第19話 おばちゃん聖女、鹿についていく

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本日よりお盆週間なので、毎日投稿します。

いえーい。

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「昨日の鹿やん」


 朝、テントを出た和代はぽつりと呟く。


「今朝は変な鳥の声せえへんから良かったなー思てたら鹿再登場してるやん」


 続いてテントから出てきた一同も思わず目を見開いた。

 あの、昨日瘴気から浄化され、霊獣のように変化した鹿が、すぐそばの草むらに立っている。

 思わず和代が声をこぼす。


「しっかし綺麗やなぁ。撫でてみたいわ…」


 鹿の金色の瞳が、じっとこちらを見つめたかと思うと——


 鹿は一度ぺこりと頭を下げると、背中を向けてトトトと数歩前に出てまた振り返り、ぺこり。

 そしてまた前へ進んでは、振り返ってぺこり。


「これ、ついて来いってこと……です?」


「えー!賢いなー!!行ってみる?」


「和代様!」


「でも、昨日浄化したからええ子になってんのちゃうの?」


「ですが……」


「大丈夫やって!あんなペコペコしてんねんで?何か困ってるんかもしれんやん!」


「でも……」


「何やのはっきり言いーな」


「我だってお辞儀くらいできます」


「……ん?」


「もしかしてタカオ様……」


「嫉妬してる?」

「嫉妬してます?」


「してません!!!」


「ターーーカーーーオーーーー!」


 ひしっとタカオに抱きつく和代。


「あんた可愛いやっちゃなぁ。どんだけ鹿が綺麗で賢そうでもあんた以上の相棒なんかおらんて!な?嫉妬せんでも良いんやで?」


「我は……」


「タカオも綺麗で賢いやんか!モフモフやし……うっ…眩し!」


「はっ失礼しました。つい発光を……」


「ピッケ、私たちは何を見せられているんでしょうか…」


「ピィィィ…」


「こほん……ま、まぁ、そ、それならついて行って見ましょうか。危なくなったら即撤退…と言うことで……」


「よし、タカオ、了解や!おーい、鹿ー!!準備するしちょっと待ってやー!」


 和代達は荷物をまとめ、テントの結界を解除すると、鹿の後を追う事にした。



 しばらく進むと、タカオがふと気付いたように告げる。


「瘴気が、極端に少なくなってきてますね」


「ほんま?……確かに、明るさの種類がちょっと変わってきた感じはあるけど……」


 木々の密度が少しずつまばらになり、淡い光が差し込む。

 そして更に奥へ奥へ進んでいくと、突然、視界がひらけた。


 そこには、静寂に包まれた小さな空間と、苔むした屋根の家がぽつんと佇んでいた。

 家の周囲はまるで瘴気の影響を受けていないかのように澄んだ空気が漂い、風に揺れる草や花はまるで絵本の世界に迷い込んだように美しく見えた。


「……ここ、明らかに他と違うなぁ……」


 和代がぽつりと呟く。鹿は家の前まで歩くと、またぺこりとお辞儀をし、家の扉の前でじっと待った。


「……中に誰かいるんでしょうか?」


「そらいるんちゃうー?」


 和代がそっと一歩、扉へと近づいた、その瞬間だった。


 ——キィ……。


 軋むような音を立てて、扉がゆっくりと、内側から開かれた。


 現れたのは、驚くほど背の低い、細い影だった。白銀に色褪せた髪を結い上げ、目元には深い皺。尖った大きな耳。それは年老いたエルフだった。

 だが、その肌には灰色のようなくすみが広がり、両の瞳には濁った光が宿っていた。


「あ、あれは……まさか……」


「ミラちゃん何や知ってんの?」


「いえ、そんな、まさか……」


 掠れた声が、風に乗って聞こえた。


「ふふふ。よく来たの。ようこそ。我が隠れ屋へ。お前さんらは……」


 そう言ってエルフはニヤリと笑う。


「えらく面白い集団じゃなぁ……ゴホッゴホッ……いや、失礼。久々に寝所から起きての。お前さんらならもしかして……と、思ったんじゃが……。ゴホゴホゴホッ……思ったよりも時間がなかったのぅ……」


「え、どうしたん?おばあちゃん?あれ、おじいちゃん?どっちや。まあええわ。具合悪いんか?何か手伝う事あるか?」


「いや、良いんじゃよ。あぁ、せっかく……お会えたが……ワシは…もう…終わりなんじゃろうて……」


 そう呟いた直後、老エルフの体がふらりと揺れ、崩れ落ちそうになった。


「ミラちゃん!」


「はいっ!」


 反射的に走り寄り、支えるミラ。近づいて初めて分かった。彼女の身体から発されている、微弱な瘴気の気配。


「この方……瘴気に……」


「……瘴気?!ほんならうちの得意分野や!行くでー!!」


 パァン!パァン!


「あ」

「あ」

「ピ」


「神さん!この人助けたって下さい!お願いしますー!!!」


 響く柏手。ミラ、タカオ、ピッケの揃う声。


 エルフを中心に、光が輝いた。

 そして、光が収まった時。

 ミラの腕の中には、どう見ても八歳位の銀髪の美少女が眠っていた。


「ええーーーーーーーっっ?!めっちゃ可愛い子ぉになってもた!どないしょ?!」


「和代様……パンパンはなしとあれほど……」


「そうですよ和代ちゃん。こうなるとは思いませんでしたが、やってしまったなとは思いましたよ?」


「嘘やん!」


「パンパンの音を聞いた時、全員が同じ気持ちを共有していました」


「ピィ!」


「ピッケまで!!!……どないしよ……」


 がっくりと肩を落とす和代。

 あまりもの落ち込みようにしばし静まり返る一同。


「……でも、結果的に助かったんですよね?」


 と、ミラが小さな声でぽつり。


「その通りです。姿が変わったとはいえ、瘴気の気配は完全に消えています。つまり、和代様の祈りは確かに届いたのです」


「ピィ!」


 タカオが和代の足元にピタッとくっつき、スリスリと猫のように身体を擦り付ける。ピッケがトテトテと和代の反対側の足元に寄り添い、ちょこんと体を寄せる。


「……タカオぉ……ミラちゃん……ピッケぇ……うぅ……みんな優しぃ……」


「でも……次からは、慎重にお願い致しますね、和代様。衝撃的すぎますので」


「う、うん……!ほんまにごめん……」


「大丈夫ですよ!和代ちゃん!」


「ありがとうなぁ……せやけど、この子どないしょ……」


「とりあえず、あのお家のベッドに寝かせましょうか」


「せやな。悪いけど、家入らせてもらお」


「……それにしても、可愛いですね、この子……」


 と、銀髪幼女を抱え直してうっとりするミラ。


「ほんまやな?!ほっぺたツルツル!!触りたなるわ!!」


「……ちょ、和代様?!」


「ピィィィ!」


 ——こうして、森の中で新たな出会いが生まれた。

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