国譲り 中編
『おうひなた、こんなところにおったのか、探したぞ・・・油を売っておると卒業できんぞ』
その声は・・・わあ、武御雷さん。って、出雲大社に来ることがあるんだ。
『いつもは大国主と囲碁や将棋を指しにくるのだ。ここのかわらけで一杯やりながらあいつと勝負をするのが楽しみでな』武御雷さんっていったら天夷鳥さんと同じく武闘派だけど、そんな一面があったなんて知らなかった、年をとってえらく丸くなったわね。っていうか、大国主さんとは宿敵の仲じゃないの?
『何を言っておる、あいつとは仲がいいのだぞ。よく代官町に飲みに出歩いたり、山陰の
『奪ってなどおらんのだ』だって古事記にそう書いてあるじゃん。『
国譲り交渉の現場の稲佐の浜・・・なにか秘密でもあるの? とりあえず誘いにのって行ってみることにする。
『よいか、人間をどうするかは喫緊の課題だったのだ』稲佐の浜へ行くときの定番コース、浜へとつづく国道431を歩きながら武御雷さんが話しはじめる。『4万年前にホモ・サピエンスがこの国に入ってきた。今までこの国にはいなかった種族だ。それまでののほほんと暮らしておった原人や旧人を次々と滅ぼして勢力を拡大していったのだ。折も折、伊邪那岐様と伊邪那美様の黄泉比良坂での約束で1日に500人ずつ増えることになったことも大きい』伊邪那美さまが1日に1000人
『だがこれにはさすがの大国主も頭を痛めておった。この国はいわば大国主が
『見かねた天照大神様が相談に乗るべく大国主に使者を出すことにしたのだ』・・・
15分ほど歩いて稲佐の浜に着いた。今日もたくさんの観光客がはしゃいでる。そぞろ歩きをする人、写真を撮る人、靴を脱いで水の中に入ってみる人(季節的にまだきついわね)、地元の犬の散歩もいる。海岸の弁天島は出雲を代表する景色だけど、もうすぐ島じゃなくなるわね。すごい勢いで砂が溜まってゆくからすぐに陸地になっちゃうわ。そのうち海岸線がもっと遠くなって、あと何百年もしたらこのあたりは海岸の痕跡もなくなって、単なる砂地の大岩になっちゃうわね。まわりには家が建って集落ができて・・・この景色が見られるのも今のうちだけだわ。
『屏風岩へ行くぞ』武御雷さんが海に背をむけて家々の中へと進んでゆく。あたしもそれについてゆく・・・前にも紹介したけど、屏風岩は建御雷さんと大国主さんがこの岩のかげで国譲りの談判をしたっていう場所よ。家と家の間の狭いところに板状のいかにも崩れそうな岩が立ってて、今じゃ倒壊の危険があるから敷地は立ち入り禁止になってる。大きさは全然違うけど弁天島の仲間ね。
『あの当時はここが浜辺だった』武御雷さんが昔を思い出しながら説明してくれる。『もっと大きかったのだが、波と風雨に削られてこんなになってしまったな』かまわず敷地に入って行って右手でぱんぱんと岩をたたきながら懐かしそうに言う。『2000万年前から1500万年前にかけて
武御雷さんはよっこらしょっと岩陰に腰を下ろしてなつかしそうにあたりを見回した。『このあたりもすっかり変わったなあ』かつての海浜はいまではすっかり住宅地になっている。
『話の続きだったな・・・天照大神様が大国主に遣わす使者は、高御産巣日様の主導のもと、天の安河原での神々の話し合いの結果、天穂日と決まったのだ』キマタが言ってたスケープゴートね。『何を言う、そんなものではない。天穂日には密命が下された。つまり大国主と協力して事を成し遂げよと・・・』え、協力? 『増殖する人間は統治機構が確立している高天原が受け持ちこの国を高天原の支配下に置く、しかしそれではこの国の神々が黙っていまい、そこで天穂日は大国主との交渉が失敗したていで大国主のしもべを演じ、大国主にいじめられるふりをし、大国主は天穂日をいじめるふりをして国つ神の
まあ、そんなウラがあったのね! それで計算どおり国つ神は騒がず、高天原から降りてきた神さまの子孫がリーダーになって人間を統治したってわけね。それでそれを知ってるのは? 『天夷鳥以外の高天原の神様と大国主だけだ。天夷鳥はこのようなこと絶対に許さぬであろうからな・・・いやあ
『はっはっは、本当にダダ漏れだな。思わなくてもわかるぞ。しかしもうよいのだ、あれから4万年、人間みづからの統治機構もできておるし、そろそろタネを明かして神様たちの反目を解こう、と245年に天の安河原会議で決まったのだ』古っ! っていうか、もっと他のやりかたはなかったの? だいたい高御産巣日さまってなんかいいイメージがないのよね、
『しかし問題なのが大国主の
事代主さんにはまだ一度も会ったことがないけど、それはひきこもりになっちゃったからなのね。ヒッキーを外に出すのはむずかしいわよ。建御名方さんは神在祭のときに会ったわ、とくに恨みをひきずってる様子じゃなかったんだけど・・・でも足は諏訪から出さないことを律義に守ってたし、あんがい心の底ではこんちきしょーって思ってるかもしれないわね。ところで利害関係のない第三者のあてはあるの?
『だからひなたを探しておったのだ。この件には何の関係もなかろう、しかも神様ですらない』えっ、えーっ! あたし!? ちょ、ちょっとまって、そりゃああたしは何の関係もないし別の種族だし、生まれたのも平成だしオンナだし、空飛べないしバチあてらんないし・・・言えば言うほど適任じゃない!
『高天原はこの件をひなたに任せることにした、これは高御産巣日様のご判断である』だから、シャシャり出てくんなって!
ムリムリムリ、神さまには謝ったことしかないんだから。謝るのはテキトーなこと言っとけばいいけど、説得なんてできっこないじゃない。ヘタしたら逆恨みされて呪い殺されるわ! 『そのあたりもちゃんと計算しておる。ひなたを呪うことで怒りが収まればそれにこしたことはない』あのなー高御産巣日さんってそんな発想しかできないの!?
しかし宇宙ナンバー2(ナンバー1はあの天御中主さまよ)の神さまに睨まれたからには断るわけにいかない。断ったらどんなバチがあたることか・・・。『それでは快諾したということで高天原には報告しておく』
でも事代主さんがどこにいるのかわからないし、建御名方さんに会うには長野県まで行かなきゃなんないのよ。どうしろってえの?
『事代主が籠っておる
りょ、了解したわ、しかたない、当たって砕けろか。『それでは快諾したということで・・・わしは
たいへんなことを引き受けちゃったよ、しかし国つ神であるキマタを連れてくわけにもいかないし・・・。
つぎの日、あたしは武御雷さんが言ってた
鳥屋神社は斐川平野の西の端、斐伊川のちかくにあるんだけど、バスも何も通ってない、田んぼのまんなかにぽつんと建ってる神社だ。あたしのへやから6キロあまり、しかたなく自転車で走るけど、こりゃあしんどい・・・まわりが一面田んぼで道も細くて曲がるところの目印もなくてわかりにくいったらありゃしない。だが何とかたどりつくことができた。
広大な田んぼが広がっていて、
やることもなくボーっとつっ立ってる。車なら中で休憩できるんだけど、自転車じゃ所在ない。物音ひとつしない、春の昼下がり。
やがて、周囲の木々がさわさわと葉擦れの音を立てはじめ、かすかな風が頬を撫でていく。そして一反木綿があらわれるようにいきなりヌッとその長いからだが境内の中に入ってきた。
『おう、これはひなたではないか、神在祭のとき以来だな・・・こんなところで何をしている?』と遥拝所の貼り紙をはがしながら建御名方さんが話しかけてきた。え、っと、もちろん参拝にきたのよ。それと、参拝と・・・それに参拝をしに・・・。
『そうか、こんな辺鄙なところに来てくれるとはな、しかも偶然今日か』い、いや、偶然でもないのよ・・・ああ、どこから何をどう話していいかわかんない! あたしダダ漏れなんだから勝手に事情を読み取ってくんないかな!
『この前とは違って今日は
あ、あの・・・とあたしは恐る恐る切りだしてみる。国譲りのことなんだけど・・・。
『国譲りがどうかしたか、もう終わったことだ』い、いや、そうでもないんです・・・あたし、説得を頼まれたんです、武御雷さんに『武御雷だと!? 諏訪に籠ったとはいえあいつはおれの永遠の敵、出雲にはあいつを祀る神社があるがその全社を制覇するのが目標だ!』そんなに熱くならないで! 実は国譲りはやらせだったの!
建御名方さんは一瞬きょとんとし、そして次第に顔が赤くなってゆく。『な、な、な、な、な、なんだとおっ』感情がほとばしったおかげかあたしの心がいつものダダ漏れモードになったみたいで、全ての事情を察してくれた。『それは誠か、うぬー武御雷許すまじ! いったいおれは何のために諏訪に籠っておったのだ』そうですよね、そうなりますよね! しかしここはいったん落ち着いて、深呼吸して、あたまを冷やして、こころやすらかに『おのれ武御雷、絶対に許さん! オヤジもオヤジだ、なんと水臭い、子供を騙す必要がどこにあろう』そりゃあどんなところから漏れるかわからないからね、カベにミミありだわ、ほら出雲大社のカベって薄いから『何を言っておる、出雲大社のカベの板は広くて分厚いのだ[7]! 漏れるわけがない』だめだ、建御名方さんの怒りが止められない。
『そんなことならもう諏訪に籠る必要はない、こっちに戻ってくるぞ!』建御名方さんの胴体がちぢみだしたかとおもうと、しばらくして東のほうから下半身がビューンって飛んできた。ちょっとヤバい、むこうの神社が神さま不在になるわ、諏訪観光協会におこられちゃう! 『
上下胴体がそろった建御名方さんは麗しい
そう言って建御名方さんはつかつかと本殿にちかづいてゆき、その柱の根元に両手をかけると思いっきり上にひっぱりあげた、本殿の木材がメキメキメキっと音を立てて引きちぎられ、崩れ、倒れ、すごい粉塵がおさまったあと、そこにはおおきな穴があき、その中には巨大な岩が・・・これも弁天島の仲間ね、って思う間もなくそれに両手をつくと一気に持ち上げた・・・あーあ、神社を掃除しにきたのに壊しちゃってどうすんの? 『あとは氏子に任せる!』そう言うと建御名方さんはその巨大な岩をかかげてずんずんっと稲佐の浜めざして歩いてゆく・・・説得失敗だわ。とにかくえらいことになりそうなのであたしも浜へ行かなきゃ。
いそいで自転車で(遠くてもどかしい!)田んぼの中を走り、国道184に出て斐伊川を渡って市街地に入り、駅にもどって、ちょうど発車しそうになってた日御碕ゆきのバスに飛び乗った。出雲大社を過ぎ、稲佐の浜へむかういつもの国道431を走って稲佐の浜入口のバス停で飛びおりると、日御碕へつづく道路との三差路のむこうの浜で建御名方さんと武御雷さんが対峙しているのが見えた。
『おのれ武御雷! 積年の恨みを今果たさん!』建御名方さんは例の巨大な岩を高々と頭上にかかげて今にも投げつけそう。対する武御雷さんも同じように大きな岩を頭上にかかげながらも余裕の表情で立っている。あの岩はもしや・・・日御碕へいく道の途中から見えてたつぶて岩! 武御雷さんと建御名方さんが力くらべで稲佐の浜から岩を投げあったんだけど、どちらも力が互角で何回も同じところに落ちて積み重なった岩だわ。ああ、日本遺産の構成文化財が・・・。
『建御名方、わしは年老いたとはいえかの武御雷、まだまだ若いもんには負けん。どうだ、ここから海へ岩を投げ合ってみぬか、目標はこのつぶて岩があったところだ』『いいだろう、こんどこそおれが勝つ。天つ神の好きにはさせん』
2倍の大きさになったつぶて岩をながめながら、
・・・ああ、これで大役も半分終わったわ、あとは事代主さんのほうだけど・・・青柴垣神事の日に美保関まで行かなきゃなんないのか、一度も会ったことないしなあ、どんな神さまだろ。船を傾けて青柴垣にこもるって、もしかしたら天穂日さんみたいなネチネチした粘着質の神さまだろうか。不安だなあ。
波が寄せるごとにきらきらと水面がきらめき、3月のやわらかな日の光の中、人々はなにごともなかったように思い思いにはしゃいでいる。多くの神さまたちに守られて。
[6]恨みのこもった呪術的な
[7]日本書紀第九段一書第二の記述です。
[8]鳥屋神社の説明板による。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます