第41話 ギルマスハーゲン、遠い目をする

 酒場で寝落ちしたミラを起こして果実水を飲ませ、ひた謝りするミラを宥めながら冒険者ギルドへ帰ってきた一行。


「おぅ、帰ったか」


 ハーゲンが出迎えてくれる。


「おう、ギルマス、ルルは?」


「とっくに帰らせたぞ。職員がほとんど居なくなっちまったからな、俺が毎日夜勤だ」


「大変だな」


「そうなんだよ。だからこそ、今回の働き、期待してるからなー?!」


 ハーゲンはそう言いながら、それぞれに今日から泊まる部屋の鍵を手渡す。


「鍵はちゃんと掛けとけよ。サービスで五人部屋にしてやったから感謝しろ?掃除は自分でしろよ。で、どうだった?」


 そう言うハーゲンに和代とライガスが答える。


「収穫なかったわ」


「結構良い感じだったぞ。何かしらのアクションがあるかもしれねぇ」


「えぇ?!」


「何かあったのか?」


 聞き返すハーゲンに、ライガスがニヤニヤしながら答える。


「ミラの嬢ちゃんが酒場でひと暴れしたんだ」


「ちょっと!ライガスさん!」


「何だってぇ?!」


 驚くハーゲン。


「そりゃぁもう見事なもんだったぜ!消えたかと思ったらよ、あっという間に男どもを制圧してな?それで最後なんつったと思う?」


「何て言ったんだ?」


「『カズヨちゃーん、怖かったですー』だぞ?」


「おー、そりゃすげぇな」


「ライガスさん!やめて下さい」


 真っ赤になったミラが涙目でライガスを見上げる。


「うっ……。すまん」


「ライガス!惚れちゃだめだぞ」


「エリオットさん!なんて事言うんですか!」


 またも涙目だエリオットを見上げるミラ。


「うっ……」


「ミラちゃん、これ以上はあかん!」


 そう言ってミラの前に出る和代。


「カズヨ、良い判断だ。じゃあ俺たちは寝るよ。二人とも、悶えてないで行くぞ」


 タルクがそう言って二人を連れて行こうとする。


「分かったー!あ、せや!あんたら汗臭いから浄化しといたるわ。はい『浄化!』」


 ほわんと光る暁の守護者たち。


「うへっ?!おい、なんかめちゃくちゃスッキリしたぞ?!」


 先程までミラにあてられていた二人が我に返る。


「う、うん?僕、こんなに髪の毛サラサラだったっけ?」


「なぁ、装備まで綺麗なんだが……」


 口々に感想を言い合う三人。


「おい、カズヨ!何したんだ?!」


「いや、お風呂めんどくさいやろ?やし、今日のお礼も兼ねて、浄化したってん」


「浄化っておま……」


 ライガスは言いかけた口を閉じて首を振り、こう言った。


「いや、もういいや。寝るわ。ギルドの外に出んじゃねぇぞ」


「わかったー!お休みー!」


 二階の宿泊施設に向かう暁の守護者たちに手を振る和代。


「ミラちゃん、うちらも……って誰?!」


 和代が振り返った視線の先、ギルドの入り口には、教会本部からやってきたセラフィノの部下、サリオが神官服を着て笑顔で立っていた。


「ふぇ、ふぇーっ?!しゃ、しゃりおしゃまぁー?!!」


 和代につられて振り返ったミラが叫ぶ。


「ふふふ、ミラ、久しぶりですね。元気そうで何よりです」


「ど、どうしてここが?」


「セラフィノ様の推理ですね。それにしてもミラ、上手に逃げましたね。あなたの機転に皆翻弄されていましたよ」


 サリオの話を聞きながらも、和代の方へジリジリと近寄るミラ。


「ミラ、警戒しなくても大丈夫です。私は敵ではありません。教会に知らせるつもりもありません」


「ほな、何しに来たん?」


「これは、失礼致しました聖女様。お初にお目にかかります。私はセラフィノ大司教付き補佐官、サリオと申します。この度はセラフィノ様より伝言を言付かって参りました」


 サリオが和代に片膝をついて挨拶をする。

 和代は顔を引き攣らせて声をかける。


「あ、あの、サリオ……はん?そんな、膝つかんといてくれる……?」


「かしこまりました聖女様」


 サリオが立ち上がる。


「その、聖女様言うのもやめてんか?うち、和代いうねん」


「かしこまりました和代様」


「ほんまは様も嫌やねんけど……はぁ。ほんで、伝言って何やの?」


 ため息をついて先を促す和代。


「はい。『聖女様、ミラ。お二人は己が思う道を、己が思うまま、ご自由に歩んで下さい。教会はまだお二人がご無事であることを知りません。そして、私は我らが神の正体に気付いています。神の雷を退けた聖女様。どうぞご無事で、その日まで力を蓄えて下さい』との事でございます」


「うっわー。うっわー。ミラちゃん、どないしよ?」


「あはは、和代ちゃん、セラフィノ様って、確かめちゃくちゃ優秀な方なんですよね……」


「何か、全部読まれてる感じすんなぁ……。あ、その人ってな、野心家やったりする?のし上がったろーみたいな」


「どうでしょうか……。私はそこまでよく知らないので……」


 そっとサリオに視線を戻すミラ。


「残念ながらセラフィノ大司教は、今すぐにでも地方の助祭に戻りたいと仰るような方ですね」


「ほーん」


 和代が何かを考え、ニヤニヤし始める。


「サリオはん、その人に出世してもらおか」


「……どういう、事ですか?」


「めっちゃ有能なんやろ?」


「それはもう」


「ほな、トップになれる能力がある訳や」


「ええ。……もしかして」


「せや。なってもらお」


 サリオが改めて和代に跪く。


「和代様。セラフィノ様を法王にすべく、ご尽力頂けると?」


「どうなるかわからんけどな。覚えとくわ。その名前」


「ありがとうございます……」


 サリオはそう言って、おもむろに立ち上がった。


「では、私の仕事は終わりましたのでこれにて失礼致します。あ、ミラ。ニナから伝言です。『元気でね』と。では」


「ニナ……。ありがとうございます!サリオ様!」


 闇に溶けるようにサリオは去って行った。


「良かったな。ミラちゃん」


「はい。ニナは、友達だったんです……」


「はぁ。何やびっくりしたけど、悪い人ちゃうかったみたいやし良かったわ。うちらも寝よか」


「ですね」


 二人がギルドの泊まる部屋へ向かおうと階段の方へ振り向くと、何とも言えないような顔で固まったままのハーゲンと目が合った。


「あ」

「あ」


「俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない」


「ギルマスはーん、観念しー」


「うわぁぁぁぁ!なんて話を俺の前でしやがるんだ?!俺は教会は敵に回したくねぇ!!」


「大丈夫。黙ってたら分からへん分からへん。ほら、飴ちゃん食べー」


 和代はカモミール味の飴を出してハーゲンの口に押し込む。


「ふぁぁ……。落ち着くぅぅ……」


「か、和代ちゃん、何したんですか?」


「錯乱した時はカモミール味がよぉ効くねん」


「うわぁ……」


「よし、ほなうちらも寝よ!」


「あははは、ですね」


 今度こそ階段に向かう二人。

 その途中で、ふとミラが和代に尋ねる。


「そう言えば和代ちゃん、大見得切って『名前覚えとくわ』なんて言ってましたけど、ほんとに覚えたんですか?」


「ん?サリオはんやろ?」


「違いますよ。大司教の名前ですよ」


「あぁ、覚えてるで!セラフィメントさんや!あれ、フィラメントさんやっけ?」


「どんどん離れていってます!セラフィノ様ですよ!やっぱり覚えてないじゃないですかー!」


「あははは、この世界の人名前難しいねんもん」


「もー、ちゃんとして下さいよ。でも、何で法王になって貰おうなんて言い出したんですか?」


「嫌がらせやで?」


「へ?」


「何か、言葉にしにくいねんけど、何かな、腹立ってん」


「それで、出世?」


「うん。本人出世したないみたいやし、出世してもらおぅかな思て」


「あははは。何ですかそれ」


「ええやろ?」


「ええです!」


「あ、感染った」


「感染っちゃいました」


 二人は笑いながら部屋へ入って行った。


 一方、一階に一人座るハーゲンは、カモミール味の飴に癒されつつも遠い目をしていた……。

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