第52話 ただ、ウォータースライダーを滑っただけなのに

 巨大なプールの喧騒の中。

 柊と真也は、青春ラブコメのようなテンポでキャッキャしていたが、奈央はまるでその二人とは別世界にいるかのように俺の方をじっと見ていた。


「どした?」



 奈央が無表情に切り出す。



「一応、地味な感じの水着にした。更にもう一枚着てる。普段の私を誰にも見せたくない結斗の独占欲は、守られてる?」



 上目遣いにそんな可愛いことを言ってくる彼女の姿に悶えそうになりつつも、俺は少し言葉に詰まりながら真っ直ぐに答える。



「それでそのTシャツか。……理解がありすぎる彼女で、俺は幸せだな。ただ、それでも可愛いのは間違いない。地味とは言ってもそれなりに可愛いデザインだしな」


 その一言に、奈央の頬がわずかに赤く染まった。


「……そ、そう」


 だがその直後、奈央は不意にTシャツを胸の上までたくし上げ、挑発的に笑う。


「けど残念。地味な水着でも……胸だけは、どうしても自己主張しちゃう。いかが?」


 不意に視界に飛び込んできた、前に突き出てめちゃくちゃ主張している奈央の大きな胸元に、俺は顔を覆って悶絶する。



「お、お前さぁ……。俺のも自己主張しちゃうからホントやめてぇ……! R18禁止条約が守れなくなっちゃう……」



 奈央はそれを見て、勝ち誇ったようにニヤリ。


「ふふ、勝った」


「勝ち負けあんのかよ!」


 ツッコミを入れるが、奈央は上機嫌だ。


 そこへ青春ラブコメを中断した柊が奈央に声をかけてきた。


「そういえば、この前買った水着は着てこなかったの?」


 あぁ、前に風呂で着てきたアレか。アレをここに着てこられた日には、俺の嫉妬心が爆発してしまう。だからダメだ。絶対に。


 そしてそんな柊の質問に奈央は即答した。


「あれはプレイ用」


「プ、プレイ!?」


 柊の顔が一瞬で真っ赤になり、俺をチラチラと見てくる。これはあれだ。完全に勘違いしてる。


「……誤解されるようなことを言うんじゃねぇよ」


 適当に窘めながら奈央の頭を軽くコン。


「あう」


 わざとらしく頭を押さえる姿が、普段の格好ならハマるんだろうけど、今の地味子バージョンだとギャップがあって少し萌える。今度、部屋でも地味子スタイルでいてもらって、ちょっとからかってみよう。


 その時、蚊帳の外だった真也の声が響く。


「おーい! ウォータースライダー行こうぜ!」


 奈央が「えっ?」と一瞬だけ動揺した姿が見えたけど、俺と柊が「おっけー!」と元気に答えた声に諦めたかのように項垂れ、しぶしぶ向かうことになった。




 で、ウォータースライダー前に来た。


 ペアで滑ることになり、もちろん俺と奈央は組む。

 だが、奈央はやたら挙動不審だ。


「どうした?苦手か?」


 何故か妙に水着を──特に尻の辺りを気にしている奈央は真顔で答える。


「……怖い」


「怖い? 高さがか?」


 奈央は首を横に振る。


「あんな速さで滑っていくと、水着が食い込みそうで怖い」


「……そっちの怖いかよ。あまりにも予想外すぎるだろ」


「小さい頃、滑り台で急に滑りが悪くなって思いっきりくい込んだ時のトラウマが……」


「やめとくか?」



 無理はしない方がいいと思ってそう聞くが、奈央は首をフリフリと横に振る。



「行く。せっかく来たんだから入場料の元は取る」



 奈央は謎の決意を見せ、スタート位置に座った俺の膝に跨り背中を預けるように座る。

 そして俺は係員に言われるがままに、後ろから腕を回して奈央を抱きしめた。


「どさくさにまぎれて、胸、揉まないように」


「わかってらい!」


 そして、係員の「ちっ」って舌打ちと共にスタートした。



「おおおお!」


 想像以上のスピードと、ぐねんぐねん曲がりまくるコースにテンションが上がる。


「すっげぇ! やっべぇ! ひゃー!」


 俺は子供に戻ったかのように声を上げてしまう。


 だが奈央は──


「んっ……!」


「あっ……んっ、ふぁぁ!」


「だ、だめぇぇぇ……!」


「はやいはやい! もっとゆっくり! そんなすぐにいかないで!」



 ……なんか違う声を上げている。その度に俺の意識は危うい方向に引っ張られた。

 ただ、ウォータースライダーで滑ってるだけなのに……。


 そんなこんなでザブンと着水。


「お、お前あの声はなんなんだよ!」


 俺は水の中から顔を出してすぐに抗議する。


 奈央は片手で髪をかきあげ、もう片方の手で水着のくい込みを直しながら、まるで勝者のような表情で答えた。


「ん、思ったより水着が食い込んだ。あと、後ろから抱きしめてきた結斗の腕が、色んなところに擦れたせい。だから私は悪くない。結斗のえっち」


「い、いや、あれはしょうがないだろ!?」


「……結斗の度胸なしの意気地無し。ちょっとくらい強引にきてくれても、良かった。スライダーの中、誰にも見えないし」


「……え?」


「もっかい……滑ろ?」


 地味子バージョンのままで少し頬を染め、そっぽを向いてそんなことを言う奈央。

 普段とはまた違うギャップに俺は何も言えず、無言のまま奈央の手を引いて歩き出した。


「あ、結斗……。もう、何考えてるのかわかりやすすぎ。そゆとこ、好き」


「うっさい」







 ▼▼▼


 ちょっと仕事で熱中症気味になってダウンしてました。なんとか書き上げたので、元気ください…。





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