第17話 おばちゃん聖女、魔物を浄化する
二人と一匹と一キノコ(?)は順調に旅を続けていた。
瘴気獣が現れるとミラが植物魔法で足止め、動きを止めたところで、和代が手のひらピストルで狙撃して浄化。
複数体現れた時はタカオが敵を翻弄してミラと和代で各個撃破と、良い連携を見せていた。
キノコはもっぱら応援係である。
昼は移動と戦闘、夜は結界を張ってミラのベッドで睡眠を取るという生活が始まってはや十日、一同は歓喜に溢れていた。
「和代ちゃん!川ですよ!川!ちょっと、細いですけど。これは川…ですよね?」
「ほんまやなぁ!…細いなぁ……でも用水路よりは広いか?いやぁ、しっかし長かったわぁ……まさか敵が方向感覚狂わせてくるとは思わんかったなぁ……」
「我の不覚です」
「まぁ、迷った気がしますー言うたタカオの顔、傑作やったしなー。あの顔思い出しただけで三年笑えるし気にせんときー」
「……それはそれで不覚です……」
「アハハハハハ!」
ミラも思わず笑いながら、ピッケを抱きかかえる。
「今日はちょっと早いですけどもう休みませんか?」
「そうですねミラ。この川の向こう側へ行ったら休むことにしましょう。何だかこちらとあちらでは空気が違う気がします」
「よっしゃ!川も細い方が渡りやすいしな!ほなあとちょっと頑張ろ!」
「はい」
「はい!」
「ピッ!」
川の中をじゃぶじゃぶと歩いて渡り、反対へ着くと和代の浄化で乾かす。
「確かに空気が違う気がするなぁ。これはマスク取っても大丈夫なんちゃうー??」
「念の為にまだしておいた方が良いでしょうが…確かに瘴気がかなり薄れていますね」
鼻をヒクヒク動かしながら答えるタカオ。
「やっぱり川があると瘴気が薄れるんですね」
「ミラちゃんどう言うこと?」
「いえ、教会で習ったのですが、瘴気は、川とか風の通る場所では滞りにくくて。水や草原のある土地では、かなり抑えられるんだそうです。でも本物は見たことが無かったので…」
「へぇそうなんやぁ。ほんまミラちゃんはよぉ勉強してて偉いなぁ」
「えへへへへ」
「お二人とも、野営の準備をしましょうか」
「せやったせやった」
「そうですね」
慣れた手つきで和代が結界を張り、ミラが植物のベッドを作る。そんな中、タカオは地面を嗅ぎまわりながら、ふと顔を上げて言った。
「ここから先は瘴気獣だけでなく、動物が瘴気に狂ったものが出てきそうですね」
「そんなんおんの?」
「はい。むしろそちらの方が一般的かもしれません」
「魔石とかあんの?」
「あったりなかったりですね。強い個体の方がある可能性が高いです」
すると、ミラが勢いよく前のめりになって言った。
「あ!でもでも!冒険者さんたちがそういうのを狩ったりしてて、そのお肉を街で売ってるんですよ!私、一度だけ、焼いたの食べたことあります!すっごく美味しかったです!」
「……なんか、話の方向が食べ物になってきたな」
「和代様、食欲は生きる力ですから」
「せやな!」
「ピッ!」
「……あれ?ということは……こっから先で敵を倒したら、その場に残るってこと?」
「はい。そうなります。浄化とは違い、正しく討伐になりますね」
和代は少し口元を引き結び、空を見上げた。
「……そっかぁ。なんか、ほんまに戦わなあかんって感じやな……」
「ピィィィィ!」
キノコのピッケがぽてぽてと駆け寄り、和代の足にしがみつく。
「ど、どうしたんや?慰めてくれてんのん?」
「ピッ!」
「……ありがとうなぁ」
そっとピッケの頭(らしき部分)を撫でる和代の手は、少しだけ震えていたけど、それでも笑顔は変わらなかった。
「……和代様……」
「ん?あっ、ごめんごめん。……湿っぽくなってしもたな。大丈夫や、大丈夫。泣いてへんよー?よし!ほな、ご飯にしよ!」
ぱっと手を叩き、勢いよく立ち上がる和代。雰囲気を切り替えるように明るく言うその声に、ミラもすぐ笑顔になった。
そして翌日、
「……で、あれがこうなったと」
「……うん。なった」
「ピィィィィ……」
目の前では、もとはと言えば瘴気にやられて狂暴化していたはずの大きな角を持った鹿が、ふわんと光をまといながら草の上で佇んでいる。
毛並みはつやつや。目は金色に輝き、やけに神々しい。
「どうして浄化でああなるんですか…?!」
「いや…うちも想像してへんかったけど……あの子、めっちゃええ子やってんな……?」
「問題はそこじゃないのです!」
タカオがしっぽをペシペシさせながら叫ぶ。
「瘴気を祓うのはいいんです!けれども、その後神格が上がってどうするんですか!? 」
鹿がぺこりと一礼し、くるりと華麗に身を翻すと、森の中へ消えていった。
「……挨拶して帰ってったな……」
「我の修行が足りないのです……我の修行が……」
「タカオー?!帰ってきてー?!現実に帰ってきてー?!」
「……こほん……失礼致しました。和代様?瘴気に狂った動物……いわゆる魔物…ですね。これらには浄化を使わないと…お約束していただけますか?」
きりっと体勢を正したタカオは、鋭い視線で和代に向き直る。
「ひゃっ……ひゃい…」
「本当に、分かっていただけましたか?」
「分かった!分かったから!顔近い!圧が強い!ごめんて!分かったから!」
「こほん……ご理解いただけたのなら良いのです」
そして、タカオはミラの方へ顔を向ける。
「では、これからは主にミラが戦って下さい。出来ますよね?」
「はっ…はいっっっ!!」
背筋をぴしりと伸ばすミラ。
「タカオ!そんなん言うて可哀想やんか!こんな可愛い子にやな!」
「和代様。ミラは、結構強いですよ?」
「へっ?」
「……あは?」
「そうなん?」
「…そうかも?…です。あはは」
「いや、でも、そんなんミラちゃんがいくら強い言うてもやな、うちかて助けられるんやったら助けたいやんか」
「和代ちゃん……」
「せやろ?やし、どうしたら良いか考えてくれへんやろか?」
「和代ちゃん、ありがとうございます!私、頑張ります!」
突然スカートをたくし上げ、太ももの横からクナイのような短剣を出すミラ。その動きのあまりの自然さに、一瞬和代とタカオは言葉を失った。
「私、これでも白い死神って呼ばれてたんです。……えへへ……あんまり、良い呼び名じゃないですけど……」
「……カッコいい…」
「……カッコいい…」
和代とタカオの声が揃った。
「へっ?!へっ?!でもそんな、全然良い仕事じゃないですし!むしろ闇の部分というか、そのとこらへん担当してたというか…!」
ミラが慌てて手をぶんぶん振る。その顔はほんのり赤く染まり、目は泳ぎっぱなしだ。
「つまり……教会の裏で、汚れ仕事をしていた、ということですね」
「タカオォォ!ちょっとはオブラートに包んだってーや!!」
「だ、だって違うんです!ほら、敵対勢力の監視とか、ちょっとした尋問とか、暗号解読とか、盗聴器の解除とか……」
「それめっちゃ本格的なやつやん……!」
「聞こえた単語が全部物騒ですね」
「ほんとに違うんですー!うぅ……」
「ミラちゃん、そんな重たい過去あったんやな……」
「でも、もう辞めましたから!…えっ?辞めてますよね?辞められてますよね?!和代ちゃんに鎖外して貰えたからもうしなくて良いんですよね?!」
ミラが今にも泣き出しそうな顔で、縋るように和代を見る。
「……アホやなぁ」
「へっ?」
「そんなん、もうとっくにシュッシュして綺麗にしてもうてるやん」
まるで何でもないことみたいに、ぽんぽんとミラの肩を叩く。
「ミラちゃんはな、今はうちの仲間や。もっかい縛ろうとする奴がおったら、今度は確実にうちがぶっ飛ばしたるわ!」
「……和代ちゃん……!」
「ほれ、泣くな泣くな!今はうちら、ピッケにジャムパンあげてピィィ言わせてる仲間やん?」
「ビィギィ」
「なんか変な音出た!」
「あはははは!ありがとう、和代ちゃん……!ピッケも…!」
「よっしゃ!タカオー!次敵出てきたらなー、白い死神が全部片付けてくれるらしいで〜?」
「わーー!もうーっ!それ、ずっと言うつもりですかー?!」
「せやで。気に入ったもん」
「……うぅ、和代ちゃんずるいですーー!」
「我も気に入りました」
「タカオ様っ?!!」
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