第2話『ファランクスの夢──盾と槍を持て』

味方を死なせずに戦う方法はねぇのか。


 


 オレは広場の隅で空を睨んでいた。


 


 戦国の夜明け前。


 


 血と灰の匂いが微かに残る風が吹く那古野の空の下、


 オレはそのことばかり考えていた。


 


 


 ◆


 


 夜、焚火の前で飯を食いながらも、


 オレの頭の中では“あのシーン”が何度も再生されていた。


 


 令和の頃、族仲間と廃墟でスマホで観たあの映画。


 


 「ローマ帝国VS蛮族の戦争映画」。


 


 長槍を構え、巨大な盾を重ね、息を合わせて一歩ずつ進む兵たち。


 


 乱戦で切り合うより、


 槍と盾の壁で相手を押しつぶすその姿は、


 単車でカチ込むよりも“生きて帰る”可能性を感じさせた。


 


 


 ◆


 


 「味方を死なせねぇ戦い方」


 


 それがオレの“族”の走り方だ。


 


 


 「……んだよ、悩んでても仕方ねぇべ」


 


 オレは焚火の薪を蹴飛ばした。


 


 火の粉が夜空に舞う。


 


 「悩むよりやってみっぺ!」


 


 


 ◆


 


 翌朝。


 


 那古野城の訓練場。


 


 農民、浪人、侍の次男三男、小姓くずれの若者たちが槍を握り、集まっていた。


 


 広場には木槍が数十本、長さは身長の倍ほど。


 即席の木製の丸盾も用意させた。


 


 「何をやらされるんだ……」


 「重い……こんなんで戦えるのかよ……」


 


 不安と戸惑いの声が飛び交う。


 


 


 その中でオレは、堂々と言った。


 


 「おめぇら、これから“族の走り方”を教えてやっからな!」


 


 


 ◆


 


 「まず、盾だ!」


 


 オレが丸盾を持ち上げる。


 


 「これで敵の攻撃を防ぐ!」


 


 「次に槍だ!」


 


 長槍を構える。


 


 「これで敵を近づけねぇ!」


 


 


 「でれすけ! 使い方わかんねぇとか言うなよ!」


 


 笑いながら叫んだオレの声に、場が少しだけ和む。


 


 


 ◆


 


 訓練開始。


 


 「盾を前に出せ!」


 


 「もっとくっつけ! 肩が当たるくらい近づけ!」


 


 「槍は水平に保て! へし折るつもりで突き出せ!」


 


 


 訓練場にオレの怒声が響く。


 


 盾がぶつかり合い、槍がガチガチと音を立てる。


 


 


 「オレが前に出る。おめぇらも出ろ!」


 


 オレは自ら盾を構え、長槍を突き出す。


 


 「前進だ! 一歩だ! 一歩でいい!」


 


 


 盾の後ろで震える若者がいる。


 オレは振り返って怒鳴る。


 


 「ごじゃっぺすんなァァァ!!」


 


 「おめぇの一歩が仲間を守るんだ!」


 


 


 ◆


 


 少しずつ、列が揃ってきた。


 


 盾が並び、槍が水平に揃い、声を合わせて進む。


 


 「押せぇぇ!!」


 


 「前に出ろォォ!!」


 


 皆の声が響き合う。


 


 


 小太郎が顔を赤くして叫ぶ。


 


 「オレたち……できてますか……吉法師様!」


 


 オレは笑った。


 


 「上等だ!」


 


 「これが“族の走り”だ!!」


 


 


 ◆


 


 訓練が終わる頃には、皆の顔が変わっていた。


 


 汗で髪が張り付き、息を切らし、肩で呼吸しながらも、


 どこか誇らしげだった。


 


 オレは肩で息をしながら、みんなを見渡した。


 


 「おめぇら、族だぜ」


 


 「これが“族”だ」


 


 


 ◆


 


 遠くで政秀が腕を組んで見ていた。


 


 その目は険しかったが、笑っていた。


 


 「これが……戦を変えるやり方か」


 


 政秀の口元がわずかに緩んだ。


 


 


 オレは長槍を肩に担ぎ、笑った。


 


 「これでいいんだ」


 


 「奪うために走る」


 


 「守るために走る」


 


 「そのために生き残るんだ」


 


 


 風が吹いた。


 


 火薬の匂いではなく、草の匂いが混じる風。


 


 「走るぞ、おめぇら!」


 


 「次は実戦だ!」


 


 


 “族”の叫びが訓練場に響いた。


 


 


 【第二章 第2話 了】

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