第22作 【三題噺 #121】「美学」「時」「原稿」

 この物語のおじさん主人公の呂律ろれつが、就労支援を担当するアドバイザー部久べくと面談している。


呂律ろれつさん、また災難だったね。さあ、今回は前置きなく就職するよ!」

「はい、頑張ってきます!」



 * * *



 呂律は自称「有名なハードボイルド漫画家」の自宅における買出しなど雑用の仕事に就いた。

 作業場の床には回収日に捨て損なったごみ袋や、書き損じた原稿が散らばっている。


 アシスタントが漫画家先生に報告する。

「先生! このままじゃ、間に合いません!」


「何時までだっけ?」

「今日の夜6時が締切です!」


「弱ったなあ、猫の手……。そうだ、呂律ろれつさん、手伝ってくれるか?」

「僕は漫画なんて描けませんよ」


「大丈夫大丈夫。ベタ塗りって言って、黒く塗るだけだから」


 黒い帽子、黒い服、あごひげ、拳銃、確かに黒く塗る箇所が多い登場人物。


「それは、時限じげん団助だんすけってキャラクターだよ」

「パクリじゃないですか!?」



 * * *



 原稿はなんとか仕上がった。


 作業場の窓際で漫画家先生がタバコを吸いながら、呂律と話している。


「呂律さん、ありがとね」

「お役に立ててよかったです。でも、今深夜1時ですが、間に合ったのでしょうか?」


「いいのいいの。四捨五入したら、間に合ってるから」


 呂律は、「間に合ってないだろ」と思うだけで口には出さなかった。


「ところで呂律君、この窓から見える都会の風景どう思う?」

「この地域の特徴なのか、あまり明かりはついていませんね」


「そうだろ?」


 そう言うと漫画家先生はタバコを窓際の灰皿に置き、口笛を吹き始めた。しばらく口笛を吹いた後、再び呂律に話しかけた。


「都会の闇に紛れて口笛吹くのが男の美学ってもんだよ」

 その時、作業場に窓から風が吹き込んだ。


「なるほど、あれ、そういえば先生タバコ……」

「え? あれ、どこいった」


「あ……」


 窓際に置いていたタバコは、風に吹かれ作業場へと飛ばされ、ゴミや原稿に火が燃え移っていた。



 * * *



 作業場は全焼したため、漫画家先生の連載はしばらく休載することとなった。

 呂律は失業した。

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