第16話 才能と努力
「なんか、疲れてる?」
集合場所となっている訓練場の近く。校舎の影の中でしゃがみこんでいると声が降ってきた。それは聞き慣れた声で、ノエルを思い浮かべて、顔を上げた。
案の定、そこに立っていたのはノエルだった。彼は眉尻を下げ、心配そうにこちらを見つめていた。
「うん。ちょっとね」
慣れないことの連続で疲れてしまった。
苦笑いと共に本音をもらすと、ノエルは隣にしゃがみ込んだ。彼の声がより近くなった。
「噂はいくつか聞いた。ツバキ寮長の側近になったとか、訓練場で特訓してたとか」
ノエルの言葉に、私は唸った。
合っているような、合っていないような絶妙なラインだったからだ。
「側近…ではないよ。でも、一緒に行動をして、魔法の特訓をしてるのは当たってる」
「なんで急に?」
補足しながら、正しい内容を伝えると、ノエルは尋ねてきた。率直な疑問、と感じる声色の軽さだった。
「存在感を高める…ため」
改めて言葉にすると具体性がないにも関わらず妙に高尚で、気恥ずかしくなった。そんな羞恥心から、頼りなさげに答えてしまった。
ノエルは拍子抜けしたかのように瞬きを繰り返した。そして、小首を傾げた。
「それは、なんで?」
「カイル副寮長と、もう一度対談するため」
その答えだけは明確に決まっていたから、すぐに出てきた。
ノエルは納得したかのように、「あぁ」と声をこぼして、空を仰いだ。
「今のところ、俺たちとカイル副寮長は対等じゃないもんなぁ」
その呟きに、ノエルも現状を理解しているのだと思った。
「ノエルは、寮で問題なく過ごせた? その、カイル副寮長に変な噂立てられたりとか…」
昨日からずっと、ノエルのことを心配していた。代理とはいえ、寮の長であるカイル副寮長と不穏な雰囲気になってしまったからだ。
両膝を抱える腕の力を強めて、ノエルの顔を覗き込んだ。ノエルは笑顔を浮かべたりはしなかったけれど、悲しそうな顔もしなかった。
「覚悟して寮に戻ったんだけど、なーんにもなかった。俺のことなんて眼中にないって感じ」
その話に、やはりカイル副寮長にとって、今の私たちは脅威でなければ、僅かな不安要素にもなれていないということが伝わってきた。
「ねぇ、特訓ってどんな内容?」
膝に頬杖をつき、ノエルは尋ねてきた。
唐突に話題が変わったことに驚きながらも、私はツバキ寮長から課せられた特訓の内容を説明していった。
内容は単純明快だ。魔法を使う時間を増やすだけ。
今までも、夕方に三十分ほど、魔法の特訓を自主的に行っていた。それに、朝の三十分、昼の三十分が追加された。
因みに昼の三十分は、ツバキ寮長と訓練場で行う実戦形式のものがメインになる予定だ。
「普通の人の二倍特訓すれば成長スピードは二倍になる、というのがツバキ寮長の持論なんだよね」
私と真正面から向き合い、はっきりとした声で宣言したツバキ寮長の姿が脳裏に焼き付いていた。
ノエルにとっては予想外の話だったのか、彼はしきりに瞬きをした。
「ツバキ寮長って、意外と根性論な人?」
「私も、今日初めて知った。でも、案外理に適ってるんだよね」
ノエルの言葉に、私は思わず笑い声をこぼした。
根性論と言えば、古臭くて、効率が悪いという印象があり、努力する方向性を間違えると負傷などのデメリットに繋がる恐れもある。
けれど、説明を聞けば聞くほど、ツバキ寮長の持論は納得ができるものだった。
「ノエルはさ、毎日料理をする人と、一週間に一回料理をする人だと、どっちが料理上手に思える?」
「それはもちろん、毎日する人だね」
「ツバキ寮長曰く、魔法使いもそうなんだって」
たくさん魔法を使ってきた人が強い。何故なら、どれだけの魔力を込めるのが最適なのかが感覚的にわかるし、慣れれば慣れるだけ発動するまでの時間を短縮できるから。
それは、煮込む時間や味付けの最適を把握している料理上手な人と同義だった。
「あー、そういえばアッシュ寮長とカイル副寮長も、よく魔法の特訓してるの見かけた」
「あそこの訓練場でしてたんでしょ?」
「そう!」
私が訓練場を指さすと、ノエルは瞳を輝かせた。その反応で、いかに二人の特訓が見応えがあり、憧れを加速させるものだったのかが伝わってきた。
「二人を見ていて、才能がある人ってこういう人なんだって思ったけど、その影では想像ができないぐらい努力してたのかな」
「そうかもしれないね。二人が良きライバルだったなら、高めあってたのかもしれない」
私たちは、自分よりもすごい人を、才能がある人だと思いがちだ。そして、その影にあるかもしれない努力や費やされた時間を見ようともしない。
それが一番楽で、自分を嫌いにならない方法だから。
穏やかな風が吹き、自然と生まれた沈黙を埋めた。私も、ノエルも、考えに浸っていた。
「あ、昨日、ツバキ寮長から聞いたカイル副寮長の話を共有するね」
「あ、そうだ。俺も、寮の皆に聞いた話を共有するよ」
思い出したように会話を再開させると、その間抜けさに自然と笑みが浮かんだ。
沈黙になっても、嫌な気持ちにならない。むしろ、お互いに変に気を遣わなくなってきている。
それがなんとなくわかって嬉しかった。
「 ── カイル副寮長が女性的!?」
私の話を聞いたノエルは、目を丸くした。今にもこぼれ落ちそうな青い瞳は磨き上げられたガラス玉みたいだった。
私も、その意見を聞いた時は驚いたから、ノエルの驚きは当然のものだった。反対意見が来ることも予想しながら、彼の反応を伺った。
「ノエルはそう感じたことはない?」
「えー、いや、ないなぁ。かっこいいとしか思ってなかったから」
「そっか」
ノエルの前では、カイル副寮長は女性的な面を見せたことがないのかもしれない。
そう考え、私は深掘りをした。
「ガーネット寮って男子生徒が多いよね」
「そうだね。八割が男って感じかな。アメジスト寮もそうでしょ?」
「うん、半数以上が女子だね。ガーネット寮には女子があんまりいなかったから、カイル副寮長の女性的な面が出なかったのかな」
アッシュ寮長に近づく女子全員を嫌っていた、と言っていたツバキ寮長の発言を思い出しての意見だった。
ノエルは渋い顔をした。突拍子のないことを言っている自覚は私にもあった。
「正直受け入れられないけど、アッシュ寮長が女子と話し込んでる姿を見たことないなぁ…」
「異性とかにあんまり興味なさそうって言ってたもんね」
アッシュ寮長はファンクラブがあるほど女子から人気がある。けれど、アッシュ寮長が特定の女子と深い関係を築いていたという噂はなかった。
「え、いや、待って。アッシュ寮長とカイル副寮長が恋人だったと考えると、色々と納得できるかも…っ」
ノエルは顔を白黒させながら、自身の顔に触れた。パニックを起こし始めてる彼を、私は慌てて宥めた。
「ノ、ノエル、落ち着いて。まだ決まったわけじゃないから!」
「そ、そうだね…!」
ノエルは冷や汗をかきながら、深呼吸を繰り返した。
少し落ち着きを取り戻したノエルは、補足するように一言添えた。
「とりあえず、俺が言えることは、カイル副寮長は体は男だってこと。寮のシャワー室で会ったことあるから」
唐突に、身体的な情報が入ってきて、今度は私が驚いてしまった。
なんだかセクハラめいたことをしている気がして、申し訳なさと気恥ずかしさで、しどろもどろになりながらお礼の言葉を伝えた。
けれど、ちゃんとメモ帳には記していった。
「もしかして、セインさんは二人の関係を知ってたのかな」
私の心音が落ち着いた頃、ノエルはそう呟いた。そして、自分を納得させながら、話を続けた。
「二人は関係を隠してたけど、うっかり知っちゃって、脅されてた…とか?」
「ありえるかもしれないね」
私たちは顔を見合わせた。
「ねぇ、ノエル。セインさんって、放課後はどこにいる場合が多い?」
どちらともなく、私たちは立ち上がった。
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