猪目

 ついに来ましたゴールデンウィーク。ゴールデンウィークといえば観光。出雲には毎年たくさんの観光客がこぞってやってくるけど、みんな出雲大社や日御碕、島根ワイナリーなど有名どころしか行かない。ほらほらもっとディープな出雲があるんだぞ、ってつい言ってみたくなる。たとえばそうね、木綿で栄えた平田・木綿もめん街道の古い町並みとか、陶芸家の河井寬次郎の指導で立ちあがった出西窯しゅっさいがま、大正10年に発見された静寂の秘湯・小田温泉、パッチワーク作品が美しいキルト美術館、青い水平線に映える風力発電の白亜の風車とか。

 そうだ、黄泉の国につながる洞窟なんて、どう?


 あたしは今、洞窟の入口に立っている。海の上、地上におおきく口をあけたその洞窟の中はまっ暗で、どこまで続くのか見当もつかない。入口から外を見やるとガケにかかった道路の下から青い海が見え、手前には引き上げられた船。漁船のちっちゃな基地だ。ひるがえって奥をのぞくと日が差している手前のほうは明るいが、そのすぐ向こうはすぐに暗くなる。この奥へ行かなきゃ、となぜだかあたしは心に決め、持っていたスマホで前方を照らしながら、注意深く奥へと進んでゆく。ごつごつした足元は歩きにくく、やもするとつまずきそうになる。やがてすぐに行き止まりになった・・・いや、足元から狭い穴がもっと奥へとつづいている。ここを進むと百枚皿とかの滝登りなんてのがあるのかもしれない。あたしはしゃがみこんで小さな穴の奥をスマホで照らし、からだを細く伸ばすと頭からそろっと中に入ってみた。最終的にどこにつながっているのだろう。縄のようなからだをくねくねさせながらどんどん進んでゆくと、いきなりとても広い空間に出た。あ、百枚皿だ、それに千町田、黄金柱もある。期待していたの滝登りに真っ白な鍾乳石の傘づくし、石筍せきじゅん巌窟王がんくつおうやマリア観音まである! うわあ、ぜんぶ金色にぴかぴかひかって・・・。

 あたまをこづかれガバッと起き上がる・・・あ、しらないうちに開いたノートの上に突っ伏して寝込んでた・・・無事卒業するためにさいごの追い込みをしてたんだ。窓が開いていて、5月の夜の少しひんやりした空気が入ってくる。空気だけならいいんだけど・・・。

『おい、開けっ放しは危ないのだ』うわあ巌窟王・・・じゃないキマタ、おまえか、あたまをこづいたのは。『うなされてたから起こしてやったぞ』うそおっしゃい、うなされるような夢じゃなかったわ、まあ最後のほうは昔行ったことのある秋芳洞とごっちゃになってたけど。

『おいおい、あのうなされよう、ひょっとして猪目いのめ洞窟の夢を見てたんじゃねーの?』って、うしろからも声が聞こえてきた。なんでアヤトまでいるのよ! だいたいなんで人の夢の中身がわかるの。『後頭葉の活動パターンを読みゃわかんのよ』

『おまえ大変なもの見ちゃったな』な、なによ大変なものって。やっぱり巌窟王のこと?

『何言ってんの、ノーテンキな子だねえ。黄泉の穴だよ、猪目の』さっき見てた夢がその猪目の洞窟ってこと? 行ったことないけど聞いたことはあるわ。北山の向こうがわ、日本海沿いの絶壁に猪目洞窟はある。おおきな海蝕洞かいしょくどうで、昔の人の骨も出ているの。それでそれがなにか?

『夢でこの洞窟に行った者は必ず死ぬのだ[1]』キマタがことさらおおげさな調子で言ってくる。あんたが言うと信憑性がないのよ。

『ま、迷信だぜ迷信』『そうそう、そんなのウソっぱちだね』『信じるに足りねえな』『非科学的だしー』『昔の人間は適当なこと言うのさ』『気にすんな、な、な』ってあんたらが気にしてんだろうが。

 そうダメ出すと、二柱ふたりがらにもなく黙りこくってしまった。え、ちょっと、なんで黙っちゃうの?

『・・・ひなた、落ち着いてよく聞け。これは迷信じゃなくて本当の事だ』本当のこと? 『東京に帰れなくて残念だったね』じょ、じょうだんでしょ、二柱ふたりとも人間を化かすのがうまいんだから。必ず死ぬって、そりゃあ人間は必ず死ぬものだし・・・ね、そうでしょう?

『冗談じゃない。古くは奈良時代より以降ずっと続いてきた出雲の伝統だ』えー、そんな恐ろしい伝統なんてイヤよ。出雲といえばおんぼらとまったりと平和なところじゃない、ばくらとしててらしなしでほんがほんがしたほーけまつ[2]、あ、金沢でもおんぼらーとって言うのよ、ともだちが言っ『みっともないよ、あきらめて安らかに見罷みまかりな』そんなー、なんとかならないの?

『神様が手を出しにくい領域ではある』キマタが腕組みしてもっともな理由をつけた。『神様は死穢しえには弱いんだ』なによ、ばち当てて殺そうとするくせに。ねえ、あたしが死んでも平気なの? 『出雲部では1日平均18人が死んでんだ[3]。人間が死ぬのは日常的なことさ』キ、キマタはあたしをそんなふうにしか思ってなかったの? 神さまって冷たいのね。『人間は必ず死ぬってアンタが言ったんじゃない、遅いか早いかよ』いやあたしはまだ若いのよ、死にたくないよお。どうにかならないの? 『直談判するしかなかろう』

 キマタは腕組みしたままあたしをじろっと見てそう言い放った。な、なに、今回はやけによそよそしいわね。これは神さま案件じゃないってこと? 神さまでも万能じゃないんだ。『ありていに言えば、黄泉の国関係は神様は不得意なのだ。黄泉比良坂の一件はおぼえてるだろ? 神様にとって黄泉の国問題ってのはあんな感じさ』なるほど、あれが神様の苦手な死穢なんだ。腰抜かしてたもんなー。で、どうすればいいの?

『そーさねー、とりあえず現地にいってみれば?』自分は関係ない感満載ね。ついてきてくれるんでしょ? 『さて休憩も終わったし、戻るとするか』『冷蔵庫のケーキごっそさん』まって! と言うまえに二柱ふたりはさっさと消えてしまった。いったいあいつらは何しに来たんだ? ・・・ひとりになったら急に不安になってきた、夜中の1時半。いま聞いたことをあたまから信じてはいないけど、早いほうがいい気がする。あしたとにかくその猪目洞窟ってとこへ行ってみよう。


 あけて翌日。明日からゴールデンウィーク、一足先に有休をとった多くの観光客を尻目に出雲大社よこのバスターミナルから猪目行きの小さなコミュニティバスに乗り込む。以前は一畑バスが走ってたんだけど知らないうちに市営になっちゃったわ・・・出雲大社から広い日本海を左にみながら日御碕へ行く道をたどり、途中で内陸のほうへ曲がって山の中をうねうねゆくと、やがてひなびた漁村にたどり着く。鷺浦、鵜峠うどとちいさな集落をぬけ、みじかいトンネルを出たり入ったり。海をながめながら進むと、右手のガケにおおきな洞窟が通り過ぎていった。

 今のが猪目洞窟か・・・次の猪目集落のバス停、猪目本町で下車、もどるかたちでぶらぶら歩く。すぐに小さな砂浜に出た、猪目海岸だ。夏場には海水浴客でにぎわう浜辺を通りすぎて海沿いにしばらくゆくと、果たして山の急な斜面におおきな口をぽっかり開けた洞窟があった。幅30m、高さ10mの開口部は前に道路をつけるために削って広がったもので、もともとはちいさな口だったらしい。脇に小道があるので下へ降りてみる・・・道路はちょうど洞窟の前だけ橋になっていて下には漁船の船揚げ場があり、そのむこうには入り江が見える。そしてうしろを振りかえると。斜めになった岩層の天井の下に空洞があり、ちいさな祠が置かれている。魚見神社・・・。奥のほうは入口からの光が届かなくて暗いけれど、そんなに深くはないようだ。

 神社があるのでとりあえずサイフから10円玉をとり出して、脇にある小さな賽銭箱へ両手で丁寧に滑り入れ、二礼、ぱんぱん、一礼。遥拝所の貼り紙を見るとどうもご祭神は事代主さんらしい[4]。艦船ばっかり作ってないでちゃんとここにも睨みをきかせておいてくれなきゃ困るわよ。

 入口の看板によると、国指定史跡のここは弥生時代から古墳時代にかけてお墓として使われていて、20体以上の人骨が見つかっているそう。必ず死ぬことと何か関係があるのかしら。

 どんなにおそろしいところかと緊張しながらしばらくうろうろしたが、特に不審なものもなく、ちょっと気が抜けた。やっぱり迷信なのか? いやあでもキマタたちのようすを見るに、神さま的には黄泉の国とつながってるみたい。あたしは黄泉比良坂でやったように神さまモードであたりを見回してみた・・・するとたしかに暗い奥のほう、リアルでは行き止まりになっているところに洞窟が続いている。真っ暗でちょっと不気味、あたしは人間だから入って行っても平気なはずだけど・・・せっかくここまで来たのだ、何もせずに死を待つのはくやしい、あたしはポケットからスマホをとり出すと、夢の中でやったように前方を照らしながらそろそろと進んだ。

 暗い穴がどこまでも続く。いくら人間だからってやっぱりそこは黄泉の国、深くまで入り込んだら戻れなくなっちゃうんじゃなかろうか。それとも黄泉の国にも神さま用と人間用とがあって、黄泉比良坂は神さま用だからあたしが入っても平気だったけど、こっちは人間用であたしはこのまま死んじゃうとか・・・智伊神社のときみたいに倒れてるあたしを誰かがみつけて救急車を呼んでくれたけど、今度は手遅れでした、みたいな。

 足元が悪くて転びそうになる。手を突く岩肌のごつごつとした感じ。天上から首筋に水がしたたり落ち、何度もヒヤッとする、リアルな洞窟のよう・・・でも何かがあったとしてもはたしてあたしにそれが見えるのだろうか。神さまは見えるけど幽霊まで見えるってわけじゃないから・・・あ、み、見えたかも・・・。

 前方になにかが積まれてて山のようになってる。なになに・・・近寄ってゆくと・・・ヒ、ヒィーッ、ほ、ほねがたくさん! あたしは岩壁に背中をぴったりつけてちょっとでも遠ざかろうとしたが全然遠ざからない! そしてどこからともなく。

『ホネよこせー・・・』よわよわしいか細い声が聞こえてきて、目の前にぼうっと人影があらわれてきた。だ、だれ!? ホネってどこのホネ?

 その人影は次第にはっきりしてきて・・・おとこのひと? 『おまえはひなただなー、うわさはきいているぞー』ゆ、ゆーれいにまで名前が知れ渡ってるのね。ってか、ゆーれいまで見えるようになちゃった! 『ここは黄泉の国の、一丁目、1番、1号だー』はぁ? 黄泉の国で住居表示やるんかい! ・・・いつもの調子で突っ込んだらちょっと気分が鎮まってきた。『突っ込んでくれてありがとー』そのしゃべり方やめてくんない? 『ゆうれいっぽいだろー』

 結構ひょうきんなヤツだとわかって安心した。見ると年のころは20代後半、160.8cmくらいの小柄な男性で、そして・・・ひ、ひざから下がない! 足があるのかないのか中途半端なゆーれいね。あなた誰?

『考古学者はぼくのことを12号人骨って呼んでるー』12号? ああ、発掘されちゃったのね。でもなんでひざから下がないの?

『ぼくは古墳時代中期にこのあたりの漁民のまとめ役をやってたー。ある日漁に出たときに船がひっくり返ってそのまま溺れ死んじゃったんだー。それでかねてから墓所として使っていたこの洞窟に放置風葬されたんだー。江戸時代、船を置くために洞窟の中を掘ったときにひざから下のホネを土と一緒に持って行かれたってことになってるけどー、じつは風葬後10年くらいしてホネになったあとにひざから下は持ってかれちゃったんだよねー。死んだんだからよみがえってくるな、ってことだよー。』そうか、死者がよみがえるほどこわいものはないものね。よみがえって歩いて帰ってこないように足の骨をとっちゃうわけね。『平田の国富中村古墳なんか被葬者がよみがえってこないように、埋葬後に石室の中をメチャクチャに壊したんだよー』昔の人がどれだけ死者を恐れていたかがわかるわ。

『でもぼくはどうしてもよみがえりたかったー』12号クンは悲し気な表情でホネの山を見つめた。『夢にここに来た人を手当たり次第に殺してひざから下のホネを抜き取るんだけど、どうしてもぼくに合うホネが見つからないー』まあ、そんなことをしてたの! この骨の山は全部そのとき抜き取ったものなのね・・・それにしてもいっぱい殺したわね。『ぼくにはかわいい許嫁フィアンセがいるんだー・・・』あの、その人ももう死んでますよ・・・たぶん。

『ひなたのホネは合うかなー』ちょっとやめてよ! 女性の骨が合うわけないでしょ! 『ぼくのホネ、どこに行っちゃったのだろー』さあ、もう1600年以上も前のことだからね・・・でもそんなものをわざわざ居住区域に持って帰るとも思えないわ、この洞窟のどこかに放ってあるんじゃない? 『それ、ついこの間思いついて探したんだけど、どうしても見つからないんだー』

 もしかしたらすでに他の遺物といっしょに収蔵されちゃってるのかもしれない。『その可能性はあるー。昭和23年に発見、調査されて大社町役場横の収蔵庫に収められたあと、今は弥生の森博物館に収蔵されてるはずー。そこにあるのかもしれないー』

 そこまでわかってるんなら話が早い、あとはそこを探すだけよ・・・それじゃああたしは死なずにすむってことで、帰るわ。いい、これからは人を殺しちゃだめよ。それじゃあ・・・。

『まって、ひなた、ぼくひとりじゃ心細いよ、一緒に行ってくれないかー』えーっ、またこのパターン!? あたしは来年ぶじ卒業するべく勉学にはげんで同時に就活も成功させなきゃいけないのよ、あんたにつきあってるヒマないんだから。

『そんなこと言わないでー。この願いがかなったらぼくは成仏できるんだからー』あのねー・・・しゃーないなー、あんたの言葉遣いが感染うつっちゃったじゃないー。

 奇しくも明日からゴールデンウィーク。たしか弥生の森博物館では4月29日の開館記念日にあわせて、その日からゴールデンウィークの休日中は出雲弥生の森まつりをやるんだよな。その初日にバックヤードツアーがあるからそのときに収蔵庫に入れそうね。

『ぜひ! 行きましょう! ぼくの足をとりもどすんだ!』いまのしゃべり、ーがなかったわね、やればできるじゃん。

 ってことであたしは次の日12号クンと待ち合わせをすることになった。


 翌日早朝、あたしは一畑電車で出雲大社へと向かった。中期古墳時代人の12号クンは弥生の森博物館って言ったって場所がわからない。しかし祭祀をやってた出雲大社ならわかるってんで、ここで待ち合わせることになったのだ。ここのおまつりは古墳時代にはすでに有名だったらしい・・・境内に入ってきょろきょろすると、拝殿の前に貫頭衣にズボンという簡素ないでたちの後ろ姿が目に入った。背後から、待った? と声をかける。オトコにこんなこと言うのは初めてなので少し照れた。

『あ、ひなた、ぜんぜんー』きっと古墳時代にもこんなやりとりがあったのだろう。

 なんか着てるものも小ざっぱりしていて、髪も昨日と違ってきれいになでつけて、貝殻なんかしてる、めいっぱいおしゃれしたのね。腕にはなにやら腕輪をしてる。『弥生人の14号から借りたんだー。南海産のゴホウラ貝だよ、表面に赤い模様があってきれいだろー』ひざから下がないのはズボンで隠れていて見えないから、きわめてふつうの人間に見えるわ。見えると言ってもあたしだけだけど。

 さあ行きましょうか。12時からの回にもぐりこむわよ。ふたりして駅にもどって電車に乗る。人間のオトコとふたりきりで行動するなんて初めてだけど、やっぱ神さまとちがって人間はなんかあったかい人間味がある。あたりまえか。

 12号クンは終始あたりをきょろきょろしながらしきりに、うわー、とかすげー、とかなんだあれー、とか言ってる。古墳時代人には珍しいものばかりだ。

 大津町で下車し、ここから約1.8kmの歩きとなる。駅の裏口から出て田中歯医者の前をとおり、橋本屋の角を右に曲がってそのまま線路の下をくぐり、クレールケーキ店の角を左に折れて閑静な住宅街に入り、萬祥山ばんしょうざん窯の間の細い道をぬけて見上げてみると、出雲弥生の森博物館の大きな赤い屋根が見える。周辺にはテントが設置されてたべものの屋台が出ていたり、弥生の森ののぼりがたくさん立てられたり、朝早くから多くの親子連れでにぎわっていた。

 たくさんの人とともに博物館のエントランスに入ってみる[5]。広い空間にはブルーシートの上に巨大な紙が敷かれていて、袴姿の女の子たちが威勢のよい声を張りあげながら飛翔とかって大きな筆をふるってる。出雲商業の書道パフォーマンスだな。当たり前から抜け出して限界の無い冒険の舞台へか、うーん、身につまされる。まあ12号クンといっしょにいること自体が当たり前の対極だわね。

 ミニ丁銀づくりや古代瓦文様のうちわづくり、銅剣・銅鐸プラ板づくり、勾玉消しゴムづくりなどをぶらぶらのぞきながら時間をつぶし、そのうちお腹がすいたので外に出てテントの屋台に食べ物を物色しにゆく。ヤキソバをひとつ受け取りフタをはねあげて食べようとしたが、そのとたん12号クンが奇声を上げた。『うわー! きれいー! なにこれー!』なになにどしたの? 見ると彼はヤキソバの入った透明な食品パックをべたべたさわってる、ちょっと落としちゃうじゃない。

『すげー、ひなたすげー、なにこの透明でツルツルしててちっちゃな光の粒がキラキラしててー・・・ひなたもしかしたら大首長様よりえらいー!?』い、いったい何のこと?

 どうやら12号クンは透明食品パックに感動しまくっているようだ。たしかに透明でツルツルなめらかで、日の光を反射して小さな光の粒が無数にキラキラきらめいてる・・・そうか、古代どころか近世までこんな透明でなめらかでキラキラしてるものって庶民の身の回りにはなかったのよね。せいぜい冬にできる氷かつららぐらい。『大首長様の持ってる水晶の玉や魔鏡なんか足元にも及ばないー、ひなたすげー』透明な水がり固まったものが水晶だとするなら、12号クンにとってはこの食品パックもりっぱな水晶なのだろう。おみやげにこんどスーパーでいっぱい買ってあげるね。

 そうこうするうちに12時ちかくになった。再びエントランスに入ると、今日2回目のバックヤードツアーに集まったひとたちがたむろしている。ふだん入れないところに行けるってんでわくわくしてるんだろうけど、こっちはどきどきしてるわよ・・・やがて職員さんがあらわれて団体が動きだした。あたしたちは一番最後について入る。

 とびらをぬけるとそこは収蔵庫。棚にはなにやら書類がいっぱい詰め込まれている。

「えー、ここは当館で作成した書類や、いままでの調査報告、それに一次資料類を収めてある部屋になります」

 職員さんがその中から1冊とりだして頭上に掲げ、説明をはじめた。列の最後尾にいるあたしたちはどこかに骨がないかとキョロキョロするけど、この部屋じゃないみたい。ちょっと、なにか感じないの、あんたの骨でしょ? 『ここじゃないなー、発掘されたものは何にもないやー』たくさん書架が並んでて見通しがきかないけど、どうやらここは書庫のようだ。ぞろぞろ進んでゆく人たちについて歩くが、書類しかない。

 と、みんなが素通りしていったカベにあるとびらに12号クンが反応した。『あー、この向こうに感じるー』ここね、ここか・・・一気に緊張して職員さんを見つめる。こっち向いてなにやらしゃべっているけど言葉がぜんぜん耳に入らない。どっくんどっくんと心臓が高鳴り・・・職員さんがあっちを向いたその瞬間、あたしたちはそのとびらをそっと開け、むこうの空間へすべりこんだ。音がしないように注意して閉めて。

 そこは廊下になっていて、目の前には銀行の大金庫と見まがうようなおおきな丸い把手とってのとびらがあった。ははあ、最重要遺物を保管する特別収蔵庫だな。怪盗キッドにも、ルパン三世にも、怪人二十面相にも破れそうににないんだけど、12号クンはそのとびらの前から動かない。きっとこの中にめざす骨があるのだ・・・なにやってんの、はやく行って。

『どうやって開けるのー』なに言ってんの、あんたゆうれいでしょ、とびらでもカベでも通り抜けられるんじゃないの? 『ぼくは通り抜けられるけど、ホネが持ち出せないー』やべーな、こんなところでゆっくりとなんかしてらんない・・・と、12号クンは持ち前のゆうれいさでもっておおきな把手の中にあたまを突っ込んだ。『ふむふむー、なるほどー、そういう構造かー、おおー、よしー、こうしてこうしてああしてー・・・』がちゃがちゃやってるうちに何ととびらがガチャッと開いたではないの! 二十面相以上の実力だわ・・・あたしたちはそのとびらの内っかわにそっと入った。

 ジリリリリリリリリリリリリッ!! うわあ、報知器が鳴ったあ! やばい! 人が来る! は、はやく探してっ! さがすのよっ! はやくっ! しかし12号クンは迷いなく猛ダッシュで走ってゆく、あたしもそのあとを追う。入り組んだたくさんの整理棚のあいだを右へ左へよけまわり、目指す1点めがけて、がつんがつんとあちこちぶつけながらそのあとに続き、やがてとある棚の前でぴたりと止まった。

「誰だ!」「くせものかっ!」

 ジリリリリリリリリリリッ! 警備員さんが部屋に駆け込んできた! はやくはやくっ! あたしはその「猪目洞窟遺跡13号人骨周辺」と表示された棚を力まかせに引き抜いて中身を床にぶちまけた。がらがらがらっとたくさんの骨がホコリを上げて散乱する。彼がすばやくかがみこんで大量の骨を次から次へととっかえひっかえ目の前で確かめ、長い骨4本と13号の頭蓋骨を片手に抱えて細かなやつは貫頭衣のポケットに放り込み、『ひなたオッケー』つってその骨を両手で振りまわしながら出口へと走りだした。ちょっと待ってよ! 出口は警備員さんに固められてる! っと。

「わあっ!」「くっ、くるなあっ!」「ひえーっおたすけーっ!」とさけんで逃げていくではないか! そうか、警備員さんには彼の姿が見えなくって、頭蓋骨とかが空中を舞って襲ってくるように見えるんだ。今だ、はやく戻ってこっからずらかろう!

 書庫からもと来たルートを戻ってエントランスに駆け出し、そのまま外に飛び出した。12号クンが13号の頭蓋骨をまだ振り回してるものだからエントランスや玄関外の人たちがきゃーーーあっと悲鳴を上げて逃げまどい、書道の紙は破れショップの陳列はめちゃくちゃになり人が突っ込んだテントは倒れてあたまからヤキソバをかぶる人が続出、そのうえ彼が13号頭蓋骨をぽーんと空高らかに投げ捨てたものだからたまらない、その下の人たちがまた大恐慌をきたしてわれ先に逃げまどい、のぼりを引き倒しカレーをぶっかけられテントは倒れ、なごやかな弥生の森まつりは阿鼻叫喚のるつぼと化した。

 はやくはやく逃げるのよ! 大混乱の博物館をあとにあたしたちはほうほうのていで大津町駅まで駆け戻ってきた。ぜーぜーぜー、ダ、ダッシュしたの何年ぶりだろ。深呼吸して息をととのえる。あ、ああ、やっと落ち着いた・・・今日の惨状はきっとあしたの島根日日にちにち新聞の1面トップを飾るなー。

 あんたのひざから下は13号といっしょになってたのね・・・駅の円形のベンチにすわって12号クンは手に持った4本、たぶん左右の脛骨と腓骨、をいとおしそうに眺め、そしてさっそくズボンをめくって自分のひざに当ててみる。どう?

『あー、ぴったりー!』その骨は彼のひざ関節にぴたっとおさまった。それからポケットにしまってあった細かいやつ、足の甲とか指の骨を、ああでもない、こうでもないとパズルみたいに並べては復元して、あたしにはよくわかんないけどなんとかもとの形にできたようだ。するとあら不思議、それらにサーッと肉がついてゆき、みるみる彼の足になる。彼はたちあがり、ぴょんぴょんはねたり狭い待合室をうれしそうに走り回ったりした。よかったわね、探し求めてた念願の足よ! 『うん、ありがとー』

 それであんたこれからどうすんの? え? あの洞窟に帰る? そう、こっちには文明のいろんなものがたくさんあるけど、やっぱり住み慣れたところがいいのね。ああ、あっちには漁民のなかま、それに許嫁フィアンセもいるのね、早くこの雄姿を見せたいんだ。つきましてはまた出雲大社まで送ってください? ここは広すぎてわけがわかんない? ・・・まあ、平野だからね。

 そうだ、あんたとの約束だったね。あたしたちはまもなく来た電車に乗りこみ、電鉄出雲市の駅へゆき、そのままJRの高架下にあるCan★Doアトネスいずも店にはいって行楽用品を見て回った・・・あった、食品パック、5枚入り税込み110円・・・清算をすませて12号クンに手渡すと、彼はめっちゃ興奮した。うわあすげー! 包装のビニール袋にまで感動してる。あたしなんかはそんなもん見てももう何も感じないけど、ほんとはすごいことなのね。

 つぎの出雲大社前ゆきの電車に乗り、あたしたちはふたたび出雲大社までもどってきた。二人で神門通りを歩きながら古墳時代のいろんなことを聞いた。丸木舟でサメを追いかけたこと、冬に命がけで海苔を採ったこと(十六島うっぷるい海苔だわ、贅沢!)、網につける石のおもりに苦労してミゾをつけたこと、山に生えてる蔓をとってきてカゴを編んだこと、海岸から見る夕日がとてもきれいだったこと・・・。

 やがて彼はおずおずと、あたしのカバンを指しながら聞いてきた。も、もしかしてひなたは大首長様のむすめ・・・?

 あ、カバンにさげてるこのまがたま? ちがうちがう、これは店員さんに押し切られて買っちゃったの、高かったのよー。・・・あ、そうだ!

 あたしはこのまがたまを買った、勢溜のよこにあるめのやに入っていった。彼もあわててついてくる・・・ひやーっ! 彼のおどろく声が響く。もちろんあたしにだけだけど・・・無理もない、古代人がノドから手が出るほど欲しがってた玉類がところ狭しと並べられているのだから。

 あんまり安いのは気が引けるのでそこそこのものを、大奮発して、水晶、青めのう、赤めのうと3つのまがたまを手に取るとレジに行き万札を出して清算した。そして彼に差し出す。花仙山かせんざん産じゃなくて申し訳ないけど、おみやげよ! 

 彼はしばらく固唾かたずをのんで固まっていたが、やがて遠慮がちに、次いであたしの手から奪う勢いで、そのまがたまをてのひらにのせた。こっこっこっこっこっ・・・にわとりじゃないんだから。こんなもったいないものをぼくにー? こ、こんなの持っててぼくつかまって死罪にならないかなー。 だいじょうぶよ、もう死んでるんだから。どう、食品パックよりよっぽどいいでしょ。

『うーん、やっぱりこっちがきれいー』パックのほうかい!

 ほかのやつらに取られないか心配、どうしても、ってんで、けっきょく用心棒役で洞窟まで送って行くことになった。出雲大社よこのバスターミナルから猪目へと向かうバスの車内はあたしたちしか乗っていない。ちいさなバスから広大な日本海を見やりながら、そのうち山の中に入り漁村に出て、やがて海辺の猪目本町に着いた。きのうとおなじく少しもどって猪目洞窟に到着。その間彼はずっと食品パックとまがたまをすりすりしたり日にかざしたりして飽きずに眺め、また貫頭衣から麻の繊維を何本か引っぺがすと、まがたまの穴にとおして即席の首飾りをつくった。んー、馬子にも贅沢な衣装だわ。

 12号クンにつづいて脇の小道から洞窟内にはいると、はたして彼と同じ貫頭衣、腰に縄をまいてベルトとし、髪には赤いサンゴのかざりをつけたあどけない少女が漁船のへりに座っていた。

『迎えに来たよー・・・まあ、きれい、まるで大首長様みたいー』少女は彼の首にかかった勾玉をひとめ見るなり感嘆の声をあげて立ちあがる。彼は照れながらも少女にかけより、まがたまをてのひらにのせて誇らしそうに見せている。『ひなたにもらったんだー、それにこっちのぱっくっていうのもすごいだろー、ひなたが百均ってとこで手に入れてくれたんだー』それを聞いて少女ははじめてあたしに気がついたようにこちらを見た。『あ、ひなたね、うわさは聞いています。はじめましてー』すこしはにかんであいさつをした。

『ぼくの許嫁フィアンセなんだー』彼は少女をいとおしそうに見ながらそう紹介する。死んでもなお愛し合ってるんだ。なんて幸せなふたり・・・古墳時代と聞くと大きなお墓に埋葬された首長の勢力争い、とかばっかり想像しちゃうので、こういうのを見るとほんとにほっとするわ。

『それじゃあひなた、ぼく行くからねー。ありがとー、この恩は一生わすれないよー』

 そう言うとふたりは手をつないだまますーっと消えていった。

 目の前の傾きかけた日の光が波間に反射してきらきらしてる、まるであの食品パックのように・・・いや、感覚がおかしくなってるな・・・入り江のむこうからの絶え間ない潮騒のおと、はるか1600年前の人たちもおなじように聞いていたんだろう。そう、身なりはかわってもおなじ人間なのだ・・・あたしはがらにもなく感慨にふけって、いつまでもまぶしい海の前に立ち尽くしていた[6]。


 後日、出雲弥生の森博物館。日日にちにちだけじゃなく山陰中央新報の3面も飾ったというあんな騒ぎがあっても、いつもどおりかわらず開館している。ようこそいらっしゃいました、とが出迎える玄関を通り抜け、2階へと上がる。今日は平日、だれもいない常設展示室の出口のほうから2、3歩中に入る。

 薄暗い展示室の中、ライトに照らされながら、そこにはくだんの猪目洞窟12号クンが静かによこたわっていた。ガラスケースの中にきれいに並べられた全身骨格には、みごとにひざから下がない。風葬されてから1600年間、荒らされたといえばそれだけで、あとはあの潮騒のおとを聞きながら安らかに眠りつづけていたのだ。そういえば頭骨の顔があの12号クンに見えなくもない。

 あたしは彼とあの少女のしあわせを祈って、真実の愛を与え、恋人とのきずなを深めるというアメジスト[7]のまがたまをガラスケースの上にそっと置くと、人気ひとけのない展示室をあとにした。 


[1]出雲国風土記 出雲郡宇賀郷条を参照。

[2]前から、ほのぼのと、安堵して、乱雑で、惚けた、間抜け、の意。

[3] 「令和7年1月1日住民基本台帳人口・世帯数、令和6年(1月1日から同年12月31日まで)人口動態(市区町村別)(総計)」から計算。

[4]調べてもわからなかったのですが、美保関町笠浦の魚見神社が事代主命なのでそれに準じました。

https://jinja.matsue-hana.com/jinja/kasauramiho.html

[5]出雲弥生の森まつりには行ったことがないので、収蔵庫のようすも含めて以下想像です。

[6]この時点でもう帰りのバスがないのですが、まあいいとしましょう。

[7]めのやでまがたまを買ったとき、店員さんが入れてくれた「LIST of POWER STONES」による。

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