エピローグ “らぶらぶ”な銀ブラデートで物語は幕を閉じる

“らぶらぶ”な銀ブラデートで物語は幕を閉じる

 蘭は美桜と一緒に2度目の銀ブラに来ていた。


 今日は奥様抜きなので間違いなくデートなのだが、どういう基準か分からないのだが、蘭は前の銀ブラで買ったひらひらした黒基調のドレスを美桜に着せられている。しかも今日は美桜も洋装なので、これでは女の子2人のお出かけである。


 ショーウインドウに映る洋装の女の子2人組はたいそうかわいらしく見える。いろいろ言いたいことはあるが、美桜が上機嫌なので、蘭は今日は我慢しようと決めた。


 最初に行くのは時計屋さんだ。目的は壊れた蘭の腕時計を直すためである。


 時計屋の主人は、しばらく腕時計を見た後、機械部分は壊れていないので風防の交換だけで直ると言ってくれ、蘭と美桜は喜んだ。腕時計を主人に預け、午後にまた来ることにして銀ブラを続ける。


「どこで時間を潰そうかしら。蘭は何が食べたい? やっぱりとんかつ?」


「僕がまたお腹を空かせていると思ってますね?」


「違うの?」


「……いえ、もちろん外食も楽しみにしては来ましたが、映画も見たいです」


「映画! いいわね!」


 美桜と蘭は映画館がある一角へと向かう。


 映画館で上映していたのはチャップリンの新作「犬の生活」だった。映画は浮浪者のチャーリーが野良犬と一緒になり、最後は強盗が隠した金を手に入れて幸せになるという荒唐無稽なお話だったが、楽団が生演奏してくれる上、活動弁士さんも超一流だったので、蘭はおおはしゃぎしてしまった。


 とにかくすごい、と絶賛しつつ映画館から出て、美桜は笑顔になる。


 明るいところに出てきて蘭の顔を見たからか、美桜は言った。


「頬の傷、すっかりきれいになったわね」


「僕、人より治りが早いみたいなんです」


「……治りが早い……か」


 美桜は半分不思議そうに、半分不安げに言う。蘭は美桜が複雑な表情を浮かべる理由の見当がつかず、ただ首を傾げた。


「本当に無事でよかった。蘭が自由になったのに逃げなかったのは、腕時計を取り返すためだったんだね」


 美桜の言葉に蘭は頷いた。


「だって美桜様からいただいたものですし、とても大切に使っていたんです。取り返せるものなら取り返したくて当たり前じゃないですか」


 蘭は胸を張るが、美桜は少し悲しげだ。


「腕時計は物でしかないけど、蘭の代わりはいないのよ」


 美桜が言うことも分かる。しかし蘭は蘭で勝算があったから朧に戦いを挑んだのだ。『外』さなければならないほど苦戦したのは誤算だったが、蘭はもっと美桜に褒められてもいいと思う。なので膨れたいが、美桜の表情を見てそれは押し殺す。


「僕は美桜様をお守りすることができたので、それで充分なんです」


「蘭は想像力が足りないわね。蘭がわたしのことを思ってくれているのと同じくらいわたしが蘭を大切に思っているのか分からないんだから」


 美桜は唇を真一文字にして蘭を見る。


 美桜がそう言ってくれるのは嬉しい。だけど自分は男で、美桜はうら若い女性だ。自分が男であることを誇りに思い、異能を美桜のために使いたいと思う。


 それに美桜は蘭のことを責めるが、その美桜だって知らせを受けて汽車と馬車を乗り継いで急いで北条町に戻ってきたお殿様と大奥様に、独断専行をこっぴどく叱られた。美桜様だって子どもみたいじゃないか、と蘭は思うのだ。


 足下に新聞の号外が風に乗って運ばれてきた。


 号外の見出しには米騒動激化と書かれている。日本全国でシベリア出兵を受けての米の高騰で暴動が起きており、帝都でもいずれは起きるはずと予想されている。


 ロシアのロマノフ王朝の王族が皆殺しになったらしいというニュースも世間を騒がしている。片田舎で起きた子どもの誘拐事件のことなどもう誰も覚えていないに違いない。


 蘭は警察に救出されたことになっているし、美桜の狙撃も警察の部隊がやったことになっている。この隠蔽工作は高等警察の判断によるものだと彼自身から聞いていた。そんな和泉自身は今、米騒動の対応に追われているに違いなかった。米騒動には思想犯の影が大いにちらついているからだ。


 号外はまた風に乗って飛んでいった。


「ごめん。言い過ぎた」


 美桜がそう口にし、蘭は微笑んだ。


「いえ。美桜様が謝られることなんて1つもありません。でもむしろ美桜様こそ想像力が足りないと思います。だって美桜様が思っているより、僕の方がずっとずっと美桜様のことを大切に思っているんですから」


 蘭が胸を張ると美桜は笑った。


「じゃあわたしはもっともっともっと蘭のことを大切に思ってる」


 蘭も笑う。


「きりがないですね」


「きりがなくていいの。だって愛は無限だから」


 美桜も大きな胸を張って前を見て歩き出す。


 美桜が本気でそう言ってくれているような気がして、蘭はこそばゆくなる。愛にもいろいろなカタチがある。美桜が自分に抱いてくれているという愛がどんなカタチなのか、蘭には想像できない。少なくともこんな風に女の子の格好をさせているようでは、男の子として見て貰えているかどうかすら怪しい。


「美桜様。お腹が減りました」


「そうそう。蘭はそれでいいの」


 美桜はとても嬉しそうだ。


 有名な人気喫茶店に入って、1杯5銭のブラジルコーヒーを飲み、1個5銭のドーナツを食べ、1皿15銭のライスカレーを食べる。人気小説家・芥川龍之介も食べたというこのセットは、有名なだけあって美味しかった。


 蘭が満足げな顔をしたからか、美桜はまた喜んでいた。


 ウインドウショッピングをしながら時計屋に戻る。歩いているうちにそろそろ修理が完了しているだろうという時間にさしかかり、時計屋に入ると、ちょうど主人が作業を終えて、腕時計の風防を磨いているところだった。


「できてますよ」


「やったあ!」


 蘭は大げさに喜んで腕時計を受け取り、左の手首にはめる。


 美桜は蘭の様子を見て、目を細めた。


 用事が済んだので八幡に帰ろうと、2人は私鉄の駅に向かう路線の停留場のホームで路面電車を待つ。


 路面電車が入構するまでの間に、美桜は蘭に言った。


「蘭はとってもお勉強をがんばっているから、もう小学校の授業に充分ついてつけると思うの」


「そうかもしれません」


 蘭は曖昧に応えるので美桜は聞き返した。


「小学校に行けるのよ? 嬉しくないの?」


「僕は美桜様のお供を続けたいんです」


 そして美桜を見上げ、思いよ伝われと願いながら蘭は美桜を見つめる。


「でも、中学校には絶対に行って貰うわよ」


 美桜は蘭に言い聞かせるようにそう言葉にする。


「……そうなんですか?」


「その上でいろいろ考えてもらわないといけないもの」


 美桜は言う。


「お母様じゃないけど、将来士官になって戦功を立てるか、そのまま勉強を続けて父の秘書になるか、はたまた学者さんになるか、お母様と一緒に商会をもり立てていくか……蘭がわたしのことを本当に大切に思ってくれているのなら、どうかわたしのお婿さんになってね」


 美桜は大真面目に言う。


「……本当に僕が美桜様のお婿さんに?」


 くらっときた。まわりからいろいろ聞かされていたが、いざ本人の口から聞くと蘭の衝撃はとてもつなく大きい。気が遠くなる。


「そう。そして最終的にはお父様を継いで政治家になって貰わないと。わたしが蘭のお嫁さんになれるかどうか、全てはお勉強次第なんですからね」


「……僕が政治家……美桜様が、ぼくのお嫁さんに?」


 蘭はぽかんと口を開けてしまい、美桜は笑う。


「だってわたしのことをとってもとっても大切に思ってくれているのでしょう?」


 美桜はそう言うと、蘭の頭をくしゃくしゃと撫でる。


 蘭は平静を取り戻し、美桜を三白眼で見上げる。口ではどう言っていても、結局、美桜様は僕を子ども扱いしているじゃないか、とムッとしたからだ。


 美桜は蘭の返答を聞かずに続けて言う。


「でも、蘭の異能は飛び抜けているわ。大きすぎる。だからわたしの下から離れてどこか遠くに行ってしまう――そんな気がするの」


 蘭は首を大きく横に振る。


「僕は美桜様の側にいます――ずっと」


 その決意を聞き、美桜は微笑み、蘭の手を握る。


 美桜の手は柔らかく、手のひらと手のひらが触れているだけで心地よい。


 路面電車がホームに入ってきて、蘭と美桜は一緒に乗り込み、帰路につく。


 蘭には自分の異能が美桜の言うように巨大なものであるという自覚がない。だから美桜がなにを危惧しているのかすら想像できない。


 だから今は自分が努力さえすれば本当にその先に、美桜と手を繋いで歩いて行ける未来があるかもしれないと思うだけだ。


 そしてただそれだけで、蘭の口元には自然と笑みが浮かんでくるのだった。




☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆




 これは後に『魔弾のお姫様ひいさま』と『虎の牙』と呼ばれるようになる、美桜と蘭の2人の異能の出会いの物語。


 我々が知っている世界線とはちょっと違う大正時代の、ロマン溢れる物語。




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