第27話

 人の想いは移ろうもの。

 状況、関わり、迷い。

 想い人への想いが強ければ強いほどにその迷いや、失いたくないという気持ちから足は止まり、これ以上先に進んで失うぐらいなら・・・そう、思ってしまう。

 失いたくないという気持ちが強ければ強いほどに、お互いに踏み込めなくなり、壊れてしまうぐらいならばこのままのほうが良いのかもしれない。

 栞菜と栄治は互いに仕事で関わり、意気投合し、お互いに今の関係や空間外語土地が良いがゆえに、その先を夢見ては足がすくんで動けなくなってしまっていた。

「え、栞菜ちゃん長期旅行へ行くの?」

 栄治がカウンターでグラスや、アンティークカップを洗っている横で千鶴と栞菜の話声が聞こえてきた。

「はい。少しやってみたい事があるんです」

「やってみたい事?」

 自信に満ちた。でも少し不安があるようなそんな顔が見え隠れしているのを栄治は一瞬でとらえたが、彼女がしてみたいと言っている事をとりあえず横目に聞いてみることにする。

「あの、ほら、海外に行っていった先で路銀を稼ぐみたいなやつです!」

「・・・・へ?!」

 あまりの斜め上のプランに千鶴さんの口から素っ頓狂な声が出る。

 栄治もまた、洗っていたアンティーク皿を危うく落として割るぐらいの衝撃があり、二人そろって((この娘何言いだしてるの?!))と内心で突っ込みを入れるほどだった。

「栞菜ちゃん。英語しゃべれるのかなぁ」

「いえ、喋れないです」

 こともなげにそういう栞菜の瞳にはキラキラと希望に満ちた、まるで、子供が新しいおもちゃを手に入れてワクワクが止まらないといった感じの、希望と楽しさを掛け合わせたかのような瞳をしていた。

 千鶴はそんなの良くない、危ないわ! そう言いたかったのだが、純粋な希望に位置ためを見てしまうとその先の言葉がどうしても出てこなかった。

「はぁ、とりあえず少しでも勉強したら良いんじゃない?」

 見かねた栄治が助け舟を出すようにそういう。

「え?! 行って良いんですか?」

「いや、そのためにお金貯めてるんだろ? 行きたいなら行くといいし、いい経験になるんじゃないのか?」

「でも、栄治さん前に私にこれ渡しましたよねぇ」

 そう言って財布を取り出すと、とても大切そうに小さなお守りのようなものを出してきた。

 そこには『厄除け』小網神社という記載があり、お守りの色が紫と特徴的だった。

「栄治君いつの間に渡してたの?」

「ああ、1年前だっけそれ渡したの。危なっかしいし、色々な人や街に行くから悪い事に巻き込まれないようにって」

 淡々と答える栄治に少し千鶴が邪推しようとするが、どうにも本気で言っている気がすると察して、余り茶々を入れるのは良くないと思い、へぇ、というぐらいにとどめておいた。

「というわけでほら」

「えぇ、またですか?」

「まただ。ちゃんと、ここが君の帰ってくる場所だ。無事に終えられるように」

「もぉ、仕方のない人ですねぇ。心配性すぎます」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」

 栄治は制服のポケットから白い包み紙を出すと、それを栞菜に渡した。

 栞菜はそれを見てすぐにそれがお守りだと察したらしく、少し不満を漏らすが、そうは言いつつも彼が自分を心配しているのは分かったので、素直にそれを受け取る。

 最後、感謝の言葉とともに少し蚊の鳴くような小さな声音で言った栞菜の言葉は栄治には届いていなかったが、それでもそこには確かな信頼と安心、そして何より慈愛に満ちた視線と言葉が含まれていた。

 千鶴は横で聞いていて、自分は関係ないはずなのに、なぜか妙な気恥しさを覚えるほどでもあった。

「か、栞菜ちゃん。行くのはいつなの?」

 気を持ち直すように話を戻すと、日付を聞き出す千鶴。

 気を遣われているのは栄治は自覚しつつも、正直その日にちと滞在日数は栄治としては知りたいところだった。

「えっと。7月の中旬からで、20日ぐらいです」

「え?!」

 思わずその日数の多さに目を見開き、栞菜に体ごとどういうことかというように栄治が視線を向けた。

「色々な国を回ろうかと思ってて・・・・」

 窺うように、栄治にそういう栞菜。

「い、行けばいいんじゃないか。せっかくそのためにお金貯めたんだし」

 心配、というのがもう隠せないほどにあふれ出ている栄治だったが、それでも彼女のその意志と行動力、そして楽しそうにしている姿を見て、栄治はその意思を尊重してあげたいと思ったと同時に、俺には何もできないけど、せめて応援はしてあげたいなぁ、という想いがこみあげてきていた。

「楽しんできてね。ちゃんと無事に帰ってくるのですよ」

「なんですかそれぇ」

 栄治の言葉に暖かいものを感じ、照れくさいながらも嬉しそうにする栞菜。

「さっさと付き合わないのかしらこの二人」

「千鶴さん何か言いました?」

「お土産よろしくねって言ったのよ」

「う~ん。考えておきますね!」

 千鶴の本音はあまりに小さな声だったためどうやら拾えなかったらしく、小首をかしげる栞菜に慌てて千鶴は話をすり替えたが、栄治にはその小声は聞こえていた。

 やれやれ、そう思いつつ、楽しそうにしている栞菜を見て、不安はあるが応援してあげられたらいいなぁと、そう思いながら、栄治は自分の仕事をこなし続けるのだった。

 ただ、何か言い知れぬ不安のようなものが、栄治にはこの時あった。

 おそらく帰ってはくるし、無事だろう事はなんとなく揺らがないと、確信めいたものがあったが、自分のもとから消えてしまうのではないか、という不安がこの時栄治の中にはかすかに湧き上がっていた。

「気のせい・・・だよな」

 口にして不安を振り払おうとするも、なぜかそれは変わらず栄治のちょっとした隅っこに座り込んだみたいに、確かにそこに存在し続けていた。

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