口実3

 リーシアは無言のまま歩を進めた。胸の内には得体の知れない圧迫感が渦巻いていた。中庭へと向かう足取りは重く、石畳を踏むたびに何かが崩れていくような錯覚に囚われる。


 中庭に差しかかった瞬間、冷たい風がドレスの裾を揺らした。空は灰色。陽は昇りきらず、空全体が薄い鉛の板のように曇っていた。


 中庭の片隅には、ノアや兵たちが立ち尽くしており、その視線の先には荷車が一台、止められていた。


「こちらです」


 グロバグはリーシアが近づくのを待ち、ゆっくりと布をめくった。


 リーシアの心臓が跳ねた。思わず数歩、足を止める。視線は逸らせなかった。


 そこには、女の死体があった。


 血に濡れたドレス。金の髪は乾き、風に揺れていた。その顔はまるで眠っているかのようだった。


「森の中で見つけました」グロバグが静かに口にした。「遺体の側にあった馬車にこれが」


 グロバグはリーシアに手紙を手渡した。


 その手紙の差出人は自分。


「奥様、身に覚えは?」


 ノアの問い。

 リーシアは首を横に振った。


「送っていない……」


 リーシアの声には、迷いと恐れが入り混じっていた。目の前の手紙は自分の名で書かれている。けれど、その字は自分の物ではないし、送った覚えもない。


 グロバグはすぐに小さくうなずいた。


「そうだろうと思いましたぜ」


 納得の色がその顔に浮かんでいた。


「字がちげぇですから」


「確かに……」ノアは手紙を見て頷いた。「手紙の文字があなたのではありません。文章もあなたらしさがない」


 リーシアは目の前の女の亡骸を見た。冷たい左手に嵌められていた指輪。銀細工に紋章が刻まれ、小さな蒼い宝石が埋め込まれている。紋章はダースケン家のものだ。


 女が手紙の持ち主ならば目の前の遺体はセイリア・ヴィグラン。

 

 ロドリック・ヴィグランの妻だ。


「訳が分からない……一体……」


「彼女は利用されたのよ」


 リーシアはノアに告げた。


「ノア……私は直ぐに手紙を書くから、それをダースケン家に送って。宛先はロドリック・ダースケン」リーシアは遺体を見つめながら言った。「それから彼女を綺麗にして、サーヴェの祈りを。その後、丁重に彼女をロドリック卿の封土まで運ばせてちょうだい」


「かしこまりました……」


 去っていくノア。


「それからグロバグ……」


 リーシアは静かにグロバグを見た。


「はい、奥様……」


「戦の備えを万全に」リーシアの緑色の瞳がグロバグを見つめた。「ダースケン家が攻めてくるわ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る