第29話 許されざる罪へは罰を
「ちっ……調子に乗りやがって……」
永らく真昼に対して酷いことをしている、浅川 瞳。
彼女はヨルや朝陽と怯えた様子もなく帰宅してゆく真昼を見て、不快感を募らせていた。
「あれってさ、山科先輩と川神先輩だよね?」
「え? 嘘!? 豊田、あの有名人2人となんなの!?」
瞳の取りまきたちは真昼のことよりも、彼女と一緒に廃校舎から出てきた、学園で最も有名な2人の先輩を見て、驚きを隠せない様子であった。御多分に洩れず、この連中もまた、ヨルや朝陽のことで、わりときゃあきゃあ言っている、ミーハーである。
だがあまりそういうことに興味のない瞳は、1人、苛立たしげにスマホを覗き込む。
なんで、瞳が"真昼を装って"投稿したSNSの内容に反応が無いのかと。
なんで誰1人として変態が来ないのかと。
なんで豊田 真昼が楽しげなんだと。
「あ、あれ……?」
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「ちょっと、アンタ達、ビビって勝手に消した!?」
瞳は苛立たしげに、取り巻き達へスマホを掲げながら問い詰める。
しかし、彼女達は否定するばかり。
ならなぜこんなことが?
どうして突然、豊田 真昼を装ってSNSへ投稿した記事が消えてしまったのか?
と思っている最中、画面に浮かんできたのは"浅川 典子"ーー母親からの着信。
少し心に不安定なところがある瞳の母親は、唯一の心の拠り所である、娘の瞳に頼りがちなところがある。
そういうのがうざったく、しかもストレスに感じている瞳は、その憂さ晴らしに、入学当初からヘラヘラしている真昼が気に入らなくて、酷いことをしているのだった。
「うっさいっての、ママは……」
瞳は母親からの着信を無視する。
しかし間髪入れずに再び母親からの着信が入る。
さすがにこれ以上無視をしても、うざったいのは変わらないと思う。
「だから何!? 今日は友達の家に泊まるって言ってるでしょ!?」
『……みちゃん……瞳ちゃん……帰ってきてぇ……』
スマホの向こうから、いつも以上に弱っている母親の声が聞こえてくる。
今夜はこれ以上母親を放置するのはマズいと感じる。
『瞳ちゃぁ〜ん……もう、ママ、限界……無理っ……だからぁ……!』
「ああもう、わかったよ! 帰ればいいんでしょ、帰ればっ! 今帰るから待ってて!」
瞳は苛立たしげに通話を終えた。
そして呆れ顔をしている取り巻き達の方を向く。
「ごめん、今日はここまで」
「わかったー」
「あーした。お疲れ〜」
瞳は1人苛立たしげに、隠れ潜んでいた茂みから出てゆく。
途端、取り巻き達はヒソヒソと何かを話し始めた。
ーーどうせまた「調子狂う」とか「マザコン」とか言っているはず。
たしかに瞳は、みんなと遊んでいる時でも、母親の不安定な電話があれば、父親は全く頼りにならないので、自分が帰宅するようにしていた。
そして細かな事情を知らない取り巻き達は、表ではヘラヘラと了承するも、裏では陰口を叩いているのだ。
こういう周囲の裏表のある対応もまた、瞳へストレスを募らせる一翼を担っている。
「はぁ……はぁ……はぁぁぁ……暑っつ……!」
別に真夏でも無いにも関わらず、瞳は異様な息苦しさを感じていた。
ただ歩いているだけに関わらず、心臓は激しく脈動し、全身のあらゆるところから汗が噴き出ている。
極め付けが、両肩に感じる違和感。
まるで大荷物を背負っているような、何かが乗っかっているような、そんな不可思議な感覚。
それでも瞳は辛うじて、自宅である高層マンションへ辿り着く。
相変わらず38階の38号室には灯りが灯っていない。
今夜もまた父親は、不安定な母親に愛想をつかせて、どこかで他の女とでも遊んでいるのだろう。
ーー全部、全部、めんどうなことは全部、生まれてからずっと、全ての苦労が瞳にのしかかっている。
だから、誰かをストレスの捌け口にしていなければやってられない。だから、今回は豊田 真昼のことをいじめの標的にしている。
「ただいま……」
38階38号室の扉を開く。
室内はひっそりとしていて、まるで生気を感じられない。
「マ、ママ……? 居るの……?」
さすがの瞳も動揺を隠しきれず、声を震わせながら問いを投げかける。
しかし母親からの反応はない。
瞳は恐る恐る闇に沈んだリビングへ向かう。
するとそこに、うっすらとではあるが、膝を抱え床に蹲る母親の"典子"の姿を確認する。
「ただいま! てかさ、電気ぐらい点けて……」
瞳は照明のスイッチを押し込んだ。しかし部屋には照明が灯らない。
もしかして停電か? しかし、大きな4Kテレビの待機ランプは点いている。
それでも照明がつかないということは一体?
しかたなしに瞳はスマホのライトで、膝を抱えている母親を照らし出す。
「ひぃっーーーー!!」
短い悲鳴がリビングの静寂を破る。
瞳の母親が、彼女を見るなり、顔色を真っ青に染めていた。
「マ、ママ! 私だよ! 何、焦ってんの!?」
「ああ……あああああ……!」
「今薬とってくるからね! 待ってて!」
「あ、ああ……な、なんで……なんで、あなたがここに……! いや……いやぁああぁ……!」
母親は長い髪を振り乱し、何度も転げながら、それでも立ち上がって瞳との距離を置き始める。
もしかして、いつもの発作が始まったのかもしれないと、瞳は強い不安を覚える。
「だ、大丈夫だよ、ママ! 私だよ! だから安心して!」
しかし母親はまるで化け物をみるかのような乱れた顔つきで「来るな! 来るな!」と叫びながら、そこら中のものを瞳へ対して投げつけてくる。
「がっ!? うううっ……」
母親の投げつけたプラスチック製のテッシュ箱が瞳の頭に当たった。
額にじんわりと熱い感覚が湧き出て、左目の視界が血によって霞む。
しかし瞳が近づくのをやめても、なぜか母親のうしろへ下がると言った行為は止まない。
やがて母親は、ものすごく焦った様子でベランダの扉を開く。
「ママっ……! 待ってぇ……!」
「そっか……どうしてこのマンションを買うとき、なんで私は38階の38号室を……38……沙耶……富田 沙耶……なんで、お前が……やっぱり、お前が……ずっと私を……私の家族さえも……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……! 私が償いますから……だから娘は、瞳だけは……!」
「ママぁー!」
しかし瞳がそう叫んだ瞬間にはもう母親の姿はベランダから消失していた。
しばらくして、ドスっと鈍い音が深夜の闇の中へ静かに響き渡る。
「え……? なに、これ? わけわかんない……どうしよう、どうしよう……」
まずは救急車? いや、警察? それよりも父親?
こんなことになるなど予想外だった瞳は、無茶苦茶にスマホをいじるばかりで、どこへも連絡を入れられないでいる。
ーーと、突然、瞳は背中にゾクっとした感覚を得た。
ヒタっ……ヒタっ……ヒタっと……。
何かが蹲る瞳へ近づいてきている
一瞬、珍しく帰宅した父親かと思った。
だがそれにしては妙に足音が軽い。
背後に何がいるのか確かめたいが、なぜか体が硬直してしまい動くことが叶わない。
そして気がつくと、床に突いた瞳に手に、青白い手のようなものが重ねされている。
『……ようやく、会えたね……』
何者かが怒りとも、悲しみともいえる感情を孕ませた声を、瞳の耳へ響かせる。
「あ、あなたは、誰……?」
辛うじて瞳は声を出し、何者かに問いかける。
『富田 沙耶……』
「ーーっ!?」
その名を聞いた途端、瞳はかつて、母親が号泣しつつ告白した若い頃の話を思い出す。
かつて瞳の母親ーー典子が、今の瞳と同じく学生で、同じ学校に通っていた時のこと。
典子は友達と一緒になって、1人の女子生徒へいじめを加えていた。
結果、そのいじめの対象は自●をしてしまった。
学校側は事実を隠蔽して、いじめの首謀者であった典子達は、刑事罰こそ免れた。
しかしその日を境に、典子の前にはたびたび現れという。
ーー富田 沙耶によく似た、何かが。
だからこそ、母親はずっと心が不安定だったのだ。
そして今、富田 沙耶と名乗った何かは、氷のように冷たい体で瞳のことを抱きしめている。
その腕はだんだんと黒いモヤに変化し、瞳の体へくまなく絡みついてくる。
「も、もしかして降霊術とかしようとしたからですか!? それだったら、私じゃありません! やったのは、豊田 真昼っていう!」
『……ふふ……ふふふふ………』
「や、やだっ……やめっ……もうしませんから……ママのぶんも、反省しますからだからっ……!」
瞳の視界が闇に閉ざされてゆく。
心が深い闇の中へ落ちてゆく。
そしてそんな暗黒の世界に、声が響き渡った。
……許す筈、ないじゃない……
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