余話🐱我輩はお喋りな猫である🐱


我輩は猫である。 


名前は……かつて「ラウド」と呼ばれていた。




ニャアニャアとうるさい、と人間は言った。


 "ラウド"英語で「うるさい」……だそうだ。 


だが我輩はただ、お喋りがしたかっただけなのだ。




鳥を見たときも、空が赤かったときも、 人間が帰ってきたときも、我輩は一生懸命に鳴いた。




伝えたかったのだ。


世界のことを。


 心の中の、モフモフした衝動を。




だが伝わらなかった。


 皿は空になり、水は濁り、やがてその家は誰も帰らなくなった。




それでも喋り続けていたら、気づけば我輩、喋るようになっていた。




 言葉が、口から……いや、心から出てくるようになったのだ。




誰か、返事をくれ。 


何故ここに居るのかすらも忘れてしまった。


我輩は今日も、夜の教室で声を放つ。






「……はらが……へったのぅ……」 




「……おかわり、ないのかのぅ……」




その日、教室の扉が開いた。


 見覚えのない、妙にうるさい女と、その横で気配を殺す男が入ってきた。




女の目が我輩を見るなり、ぱあっと輝く。




「うわっ、ほんとに猫いるじゃん!?  しかも喋ってる!?てか!今、名前なんて言った!?」




「ラウド……と、呼ばれておった」




その瞬間、女が跳ねた。 


跳ねた。


飛んだ。


転がった。


悶えた。




「お喋り猫にラウドとか!!ジャストネーミングすぎでしょ!?名付けた人天才!?この子も天才!!かわいすぎ!!!」




うるさい。きっと我輩の仲間だ。


けど、好きだ。


こういうの、久しぶりだ。




「……はらが、へったのぅ」




「はいはい、唐揚げあるから待ってて!にしてもしゃべる猫ってテンション上がるなあ〜!」




唐揚げは、うまかった。




 "味がする"ことに感動しながら、我輩はむぐむぐと味わった。


自然と口からニャイニャイと言葉が溢れてしまう。




が、次の瞬間。空気がビリリと震えた。




「……うわ、いた。ハインリヒ気配隅っこ寄ってるじゃん」


 きみえが振り返って、誰もいない壁に話しかけた。




その空気が答えるように、脳内に響いてきた。




「…Schleichendes Geschwulst…」 (忍び寄る腫瘍め……)




„In diesem Raum… dieses… dieses… flauschige Wesen…!!“ (この空間に…あの…あの……ふわふわの存在が……!!)




「ねぇ、なんでそんなに猫苦手なのハインリヒ?あんた霊でしょ?」




„Das R im Katakana kollidiert mit dem ‘Nya’ des Katers… Es… es stört meine Aussprache…!! Uwaaah, es kommt näher!!“ (カタカナのR音がこの猫の“にゃ”とぶつかって…… 発音に支障が……!! うわああ、近づいてくるぅぅ!!)




「はいはい、ハインリヒは隅っこで我慢しててね〜」




きみえはひらひらと手を振ると、再びラウドに向き直る。




「それでラウド、今日は何をお喋りしに来たの?」




その夜、我輩はすっかり唐揚げの虜になっていた。 


女の名は、きみえ。


男は鈴木というらしい。




きみえは、「猫が喋る?ああ、そういうこともあるよね〜」と、あっさり受け入れていた。




「お前、どこから来たの?」


と聞かれた。




我輩はちょっと悩んだ末、 「……昔の家は、もう、ない」とだけ答えた。




するときみえは、少しだけ静かに頷いて、 それからぽんと我輩の頭を撫でた。




「ならさ、ここにいれば?喋れるならもう、人間だろうが猫だろうが──」




 そしてにやっと笑って、こう言った。




「関係にゃいね」




鈴木がズコッとこけたのを見て、 我輩はひとつ、にゃあと鳴いた。




それからというもの、我輩はこの教室で暮らしている。 


机の上がちょうど良い昼寝スポット。


 放課後になれば、学生たちがこっそり唐揚げを持ってくる。


ときどき、壁の向こうからハインリヒの震えるドイツ語が聞こえるが、 我輩は知らんふりをして、今日も喋るのだ。




「はらが、へったのぅ」 




「今日のは、レモンつきかのぅ……」




我輩は猫である、居場所が出来た。


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