第1話 WiFi貸して

 土曜日の昼下がり。

 昼メシにカップ焼きそばを食べ、ベッドで横になりながらスマホで動画を見ていた俺の部屋に、突然インターホンが鳴った。


「……誰だよ。まったりしようとしてたのに」


 しょうがなくのっそりと立ち上がってインターホンのモニターを見ると、そこに立っていたのは――


「……えっ」


 ──誰?


「えっと、どちら様で?」


「隣の部屋の七瀬。七瀬奈央。同じクラスの。こんばんわ、神谷くん」


「…………七瀬???」


「いえーす」


 七瀬だった。


 同じクラスの女子。地味で、静かで、誰かと話してるところもほとんど見たことがない。

 それこそ、「あれ?いたんだ」ってくらいの印象の子だ。

 しかしモニター映っているのは、髪をおろしてメガネもしておらず、普段の印象とは全く違う姿。ハッキリ言ってめちゃくちゃ美少女。無表情だけど。

 そんな彼女が、なんで俺の部屋に? っていうか隣の部屋だったの?


「開けて」


 何故か圧を感じてしまい、断れずにドアを開けると、七瀬は相変わらず無表情のままでぴしっと立っていた。ホットパンツにキャミソールというラフな姿。なんというか、どこに目線を持っていけばいいのか困るスタイル。この子、制服の下にとんでもないのを隠してた。

 そんな彼女が俺をじっと見つめる。


「……WiFi、貸してくれない?」


 開口一番、それかよ。


「え、WiFi……?って、なんで俺の?」


「データ通信制限になったの。だから通信速度遅すぎて、課題もゲームも配信もゲームも困るの」


「課題と配信と……なんでゲーム二回言った?」


 俺の質問に一瞬首を傾げたあと、彼女は言った。


「ちょっとだけ、入ってもいい?」


「え、ちょ、ちょっと……!」


 一歩踏み出した彼女を、反射的に止めようとするも、すでに靴を脱いでいた。


 そして、当然のようにリビングのラグに座り込み、鞄からノートPCを取り出す。


「……パスワード、教えて」


 え、なにこの流れ?

 まるでそれが普通かのような空気が流れてるんだけど。


「ダメ?」


 七瀬はこてんと首を傾げながら聞いてくる。可愛い。俺の負けだ。


「……まぁ、いっか」


 美少女が部屋に入ってきたことへの衝撃が大きすぎて、頭が処理を放棄した俺は、言われるままにWiFiのパスワードを教えた。


「ありがと」


 ぽつりとつぶやいて、彼女はノートPCを開く。

 そして、すごい勢いで動画編集ソフトを立ち上げた。


「……なんか、ガチじゃね?」


 カット、テロップ、エフェクト……。

 明らかに素人じゃない操作スピード。


「七瀬って、配信とかやってんの?」


「……うん。顔出ししないタイプ。声だけ」


「へぇ……意外」


「よく言われる。言ってくる友人はいないけど」


 言葉数は少ないけど、やたら自然体。あと、無表情で言う自虐ネタは笑っていいのかわからない。


 気づけば彼女は、いつの間にかノートパソコンを閉じて、代わりにスマホを持つと、ベッドにもたれて座り込んでいた。


 え、え? 初訪問でその普段感?


「……なんか、あれだな。ここが俺の部屋なのかわかんなくなってきたな」


「大丈夫。ここはちゃんと神谷くんの部屋。私の部屋にはWiFiないし」


「判断基準そこなのね」


「うん。それにこっちの部屋の方が落ち着く」


「え、俺の部屋が?」


「……WiFiあるし」


 やっぱそこなの?


 そんな俺の心の動揺なんて関係ないかのように、彼女は足をぺたんと座って、持ってきたジュースをちびちび飲んでる。


「……ねえ」


「な、なに?」


「ベッド、座っていい?」


「えっ」


「ソファないから、そっちの方が楽そう」


 そう言いながら、俺の返事も聞かずにふわっとベッドの端に腰を下ろす。


 さらっとした黒髪が肩をすべり、流れた前髪の奥から見えた、俺を見上げる瞳にドキッとする。


「WiFi、ありがとね。これで、今日もゲームできる」


「……WiFiって、万能だな」


「うん。WiFi、偉大」


 まるで自分の部屋のようにリラックスしながら、彼女はスマホを操作している。


 その横で俺は、胸の鼓動を落ち着けながら考える。


 ……いや、これっておかしくない? ちなみに七瀬が部屋に入ってきてからまだ30分も経ってないぞ?


 WiFi貸しただけなのに、美少女が俺のベッドでくつろいでるって、どういう状況だよ、これ。




 ▼▼▼

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