第9話
2024年が幕を開け、無事に正月も終わり、一つの忙しさから新年の仕事始めの緩やかな空気感とともにオリーブの1日が始まり、冬の日暮れ時、時間にして4時ごろだろうかという時間、栄治は店の一角にあるソファー席でタブレットPCとにらめっこをしていた。
頭を抱える暇もなく、ただひたすらに画面をにらみつけ、いつもはすることがない眼鏡までかけている。
そんな様子をカウンター側から茅ヶ崎夫婦が心配そうに眺める。
「大丈夫かしらアレ?」
「毎年のこととはいえ、良くやるよアイツも。あんま言ってると噛みつかれるからほっとけ」
心底心配そうに言う千鶴に対し、刀祢はタンパクに答えつつ厨房に入っていった。
その時、時間にしては珍しくカランカランという音ともにドアが開かれる。
「こんにちわぁ~。なんですこの異様な雰囲気」
お店に入るなり開口一番に怪訝な顔をして周囲を見る。
「あら、いらっしゃい栞菜ちゃん。髪染めたの?」
そこに立っていたのは茶髪色にした髪をなびかせたポニーテールの女性で、一瞬千鶴は誰なのか判断が付かなかったが、すぐにそれが栞菜だと気が付いた。
「年明けたので、イメチェンです・・・・えっとぉ」
「あそこ」
視線で千鶴が誘導した先には栄治がおり、鬼気迫る感じでキーボードを異様なスピードで叩いていた。
「あ、今は・・・・」
栄治を視界にとらえた栞菜は迷うことなく彼のもとへと歩みより、特にことわる事もなく彼の向かいのソファーに腰かけ、千鶴を呼びつけた。
「アイスコーヒーでお願いします。えっとぉ、ケーキをください。おいしそうなやつ」
「栞菜ちゃん、さすがに・・・」
「ダメですか?」
千鶴ではなく栞菜は目の前に座っている鬼、というのにふさわしい形相の栄治に話しかけた。
千鶴が慌てて制止しようとしたが、時すでに遅く、彼の注意が削がれその視線が栞菜に向く。
「邪魔・・・ダメ。てかなんで居るの?」
来たことにすら気が付かず、ひたすらに画面へと視線を向けていた栄治が栞菜に怪訝な表情を向ける。
「今来たんですよぉ。こんな美少女が目の前に居てうれしいでしょ?」
自信たっぷりにそういう栞菜に対し、栄治はその眉間にしわを寄せ、その瞳を見つめる。
「そんな熱い視線を向けるなんて、私のこと好きなんですか?」
「おまえぇ・・・・好きにしろ」
「は~い、好きにしますね」
毒気を抜かれたのか、栄治が一つため息をした後作業に戻りつつ答えると、勝ち誇ったかのようにニコニコと笑みを浮かべ栞菜は栄治に向けるが、彼の視線が彼女をとらえることは無く、作業へと戻っていった。
それを頬図絵をついて栞菜は眺め始める。
いったい何が起きたのか分からなかった千鶴が我に返ると、そーと二人の邪魔にならないように下がり、アイスコーヒーを作り始める前に厨房に声をかける。
「刀祢さん。えっと、ケーキお願い良さそうなやつで良いらしいです」
「どうした動揺して、うん?」
中簿に居た刀祢が妻の異変を感じ取ると何事かと思い妻に視線を向けた後、厨房からフロアに顔を出し、栄治とその前に座る女性に視線を向ける。
「アレ大丈夫なのか?」
不安と心配と妙なワクワク感をにじませた声音で、刀祢が千鶴に問いかける。
「面白そうとか思ってませんか?」
千鶴の問いかけに刀祢はサムスアップで黙って答えた。
良い性格してるなぁと半ば呆れつつ、千鶴はアイスコーヒーに取り掛かり、刀祢はケーキカットに取り掛かった。
「有美とサトルの・・・・・」
「恋愛小説か何かですか?」
「・・・」
作業中に言葉が漏れる人なのかな?と思いつつ栞菜は構わず、疑問に思ったことを問いかけてみたが返答はなかった。
しばらくそんな時間を栞菜はニコニコしつつ眺めていると、少しひきつった笑みを浮かべて千鶴さんがトレイにケーキとアイスコーヒーを載せてやってくる。
「栄治君2月1日が締め切りなんだって」
「なんのですか?」
「ネット小説のコンテストで・・・」
「千鶴さん、余計なこと言わなくていい」
「ひゃっい。ごめんなさい!」
千鶴がアイスコーヒーとケーキを栞菜の目の前に置きながら、邪魔しないようにという気づかいも込めて説明したのだが、栄治にはそれがお気に召さなかったらしく、余計なことを言わない等に促されてしまう。
普段とは違う声音と、鬼気迫る感じの視線が千鶴を貫き、委縮してしまう。
「怖いですよぉ。ほら笑顔、笑顔」
「千鶴さんケーキと紅茶頂けますか?」
「え、ひゃ、ひゃだいま!」
何で邪魔するかのという視線を栞菜に向けつつ、言っても無駄そうだと判断した栄治はまだ少し鋭い視線を千鶴に向けると、ケーキと紅茶を頼んだのだった。
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