第44話 義妹ヒロインってこと?

「こっち、いいとこあるんだよ」


 そう言われて、いつになく真面目な表情の大輝先輩に導かれて、俺は校舎の南側へと歩を進めた。

 向かった先は、あまり生徒の出入りがない階段の踊り場。

 そこからは、校舎裏にあるプールの全景がよく見えた。


 ちょうど今は、水泳部の練習中だった。

 水しぶきが上がり、笛の音とともに部員たちが泳ぎ続けている。


「ここ、なかなか良くない? 男子の部活は別時間帯だから、今の時間は女子だけ」


 そう言いながら、大輝先輩はプールを眺める。その目は何故か女の子を性的に見ると言うより、優しげな目。その理由はすぐわかった。


「あっちの右のコース──あれ、雛な」


 言われて大輝先輩が指さした方を見る。

 真剣な表情でクロールを泳ぐその姿。水面を割るたびに力強いフォームが現れる。

 普段の姿とはかけ離れた姿のピュア子──いや、日向先輩の姿。


 俺は少し驚いた。

“ピュア子”とあだ名されるような、ほわんとしたイメージとは対照的に、日向先輩の泳ぎは、キビキビとしていて集中力に満ちていた。


「……意外です」


「だろうな」


 大輝先輩はニッと笑った。


「ところで……奈央ちゃんからもう俺のことは聞いたっしょ?」


「ええ、まぁ。従兄弟なんですね」


「うん、それ。だから別に俺はライバルとかじゃないから安心してくれ。それにオレは好きな子いるしな〜」


「ピュア子さんのこと、ですか?」


「ん? なんだって?」


 おっと。ついいつものノリで言ってしまった。


「……日向先輩のこと、ですか?」


「今更言い直しても遅いぞ? ……まぁうん、そうだ。雛のこと。にしてもピュア子か。凄いあだ名考えたもんだな。確かに的を得てるっちゃ得てる」


「えへへ」


「褒めてないけどなぁ〜?」


「うっす。あ、そいえば……前に日向先輩の保護者みたいなもんって言ってましたけど、それって……?」


「ああ、うん。保護者っていうか、オレ──あいつの兄貴なんだよね」


「えっ!?」


 そんな話は奈央から聞いてない。ってことは日向先輩は奈央の従姉妹? いやいやいや……それだったら言ってるはず。どういうことだ。


「いやまぁ、血は繋がってないけど」


 そこからさらに続いた言葉に、俺の驚きは倍増した。


「親同士の再婚。オレの親父と、雛の母親。だから今は義理の兄妹ってわけ」


「……なるほど……」


 ほかになんて言ったらいいかわからず、言葉に詰まる俺をよそに、大輝先輩はまた視線をプールへ戻す。

 そこには、ターンをしてさらに加速しようとする日向先輩の姿。

 あの人、義妹ヒロインポジションだったのか……。


 その表情はどこまでも真剣で、今の彼女からは普段の“ゆるふわ”な空気は一切感じられなかった。


「ちょっとした忠告な。雛は──意外と、曲者だぞ」


 視線はプールに向けたまま、大輝先輩が言う。


「曲者……?」


「ピュアって言われてるけどな。あいつ、欲しいもんにはとことん手を伸ばすタイプだ。それが自分の“もの”だって思ったら、譲らない。そういうとこ……ある」


「そんな気はします」


「今日お前が来たのって、奈央ちゃんに何か頼まれたとかだろ?」


「えぇ、まぁ。何か知ってるんですか?」


「…………知ってるか知らないで言えば、知らない。けど、思い当たる事は……少しある。けどまぁそんな心配すんな。あの奈央ちゃんだからな。大丈夫大丈夫」


 そう言って、大輝は腰を浮かせた。


「ま、今日はそんな感じ。じゃあな。テキトーに楽しくやれよ、後輩」


「ども」


 ぽんと俺の肩を叩いて、去っていく大輝先輩。

 結局、何を話したかったのかがよくわからないけど、なんとなく優しさと安心感を感じたのは、流石は奈央の従兄弟。


 そして俺は再びプールに視線を戻した。


 その向こうでは日向先輩が泳ぎ終え、キャップを外して長い髪をなびかせていた。


「いっつもあんな感じならさぞモテるだろうに」


 そう呟いたその瞬間、いつもとは違う、本当に気を許した人にだけ向けるような顔でこちらを向く日向先輩。

 そして目が合う。

 すると日向先輩は一瞬ビクッとなると、すぐにいつも俺に好き好き言いながら迫ってくる時のような表情になる。



 それがなぜか、今は、作った歪な表情に見えた──。


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