【第52話】盤上の王と、蘇る記憶の奔流
王宮の大広間は、この国中の、全ての権力者が集い、絢爛豪華、かつ、張り詰めた空気に満ちていた。
リアンと、そして「セレスティア」の仮面を被った私が姿を現した瞬間、全ての視線が、私たちに突き刺さる。
竜翼侯爵と、第二王子が、わざとらしく、私たちを出迎えた。
「これは、これは、陛下。そして、謎多き麗しの君。今宵は、楽しんでいかれるといい」
侯爵の、挑発的な言葉。
だが、リアンは、動じない。彼が纏う《王の威光》の香りが、広間全体に、目に見えない、神聖な圧力を、与えていく。リアンは玉座に着くと、祝宴の始まりを、高らかに宣言した。
そして、その裏で、私が侍女に命じた、もう一つの香り――《真実の香り》が、広間の、いくつかの燭台で、気づかれぬように、焚かれ始めていた。甘く、しかし、人の心を、裸にする、危険な香り。盤上の駒は、全て、揃った。
夜会が、中盤に差し掛かった頃。
《真実の香り》の効果か、あるいは、酒のせいか、竜翼侯爵は、随分と、饒舌になっていた。
リアンは、その好機を、逃さなかった。彼は、玉座から、侯爵に、声をかける。
「侯爵。貴殿の、武勇伝を聞かせてはくれぬか。十年前、貴殿は、三男兄上の、良き相談相手であったと聞く。あの頃の、王宮は、随分と、血なまぐさかったようだからな」
その、あまりにも、無邪気な問い。だが、それは、侯爵の、最も触れられたくない、過去へと、鋭く、切り込む、刃だった。
侯爵の顔が、一瞬、こわばる。だが、彼は、すぐに、傲慢な笑みを浮かべた。
「はっはっは! いやはや、陛下も、ご冗談を。私は、ただ、国を憂い、王子たちの、お力になりたいと、願っていただけでございますよ」 その時、彼は、私の、冷たい視線に気づいた。そして、私を、侮蔑と、油断に満ちた笑みを浮かべて、挑発してきたのだ。 「それにしても、陛下も、物好きなお方だ。お前のような、素性も知れぬ女を、側に置くとはな。……十年前も、そうだった。あの、小生意気な、香薬師の女も、そうやって、リアンに取り入っていた。……実に、邪魔な、存在だった」 その言葉が、引き金だった。 私は、懐に忍ばせていた、《覚醒の香り》の小瓶を、誰にも気づかれぬよう、そっと、開いた。 《月光花の雫》`の、清冽な香りが、私の、意識の、最後の扉を、吹き飛ばす。
―――全ての記憶が、鮮やかに、蘇った。
燃え盛る屋敷。崩れ落ちる梁。私に斬りかかってくる、竜の紋章の騎士。
そして、その騎士に、侯爵が、叫んでいた、あの言葉。
『何を、もたもたしている! その女も、王子も、皆殺しにしろ! これは、俺自身の命令だ!`三男様の命令などと、偽れば、後で、どうとでもなるわ!』
彼は、全ての罪を、三男に、なすりつけるつもりだったのだ。
そして、その顔。その声。間違いない。
私は、セレスティアの仮面を、かなぐり捨てた。
化粧の下から、素顔の「ルシエル」が、現れる。
私は、全ての貴族たちの前で、竜翼侯爵を、指さした。
「―――あなたですね」
私の、静かだが、全ての者の、心を撃ち抜く声。
「十年前、あの屋敷で、『私と、リアン王子を、殺せ』と、あなた自身の命令として、叫んでいたのは!」
その場にいた、全ての者が、息を呑んだ。
私の、最後の証言が、今、放たれたのだ。
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