾けている。シュニャンは唯一の個体であるヤタガラス族の美少年で、ルーリーを「お嬢様」と呼び慕う冷静な分析者。彼の視線はまるで上空から世界を俯瞰するかのように鋭く、配達の旅を支えている。
イーウェイは妖狐族の妖艶な女性で、郵便ギルドと文字の教室でコミュ力モンスターとして知られている。彼女のチャイナドレスは妖狐族の伝統を反映しつつも、現代的なギャルのような軽快さを持ち合わせている。彼女は文字の教室の先生としても活躍し、ルーリーにとっても新たな情報源となっている。
イーウェイがふと手紙の内容に思いを馳せ、ぽつりと呟いた。
「こんな恋じゃ、100年あっても叶わないじゃん……」
その言葉には、彼女自身の過去の恋愛の苦い記憶が重なっていた。
壁一面に広がるルミナス・ステップの詳細な地図の前で、オウフェイはゆっくりと翼をたたみ、紳士があごに手を当てて思案するかのように、首をかしげながら地図を見上げた。
「施設ごとに男女を隔離するのが目的ならば、物資の輸送コストや計画の管理を考慮すると、極端に遠くに設置することは考えにくい。タイムリミットが迫る中、当時の運送技術で、日帰りで輸送できる距離が理想だろう」
シュニャンはカウンター越しに地図を指し示しながら、オウフェイの意見に対する考えを述べる。
「オウフェイ様、旧世界の輸送手段を基準に考えれば、ルミナス・ステップを一日で往復できる距離が妥当かと存じます。具体的には、先進国の大型トラックでの移動を想定すると……」
指先でぐるっと円を描くが、それは当時の技術でも最大距離で、徒歩以上が中心のこの世界ではあまりにも広い範囲だった。
「なるほど……確かに、その距離ならば旧世界の技術水準を考慮しても現実的だ。しかし、実際にはもっと狭い範囲で考えるべきだろう。物流の効率と安全性を鑑みれば、距離が近ければ近いほど良い」
施設の建設段階でのやり取りや、利用者の郵送や私物運搬まで考えると、一日に数回の定期便が行き来できる距離……というのがより現実的だろう。
「機能停止が許されない重要施設は、高台につくる傾向がありますよね?」
シュニャンの発想に、地図を見上げていたオウフェイは首だけを後ろに向けて答えた。
「とくに地震を恐れていた日本人の国民性からすると、その余波でおきる津波は天敵のようなものだった。絞り込めるかもしれんぞ」
ルミナス・ステップのように山のてっぺん付近を大きく開拓して作る街というのは、この世界の文明レベルではかなり珍しい例になる。それは、輸送技術と開拓技術の双方がそろわなければできない。
この街ができたのはレイロンの築き上げた財力と技術力、そしてルーリーの特殊な配達に対応できる能力があったからだ。
「でもさー。ここ以外でそんな都合のいい場所きいたことないっしょ? 昔の人が作った家にでも居候すんの?」
事務所側の壁に作られたエリア分け用の棚に、街中配達用に受け付けた
「案外悪くない発想かも? こう……いかにも遺跡って感じで残ってなくても、地盤を利用できればいいんだから」
手の動きで筒状のコールドスリープ設備を表現する動きのルーリーがそう答えた。
「とりあえず、仕事の区切りが良くなったので、ここでタンポポコーヒーいれますね」
シュニャンが給湯スペースの蛇口のついたタンクから、ヤカンに水を灌ぐ。電動ポンプのない世界では、これが一般的な給水システムなのだ。飲み水と洗い物のために、井戸の往復回数を減らせただけでも非常に便利な設備なのだ。錬金術による浄化作用もあるので衛生的な水が手に入る。
風呂に関しては混浴の共同浴場が主流で、問題視されることなく日常的に利用している感覚から、旧世界との性別隔離感を実感するだろう。
「そういえば、それが普及するまでは製作されている町に何度も、注文書を届けたなあ。最近だと、レイロンのとこのアニマたちの量を増築したとかで、注文票届けたなあ」
例の狐の冤罪事件で解体された貴族組織から、職を失ったアニマたちの中で希望する者は、レイロンが雇い入れたのだ。
その瞬間、ルーリーの脳裏にココノエの容姿がふと浮かび上がった。
切れ長でやや垂れ気味の黒い瞳、すっきりとした小鼻に控えめな唇。透き通るような白い肌と、艶やかな黒髪が肩にかかる、どこか懐かしさを感じさせる日本女性の典型的な顔立ちの女性が……
そして、配達先の町で見かけたことがある、似たような顔立ちの女性たちのことを思い出した。
ルーリーは立ち上がり、思わず声を張り上げた。
「レガシア・タウン! 何度も行ってるのに、なぜ気づかなかったんだ!」
その声に驚いたシュニャンが、慌ててタンポポコーヒーの入ったカップを持つ手を震わせる。コーヒーがカップの縁からこぼれそうになり、慌てて手を押さえた。
***
レガシア・タウンは「水道職人の町」と呼ばれている。ここはタンクに蛇口を取り付けた簡易水道が開発された町で、その製造が盛んである。
錬金術によって水の浄化と保存効果が付加されており、この技術により人々の生活の利便性は飛躍的に向上した。
ルミナス・ステップにもこの簡易水道は売り込まれており、家庭用からアウトドアまで幅広く利用されている。ただし、この技術の詳細は機密扱いとされている。
「電動ポンプがない文明で蛇口だけがあるのは、発想が飛びすぎてる気がしてたんだ。なるほど、そういうことか……」
とオウフェイは言った。
彼によれば、タンクの中で水が下に落ちる量を蛇口で制御しているだけなので、これは世界のルールに触れず、この世界の文明レベルでも作れてしまうという。
しかし、これはまるで大がかりな設備の一部を切り取ったような感覚があるらしい。旧世界の化学と新世界の錬金術は似て非なるものである。
「酸素濃度が人体に影響が出ないほどの高所で、安定した地形の上にある……というのも日本人が災害対策で好んだ施設の立地条件ですね」
とシュニャンは言う。
彼は黒く非物質な翼を静かに広げていた。翼はただの魔力の広がりであり、決して物理的に飛ぶものではない。周囲の者には、彼が目を閉じたまま静かに立っているように見えるが、実際には彼の内側の意識が遠く離れた地形を上空から俯瞰する映像を映し出しているのだ。
翼の先端からは、暖かい淡い光の粒子が飛び散り、翼全体を柔らかな光の幕が包んでいるかのように煌めいていた。その微かな煌めきが、彼の魔力が広範囲の地形情報を吸収し処理している証だった。
こうして彼の意識は翼と一体化し、視界は現実の視点を超え、上空からの広大な地形のイメージへと切り替わるのである。ただし、埋もれた地下施設までは映らず、あくまで地表の起伏や変化だけを捉えることができるのだった。
「配達に行くたびに年々数は減っているけど、確かにココノエに似た顔立ちの子たちがいるんだよね」
カウンターから身を乗り出したイーウェイは、ルーリーの目撃証言に違和感を感じる。
「ちょっと待ってよルーリー! 探してるのって男だけの施設じゃん? そんなんでどうやって子供できんの?
「キミはどこで、そんな知識を仕入れたんだね?」
唐突な旧世界の専門用語に驚いたルーリー。思わずコーヒーを飲みかけた手が止まった。
「ククルカの部屋に『資料』が……」
とイーウェイは答えた。
「ヤツの持つ資料の情報は信じるな」
片方の翼をイーウェイにビシっと伸ばして、オウフェイが言う。あれは当時、一部の女性に人気があった、女性が関わらない特殊な恋愛を描いた創作だという。
「ただ、やっぱり気になるんだよな。現地の人間と繁殖したらありえない話じゃないし」
「まあ、異種族恋愛の創作を多く残している民族ですから。お嬢様考えも可能性はありますね」
歴史的には異種族の恋愛がタブー視される風潮がなくなったのは比較的新しい歴史だが、空想の物語で異種族恋愛……しかも人間と獣人系やエルフとの恋愛を創作で描くような人種なのだから、異種族の壁は薄いと……この世界の歴史家たちは語るのだ。
これは本当の話である。
旧世界より妊娠できる確率はかなり低いが、性別隔離感が弱い文化なので、旧世界では考えられないほどの積極的な恋愛行動が埋め合わせ機能として働いているのだ。
宗教の概念がないこの世界では、結婚という言葉自体が存在しない。『付き合う=いずれ子供ができるもの』という考えが根付いており、恋人同士は自然な流れで家族を築くことを前提に関係を持つことが多い。
妊娠率は旧世界に比べて非常に低いため、避妊の必要性はあまり強く意識されていないが、文明レベルとして避妊具や堕胎の手段は存在している。
しかし、それらはあくまで緊急時の選択肢であり、日常的な恋愛の中では子作りを前提とした行為が一般的である。また、性別隔離感が薄い文化の影響もあり、避妊に対する考え方自体も大きく異なっている。こうして、『子供ができる(あるいは養子をとる)=家族関係の形成』という価値観が社会の根幹をなしているのだ。
「傾斜と高低差があるので、道中、キャンプ設営で睡眠をとってからの再出発をお勧めします」
とシュニャンは言い、展開した翼を光が散って消えるようにしまった。
彼はチラシほどの羊皮紙に部分的な地図を書き写し、丸めた羊皮紙を紐で縛ってルーリーに渡した。
受け取ったルーリーはタンポポコーヒーを飲み干し、立ち上がると太ももにつけたアイテムポーチに地図を入れた。
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