第7話【イルミネーションを作ろう】3
そんなこんなで日奈と康平、二人で作業を進めることしばらく。
ようやく形になってきたということで、日奈は康平を残してお風呂に入っていた。
リフォームして間もないということで浴室の壁や湯舟は真っ白で、築四十年の日本家屋のお風呂とは到底思えないほど立派だった。
日奈はお風呂に浸かりながら今日の疲れを癒す。
と、言っても日奈に癒さなければいけない疲労はごく僅かであり、ただリフレッシュの時間になっているのはご愛敬である。
湯舟に顔半分を沈めて今日あったことを思い返す。
オンゲーでボコボコにされたこと。
ムキになって挑戦し続けたこと。
結局勝つことができずに、そのままイジけて、オフラインの箱庭で牛を育てたこと。
そして、康平がイルミネーションをやろうと言い出して、一緒に作業したこと。
(あれ? なんだか回想がおかしい)
日奈は今日起きたことを必死に捻り出し、思い返すも結果は変わらない。
今日は康平から仕事の手伝いをお願いされなかった。
イルミネーションを作る手伝いはしたけれど、それもほんの少しだった。
つまり――労働なんてものは一切せず、朝からずっとゲームをして過ごしたのだ。
(明日から……そう、明日は頑張ろう!)
そう気合を入れると、お湯の中で握りこぶしを作る日奈。
しかしながらこの意気込み。
毎日欠かさず行っている――言ってしまえば日奈の日課だった。
毎日のようにお風呂で意気込むも、翌朝にはキッパリ忘れていつも通りの引きこもり生活を送る。
そしてまたお風呂に入り、意気込む。
それの繰り返し。
明日やろうは馬鹿野郎。
なんて素晴らしい言葉だろうか。
日奈はお風呂から出ると、ドライヤーで髪を乾かしながら、スマホにインストールされているゲームを起動して手持無沙汰を解消させる。
課金は基本的にしないタイプなので、コツコツと石を貯めてイベントに備える。
そして髪を乾かすと、キャミソールの上からトレーナーを着て脱衣所を出るのだった。
「お湯、冷めてなかった?」
脱衣所から出ると、既にイルミネーションが完成したのだろう。
康平はソファーに座った状態で、マグカップを片手に日奈を出迎える。
「うん。平気だった。入浴剤のおかげでポカポカ」
「そっか。なら良かった」
お風呂上がりの彼女。
ぶかぶかのトレーナーに少し湿った髪。
康平は――ギリギリのところで平静を装う。
同棲を始めて結構な日数が経過しても尚、この男――康平は日奈の一挙手一投足にドギマギしていた。
なんともピュアな男だが、彼の過去を考えると仕方のないことだった。
学生時代は男子校。
社会人になってからは恋愛に目もくれず仕事一筋。
スペックだけはあるものの、彼女はおろか女友達ですらいない人生だったのだ。
「イルミネーションできた?」
キッチンで冷たいお茶を注いできた日奈は康平にそう尋ねる。
すると康平は自信満々な様子で、
「できたよ。自分で言うのもアレだけど、良い感じの出来栄えになった」
と、笑みを浮かべた。
早速といった具合に康平は部屋の照明を消そうとする。
しかし、電気のリモコンをどこかに無くしてしまったようで、ソファーの隙間などを探して回るのだが、一向に見つからない。
「リモコン? ベッドの方じゃない?」
「ああ。あった、あった。電気消すけどいい?」
「ん、いいよ」
日奈の了承を得た康平は部屋の電気を消す。
もしもこれが何かの創作物で、恋愛を題材にした物語であったのならば、イルミネーションがキラキラと輝くロマンチックな空間が広がっていただろう。
しかし、そう上手くいくことはない。
スペックこそ高いものを持っているが、何かとズレている康平。
そして、もはや説明不要の日奈。
部屋の電気が消えると、光を放ったのはイルミネーションではなく、日奈のデスクトップパソコンと、その周辺機器だった。
普段は康平に気を使って消しているライティング。
しかし、今日のオンゲーでストレスが溜まっていた日奈はその制限を解放し、気分を高めるためにギラギラに光らせていたのだ。
デスクトップ、そしてデバイスのLEDが点灯、点滅し、これがイルミネーションです。と言われても違和感がないほどの光が部屋を包み込んでいた。
「ごめん。ちょっと待って」
「あ、うん」
日奈は急いでパソコンの電源を落とす。
既にロマンチックな雰囲気は霧散していた。
康平は空気を変えるために咳払いを一つした。
「それじゃ付けるよ」
康平はそう言うと、延長コードから伸ばした電源をオンする。
すると、輝くのはワンルームの一角で作り上げられたお手製のイルミネーション。
星にハート、中には猫を模したものまであって……。
流石は康平といったところだろうか。
そのクオリティーは素人が作ったとは思えない出来栄えをしていた。
「結構上手くいったんじゃないかな」
康平は腕を組みながら、ウンウンと頷く。
対して日奈は、
「凄い綺麗だよ。私、イルミネーションなんて見たことなかったから……凄いね!」
弾んだ声でそう言った。
学生時代の大半を自室で過ごした日奈にとって、初めてのイルミネーション。
それも手作りで、自分も少し携わったとなればその感動は計り知れないものなのだろう。
「――少し季節外れだけど、日奈とこうして一緒に見られたね」
嬉しそうな表情を浮かべる康平。
「うん。そうだね」
それに同意し、ご機嫌な様子の日奈。
イルミネーションの光が二つの影を作る。
自然と距離が近くなる二人。
気付けば、お互いの肩が触れるくらいの距離になっていて……。
二つの影は一つの大きな影になるのだった。
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