呪物だけど男子高校生を愛でます

るいすきぃ

第1話 隻眼のビスクドール

階下でカチャリとドアが開く音…。耳をすませても聞き取れないほどのかすかな…。

階段をゆっくりと上がってくる…。

カタ…カタ…とひそやかな音が少しずつ近づく。

ついに二階まで登りきったのか、足音は止まった。

あたりには闇しかなく、密やかな音の気配も消えた…。


律は布団の中で寝返りを打った。

深い睡眠の淵から、意識が浮かび上がりかけた時、隣にひんやりとした気配を感じて目を開けた。


目の前に白い小さな顔。

一つのガラスの目玉はじっとこちらをみていた。


「ーーーー!!」


バサッと布団をはねのけ、律は怒鳴った。

「勝手に布団に入るなーーーっ!!」


昨夜、リビングの食器棚に閉じ込めたはずなのに…。

間違いなく扉もきっちり閉めた……なのに……。

隻眼の美しいビスクドールは、また律のベッドに戻り、無表情に律を見つめた。


◇◇◇◇


同じ町内に独りで住むじいちゃんが、お隣さんの引っ越しを手伝ってお礼に貰ったという人形を持って律の家に来たのが、一週間前のことである。


「天袋の一番奥に入ってたらしいんだけど、田中さんもご家族の誰もそこに人形を入れた記憶は無いんだって」


ーーーーじいちゃん、何気なく話してるけど、それってかなり気持ちわるくね?


「じいじにはお人形は必要ないから、律にあげる」と言われ、いらないと必死に断ったのだが…。

いつの間にか、その人形を押し付けられてしまったのだ。


ーーーーなんで男子高校生に人形なんだよ…。


テーブルの上に無造作に寝かされた人形は、見れば見るほど気味が悪い。

白く小さな愛らしい顔の周りを美しい金髪の巻き毛が縁どっており、ガラスの眼は青く澄んでいる。だが、片方の目玉は無くなってしまっており、目玉があったはずの穴から頬にかけてひび割れている。少しもつれた髪の毛といい、埃で黒ずんだ洋服といい、とにかく不気味なのだ。


ーーーーこういうのって、なんて呼ぶんだっけ?ビ…ビ…なんとかドール?

スマホで検索してみる。


ーーーーあ、そうそう、ビスク・ドールだ。とりあえず、俺の部屋に置くのは却下だな。リビングに置いてもらおう。


母さんがパートの仕事を終えて帰ってきた。

「ただいま〜。あ~疲れた…。ご飯何でもいいね?肉焼いて野菜サラダとかでいいよね?」


「うん」

男子高校生としては、肉と白メシさえたっぷりあれば文句は無い。オカンのメシは質より量!繊細な味や食材のバリエーションの豊富さなど、どうでも良い!


「あれ?その人形何?」

「あ、これ、じいちゃんが…」

「え〜、またお義父さんが変なもの貰ってきちゃったの?いい加減にしてほしいよ」


説明してないのに貰ったってすぐわかるあたり、母さんはじいちゃんのことをものすごくよくわかってる。憎まれ口をたたくが、母さんは亡くなった父さんの父親であるじいちゃんとは意外と仲がいい。


「もう〜、お節介だし、図々しく他人の家に上がり込むし、すぐいらないものもらってくるし…」

「でも、じいちゃん、近所では人気あるらしいよ」

「いろいろ面倒なことに首突っ込んで、まぁ一応解決してあげてるんでしょ。お節介だけど、役にはたってるのかもね」


母さんは買ってきた食材を棚や冷蔵庫にしまいながら何気ない様子で聞いてきた。

「で?それ、律の部屋に置くのよね?」

「いや…」

「え、まさか、リビングに置こうとしてる?」

「えっと…」

「いや、ムリムリムリムリ!そんなの置く場所ないから!しかも、ちょっと不気味だし…」


ーーーーいや、俺の部屋に置くのも無理〜〜〜


◇◇◇◇


結局、このをリビングに置くことは、許されなかった。

律は、人形を乱暴に片手で持ち上げ、二階に向かった。


階段を登る途中、急に手の中の物が重い金属の塊に変わったかのように腕が引っ張られた。

え?と思って視線を落とした瞬間、人形の首がギギ、と音をたてるように捻じれ、こちらを見上げてきた。


寒気が背筋を駆け上がり、喉の奥から意味不明な悲鳴が漏れた。


「ひゃっ…あ"っ…うぁーーっ!!」


思わず握っていた手を振り払って、人形を投げ出しかけたが、

ーーー落として壊したら呪われる…?ーーー

そんな直感がひらめき、慌てて受け止めた。

心臓がバクバクと跳ねて、手も脚も震えが止まらない。



「律ーっ!?どうしたの?」

リビングの扉を開けて母さんが顔を覗かせた。


「な、何でもないっ!足が滑っただけ!」

律は震える声をごまかそうと、無愛想な大声を出した。

母さんはふーんと言って顔を引っ込めた。


ふぅ~っと息を吐いて、改めて人形に目をやると、頭は下になってスカートが被さり、逆に脚からお腹までがむき出しになっている。

「あ、ご、ごめん…!」

慌てて上下を戻し、スカートを整えてあげた。

さっき動いたと思ったのは気のせいだったみたい…。人形は全くの無表情だった。

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