第41話 不穏な日常

いつも通りの朝ごはん、いつも通りの学校の支度…。

なのに、なぜか落ち着かない。

最近、クロエは話しかけてもあまり反応しなくなっている。


ーーーーどうしたんだろう…。


律は、クロエの髪の毛をかして、本棚に座らせ声をかけた。

「クロエ…、何か怒ってる?」

やっぱり反応なし。

クロエのガラスの瞳は、どこか遠くを見ていて律と目線が合うことはない。


ため息を一つついて、律はカバンを持った。

「じゃあね、行ってきます」

クロエの返事を待たずに部屋を出た。


◇◇◇◇◇


「お~い、律!おは〜!」

大声で和真が話しかけてくる。だが、律はうなずいただけだった。


「どうした?元気なくない?」

「……何でもない…」


和真は心配そうにのぞき込んでくる。

「なんだよ〜!なんか、最近みんなテンション低いよな〜」

「みんなって…?」


和真は少し困ったように笑った。

「ん〜、雪乃さんがちょっと変なんだよ」

「変?」

律はクロエのことを思い浮かべて、ちょっと前のめりになった。

「変って、どんなふうに?」


「……なんか怖がってるみたい」

「え…、怖がる…って何を?」

「わかんないよ…。それに、俺が話しかけてもあんまり返事してくれないんだ…」


ーーーーえ?今までは返事してたんだ…。


「今、返事してたんだって思ったよな?」

「あ…いや…」

「俺の頭の中で、今でも雪乃さんはしゃべったり笑ったりしてくれてるんだよ」


ーーーーあ、そういうこと…?


人のことはいえないが、人形が喋ると思ってるのは、だいぶヤバい。


「お前だって、クロエちゃんに話しかけてるんだろ?返事返ってきたって思ったことあるだろ?」


律はドキッとした。確かにクロエに話しかけてる。そして、いつもなら返事が返ってくる。


ーーーー俺の方がヤバいのか…?


「バイトで疲れて帰ってきた時なんかさ…、雪乃さんがお疲れ様ってニッコリしてくれて…それで疲れがす〜っと…」

律は透子さんを見つけて、激しく手を振っていた。


「おいっ!聞いてないじゃんっ!…なんだよ…元気ないのかと心配したのに…」


透子さんは手を振りながらこちらに来た。

「律くん、和真くん、おはよう!」

「おはよう〜」

機嫌の良い律と対照的に、和真は不満げにもごもごとおはようを言う。


「あれ?和真くんどうしたの?なんかご機嫌ナナメ?」

「ん…何でもない…」


和真もさすがに透子さんに雪乃さんの話をするのはマズいと思っているらしい。もし言ったら、透子さん、ドン引きだろう。


「律くんと和真くんって時々熟年夫婦みたいだよね?」

「はぁ?俺と和真が夫婦?しかも熟年…?どこが…?」

想像しただけでゾッとした。


「話、はずんでるようにも見えないのに、いつも一緒にいるじゃない?」


「やめてよ、透子さん…。律と夫婦とか考えただけでキモっ!!ガチで吐きそう…」

和真は口を手で押さえて、オエッと言っている。


ーーーーそれ、こっちのセリフなんですけど…。


「俺の嫁さんになる人は…。着物が似合って色白で、笑う声が素敵でいい匂いがして…、俺が家に帰ったらお帰りなさいってニッコリしてくれて…」

「和真、それ以上はやめろ!透子さんが石像になってる…」


「あ、あははは…」

透子さんは、ちょっと引きつった笑顔のまま固まっていた。


◇◇◇◇◇



学校から帰ったら、久しぶりにじいちゃんが家に来てた。

そういえば、じいちゃんが前来た時、クロエを持って来たんだったよな…、と律は考えた。


ーーーーあれから、いろんなことがあったな…。


じいちゃんは、金属製の箱を持ってきていた。

「何それ?」

「金庫」

「え?なんで金庫なんか持って来たの?」


いつもニコニコしてるじいちゃんが、すごく真面目な顔をしてる。

「律、この間あげるって言った人形だけど…」

「え…?」

ドキッとした。


「あの人形、かなり珍しいものらしい。もしかしたらお宝かもしれない」

「お宝?でも、俺は別に売ったりするつもりはないけど…」

「お宝を出しっぱなしにするなんて、不用心だから金庫を持ってきたんだよ」


その時、ガチャッとドアの音がした。母さんがパートから帰ってきたみたいだ。

「あ、お義父とうさん、いらしてたんですか?」


母さんは、じいちゃんがテーブルに置いた金庫に目を留め、とたんに目をつり上げた。

「ちょっと、お義父さん、何ですかそれ?うちにいらないもの持ってこないでください!」


「あ…。これ…、律の部屋に置くから…。みのりさんは気にしなくていい」

じいちゃんは慌てて言い訳した。

「あ、そうですか?」


ーーーー俺の意見は聞かないの?勝手に決めないでほしいんだけど…。



律は金庫を持って、じいちゃんと一緒に2階の部屋に上がった。


「おぉ…。眼帯…、これ律が付けたのか?」

本棚のクロエを見て、じいちゃんは、なぜか感動しているみたいだった。

「あ…、そうそう…。右目が無いの、可哀想でしょ?」

「…そうだな…可哀想だ…。律は優しいな」


「いや…そんなことないけど…」律はちょっと照れた。

じいちゃんはそんな律に柔らかな表情を向けたが、その瞳の奥に一瞬影がよぎった気がした。


しばらくクロエを見つめた後、そっと大事そうに持ち上げ、じいちゃんはクロエを金庫に入れようとした。


「え…閉じ込めちゃうの?」

「大事なものは、ちゃんと守らないとな」

「でも…たまに出してあげていい?人形だって、暗いところは嫌なんじゃない?」


「……」

じいちゃんは、手を止めてクロエを見つめた。なぜそんな目で見るんだろう、と律はおかしな気分になった。



◇◇◇◇◇


じいちゃんが帰った後、部屋に一人残った律がカーテンを閉めようとすると、視界の隅にスッと影が横切った気がした。

目の奥に黒い着物の残像が、黒地に銀の蜘蛛の巣の模様が、残っている。


「黒い着物…?そんなもの見たことあったっけ…?」


なぜか、ゾクっと、背筋を冷たいしびれが駆け下りた。


部屋を見廻し、カーテンをめくってみるが、そこには何もいない。


「クロエ…?」

呼んでみて、クロエは金庫の中だったと思い出す。

窓の外には、夜の闇がひそやかに濃さを増していた。


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