encounter

 ガタンと、バスが大きく揺れて目が覚める。いつの間に寝ていたらしい。

 俺たちは待っていたバスに乗って、天使管理局の本部へと向かっていた。運転手を除けば、俺たち以外に誰も居ないから好きに座った。俺の座席は右側の前方。彼女はというと左側の後方、ちょうど対角線を結んだ所に座っていた。

 見渡す限りの乾いた大地は過ぎ、舗装された大通りを真っ直ぐ走る。どうやら市街地エリアに入ったみたいだ。あのずっと見えていた蜃気楼の街がここだったのか。今、目の前を過ぎ去っていくのは、まばゆいばかりの白い建造物群。同じ拍子ひょうしで、同じ形の建物が、窓に表れては消えていく。この街では、建物、街灯、樹木、標識にいたるまであらゆる物が均等に配置されていた。

 非現実的で、人の気配が感じられないこの都市に、俺はまだ覚めずに夢を見ている気になった。

「もうすぐ着くわ、前方のあれがそれよ」

 と斜め後ろに座る彼女は言った。離れていても聞こえるシャープな声に、まだまどろんでいた頭がようやく覚醒した。

 ずっと長い夢を見ていた気がする。恋人を失ってからの俺は、生きる屍のようなただの空白だった。生きた心地がしなかった。恋人を奪われた憎しみから天使狩りを生業するようになり、やつらを追って追って流れ着いたのがこの天使禁猟区だった。

 窓越しに、俺の終点地である先を見る。窓に映るのは一面の白だった。しばらく観察してそれが壁だと気づいた。

白い壁であった。

「あの壁しか見えてないのが着く場所か」

「そうよ」

 建物の一部なのだろうか。あまりにも巨大おおすぎて全体像が視界に収まらなかった。

 長い道のりだった。俺はわざわざ罰を受けるために、ここまで来たのか。

 緩やかにバスは速度を落とし停車する。バスステップをかかとで鳴らし、タイルが敷き詰められた道に降りた。

 彼女も俺の後に続いて降りてきた。彼女はバスを降りると、たたんであった傘をすぐ開いて言った。

「ここが、の天使管理局の本部よ」

「見上げないと視界に収まらないな」

 圧巻だった。山と見違えるほどの巨大さ。正方形にかたどられたそれは、古代の神殿や墓廟ぼびょうを思わせる。四隅よすみには物見の塔もあった。視線を上げると、気になるものが見えた。建物の上空に白い一筋の線があった。それは環状をえがいて流れていた。嫌な予感がした。まさかと思い目をらしてみると、

 ――天使。

 見たことのない無数の天使が群れをなし、建物の遥か上空を飛んでいた。どこに行くでもなくずっとずっと空を廻っていた。

「行くわ」

 あまりの光景に殺意すら浮かばず、立ち尽くしている俺をうながし、彼女は平然と先を歩いていく。

「ここにはいつもあんなに天使が群れているのか」

「……そうね、ここは天使様の恩寵おんちょうけた場所なのよ」

 建物の前までしばらく歩いて、アーチ状の巨大な扉に着いた。両脇で警備兵が守りを固めていた。横を通る時、ちらっと一瞥いちべつしても、こちらには目もくれず、どこか遠くを見ていた。

 

 大扉おおどをくぐって入る。建物内はどこまでも続く広い廊下が伸びていた。天井は空よりさえ高く、壁沿いに列した柱が空を支えていた。外から見た時はなんて巨大な建造物だと思ったが、中に入っても室内とは思わない空間の広がりだった。

 だがそれより気がかりなのは、空気が変わったことだ。気配が変わったと言うべきか。途方とほうもない何かに常に見られている気がする。

 俺は先行する彼女の後に続いた。廊下の壁には等間隔にドアが並んでいた。柱と柱が並ぶあいだのその奥の壁、二等辺三角形の頂点を結ぶ位置にドアは配置されている。ネームプレートはなく、何の用途の部屋かわからない。部屋の様子もうかがえない。どこまでも続くドアの並ぶ壁に沿って歩いた。しばらくすると陳列されたドアの一つに目が向いた。何かが、誰かがいるような気がして、俺は足を止めてしまった。

「そう……その部屋なのね」

 と足を止めた俺の前まで引き返しながら彼女は言う。

「さあここよ」

「……」

「ここがあなたの部屋よ」

「俺の……部屋?」

 俺の部屋とはなんだ。懲罰房のことを言っているのか。だが、それとも違う気がした。言い知れぬ不安に言葉が出ない。

「ここからはあなた一人で入って」

「……この部屋は一体何なんだ」

「それは私も……わからないわ」

「でもあなたに必要な場所よ」

 この扉を開けたらもう引き返せない気がした。それでも確かめずにはいられい。

 そして、俺はドアを開く。閃光が身体を包み思わず目を閉じた。

 「あら、おかえり――――」

 目を開くとそこには、

「なぜ君がここに」

 かつての我が家の一室に俺は居た。――そして、最愛の人がそこにいた。思わぬ光景に立ち尽くす。

 恋人は椅子に座っている。テーブルには数本、茎の長い花が横たわっていた。

「君はもう……死んだはずじゃ」

「何言っているの、おかしなこと言うのね」

 恋人はクスクスと笑いながら、テーブルの花瓶に花をいけていた。パチンパチンと手に持った切りばさみが鳴っては、茎を切り落とし、一本一本花瓶が飾られていく。

「また悪い夢でも見てたんでしょ」

「夢、そうか……夢だったのか」

「ほらこっち来なさい」

 恋人は切りばさみを置いて、ポンポンと膝を打つ。俺は吸い寄せられるように恋人の前に膝を折り、椅子の上の膝枕に頭を預けた。

「ずっと……ずっと変な夢を見ていたんだ、君が居なくなって、俺は独りでさまよい続けた」

「そう……もう大丈夫よ、安心して」

 羽毛を撫でるように恋人が俺の髪をさする。心地良さにそのまま目を閉じようとした時だった。

 肩にかけていたマスケット銃の肩紐が外れた。

 銃は、ゴトリと鈍い音を立て床に転がった。鈍い音が教える、これこそが夢であり、独りでさまよい続けた日々こそが現実であることを。そして、君はもう居ないことを……。

 ようやく我に帰り、立ち上がって辺りを見回した。当時住んでいた家に本当にそっくりだ。

「ねえ、どうしたの」

 眉根を寄せて、恋人に似たものは心配そうに俺の顔をうかがってきた。

「もう行かなくては」

 と俺は背を向けながら言った。

「また、帰って来る?」

「……すまない」

「そう……わかったわ」

 偽物相手でも罪悪感から曖昧に答えてしまったが、返ってきた返事は意外にも素直だった。

 床に落ちたマスケット銃を拾い上げる。そして、この部屋に入ってきた方向、ドアに向かって銃を構えた。

「たとえ夢幻ゆめまぼろしでも、もう一度君の姿が見られてよかった」

 俺は引き金を引いた。せまい部屋に火薬のはじける爆発音が響き、弾丸はドアをめがけて放たれた。そして、この虚構の空間を打ち破った。着弾点にヒビが入った。ヒビはどんどん広がっていき、部屋にある、ありとあらゆるモノがガラスを割るようにして割れはじめた。ドアや壁、家具、花瓶、恋人の姿。全てが粉々に砕け落ちた。後に残ったのは無垢むくのコンクリートで造られた部屋だった。蛍光灯が室内に佇む俺を鈍く照らす。部屋に漂っていた花の香りもすでに消えていた。

 部屋には誰も居ないことを確認してから、銃の弾数たまかずを確認し、銃身の汚れを杖でこそげ取るなど入念にメンテナンスをした。一通り終えて立ち上がると、今度こそ入ってきたドアに手をかけ、この薄暗い部屋の外に出た。

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