第27話 『WiFi貸して?』

 ──シャワーの音が、小さなバスルームに反響する。


 七瀬奈央は、流れるお湯の中で指先を唇にあてていた。


「…………」


 頬がまたじんわりと熱を帯びる。顔にあたるお湯の温度はまた別の熱さ。

 頭に浮かぶのは、さっきの花火の音、ベランダの笹、そして結斗の顔。

 あの不器用で、でも優しくてまっすぐな目。


「今の私、完全に恋する乙女。ゲームだったら超美麗スチルになってるレベル。ふふっ」


 そう呟きながら、奈央はいつもより念入りに体を洗っていた。

 肌の感触、香り、どれも彼に近づいた後だからこそ、気になる。


「ん、いい匂い」


 シャワーを止めて鏡の前に立つと、濡れた髪が首筋に張り付く。

 ふと胸元に目をやって、小さく唇を噛んだ。


(……着る服、どうしよう)


 体と髪を拭き、全裸のまま部屋に行くと、下着の入ってる引き出しを開けて悩む。

 選んだのは可愛らしい水色のレースが付いた上下セット。

 次に部屋着の引き出しを開け、定番のTシャツとショートパンツに手を伸ばしかけて――止めた。


(さすがに今日はいつも通りはちょっと……ね)


 迷った末に選んだのは、胸元がちょっとだけ開いた薄手のカーディガンに、短めのルームパンツ。

 露骨じゃないけど、ほんのり“特別感”のある服装。


 髪を乾かし、ほんの少しだけリップを塗って、鏡を見た。


「ん、カンペキ」


 少し早く打つ心臓の鼓動を落ち着けながら、手にはスマホと合鍵を持って、奈央は隣の部屋のドアを開けた。


 

 ◇◇◇




「来たよ」




 奈央はいつものように自然な顔で俺の部屋に入ってきたけど、服装がいつもと違うことに、すぐ気づいた。


(なんか、えらい胸元ゆるくないか……!?)


 視線がつい、そっちに吸い寄せられてしまいそうになる。

 ……が、必死で耐えた。男としての尊厳にかけて。



「テレビつけていい?」


「おう」



 奈央が慣れた手つきでテレビをつけると、ちょうど地方ニュースが夏祭り特集を流していた。

 画面には提灯が揺れる屋台の列、金魚すくい、浴衣のカップルたち……。


 そのとき。



「ん? ……あっ! いた! 俺たち!」



 画面の隅に、魔法少女のお面を被った俺と、浴衣姿の奈央が映っていた。



「うーん、この美少女はいったい誰?」


「いや、お前だろ!!」


「え、この美少女が私?」


「わざとらしいなぁ、おい!」



 急にテンションがおかしくなって、思わず笑ってしまう。


(……こうやって笑い合えるのって、やっぱり……幸せだな)


 気まずさなんて、どこへやら。

 画面の向こうの思い出に、気持ちは少し軽くなっていった。


 


「明日、学校やだ〜……」


 アイスを食べ終えた奈央が、ソファの背に体を預けて呟く。


「それな。ていうか漫画とかだとさ、こういう日は朝まで一緒にいたりするよな」


 それを聞いた奈央が、ピタッと動きを止めた。


「……あ、朝まで……R18は……まだちょっと……」


 一瞬で距離をとる奈央。


「ち、違うわっ! ほら、ゲームとか、そういうやつ!!」


 俺が必死に弁明すると、奈央は笑いながらスマホを取り出した。



「知ってる」


 その言葉に、ドキッとした。

 さっきのことも、全部、分かったうえで受け止めてくれてるんだと、そう思えた。


「……で、ゲームって言ったよね?」


「お、おう」


「これ、やってる?」


 奈央がスマホの画面で指差したのは、オンライン対戦できるカードゲームのアプリ。

 俺もスマホを取り出して、そのアイコンを見せた。


「ふっ……もちろん」


「さすが。じゃあ……WiFi貸して?」


「うはっ!」



 俺は思わず笑った。

 あまりにもいつも通りなセリフに心から。



「お前、マジでそれ言いたいだけだろ」


「アイデンティティだから」



 そんな他愛ないやり取りをしながら、俺たちはまた、ソファに並んで座っていた。


 さっきまでの鼓動とは違う、だけどどこか優しくて、あったかい時間が、静かに流れていた。



「ずっと私のターンにしてやるから」


「よーし、かかってこい!」



 いや、思ったより熱い夜になりそうだな。

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