美桜、“虎の子”を拾う-3
美桜は、はて、と疑問に思う。
「蘭ちゃん……何をお風呂に持ち込んでいるの?」
「な、何も持ってません」
「嘘おっしゃい」
お風呂場に持ち込むくらいだ。大切なものだろうとは思うが、濡れたらまずいものかもしれない。取り上げようとして、石けんを持つ手とは別の手を蘭の股間に伸ばし、美桜は何か硬いものを掴んだ。
「い、痛い!」
蘭が悲鳴を上げ、蘭は唖然とする。
「え?!」
美桜は蘭の前の方に身を乗り出して蘭の股間に目をやると、そこに女性にはついていないものがそそり立っていた。
「あ、あなた、男の子だったの!?」
「僕、言いましたよ!!!」
蘭は真っ赤になって手ぬぐいで股間を隠す。しかし固く大きくなっていることまでは隠せない。美桜も動揺し、真っ赤になって目をそらす。
「ご、ごめんなさい……」
自分の裸身も男の子である蘭にばっちり見られてしまったわけだが、見られたことより掴んでしまったことが申し訳なくて、謝ってしまう。いや、蘭はまだ子どもだ。はずかしいことなんてない。そう思っていると演じようと美桜は心に決める。
「前は自分で洗ってね。背中、きれいに流してあげる」
どうだろう。無事平静を装えただろうか。蘭が何か言っている。しかし心臓が破裂しそうなほど高鳴っていて、美桜には彼の言葉がよく聞こえない。
蘭は美桜から石けんを受け取ると自分の股間をよく洗い、その後、美桜が桶で湯船の湯をすくって石けんの泡を流してあげる。
蘭の男の子はまだとても元気で、美桜自身も熱くなってくるのが分かる。
生まれて初めて見る男性器が、こんなに美しい少年のものであることを嬉しく思う。いやらしくなんてぜんぜんない。西洋の芸術のようだと思う。
そう思うともっとはっきりと見たくなり、できることなら硬さもまた確かめたくなる。だが、泡を流し終わると蘭は湯船に逃げ込んで口元まで浸かり、ぶくぶくとやっていた。さすがに美桜も蘭にこれ以上裸を見られるのが恥ずかしくなり、湯船に入ってお湯の中に身体を隠す。
「……男の子だって気が付かなくてごめんなさいね」
「いえ……はっきり言わなかった僕が悪いんです」
「このことは絶対に秘密よ」
「もちろんです」
しかし美桜自身、秘密にできる気がしない。こんなにも美しい少年の裸を見て、今夜、自分がどうにかなってしまうのではとまで思う。
それでも以降は何事もなく入浴を終え、風呂のお湯の入れ替えを女中さんに頼む。結局湯船のお湯をいっぱい使ってしまったから、お湯を入れ替えてもそんなには無駄遣いにならなかった、ということにする。
脱衣所で蘭の身体と髪を拭いてあげ、着物を着せ、自分は女学校の制服に再び袖を通す。一応、準備は整った。
さて、どうやっておじいさまに蘭のことを話したものか。
美桜はようやく冷静になる。
それにしても……と、自分の子どもの頃の着物を着た蘭を見る。ボロを身にまとっている時から蘭は一転して、艶やかな雰囲気を身にまとっている。わざわざ残してある着物なのでそれなりにいい着物だということもあるが、どこから見てもいいところのお嬢様で、長い髪を三つ編みにしてあげたので、本当にかわいらしい。
「蘭……くん。かわいいわよ」
「だから僕は男の子なんです……でも男の子の服は……ないですよね」
「我慢してね。今はこれしか着物がないんだから。じゃあ、これからおじいさまのところに連れて行きますからね」
「お殿様のところですね」
美桜は頷いた。
おじいさまがなんと言おうと蘭をウチの子にしよう、と美桜は既に決意している。見てしまっただけでなく、しっかり握ってしまった。わたしは責任を取る必要がある。いや、そうではない。こんなにもかわいらしい子を路頭に迷わせるなんてことはできない。
美桜は固い決意を胸に、蘭の手を引いて祖父の離れにある部屋に向かう。美桜の祖父は美桜が戻ってきていることを家人から聞いていたのだろう、美桜がふすま越しに自分が来た旨を伝えると、入るよう言った。
ふすまを開けて中に入り、美桜は正座し、蘭にも入るように言う。蘭はおずおずと入り、ふすまを閉め、美桜の隣に正座した。
蘭を見ると美桜の祖父・恒義は訝しげに聞いた。
「その子は? 友だちにしては幼くはないか?」
「友人ではありません。浅草で拾いました」
「拾った?」
恒義は床の間の前で書類を精査していたが、書類を座卓の上に置くと蘭に目を向けた。
「北条のお殿様、初めまして。僕は虎見蘭と申します」
虎見、と聞くと美桜の祖父は相好を崩し、うわずった声を上げた。
「おお! 虎見とな! 懐かしい名を聞いたぞ! 刀吉は息災か?」
蘭は首を横に振った。
「いえ。じいちゃんから『虎の牙』を継ぎました……」
「……そうか。惜しい奴を亡くしたな。殺しても死なないと思うような奴だったが、歳には勝てなかったか」
恒義は残念そうに言い、美桜は説明する。
「蘭くんはお祖父さんに育てられたんです。お父さんお母さんもいなくて天涯孤独になってしまって、おじいさまを頼りに北条町からここまで1人で歩いて来たんですって」
「なんと……」
恒義は指を手にやった。
「刀吉の奴……ワシを頼ってくれれば良かったのに」
「じいちゃんは北条のお殿様に頼れば絶対に面倒を看てくれるはずだって言ってました。でも自分はお世話になる気はなかったみたいです」
「そうか……そういう奴だったな。ばあさんにも知らせてやらんと……ところで美桜。お前、蘭くんと言ったな」
美桜は頷いた。
「わたしの着物を着せていますが、男の子なんです」
それを聞いて恒義はニヤリと笑った。
「それはとてもいいことだ。虎見の家が絶えることはなかったんだな。ところで蘭と言ったな。お前は刀吉のように『
恒義は興味深そうに聞いた。何を聞かれているのかよく分かっていないのか、蘭はきょとんとした後、淡々とこう答えた。
「じいちゃんには『仕込み終わっている』と伝えるよう言われました。『そうでなければ「虎の牙」ではない』と」
蘭が言い終えると恒義は真顔になってしばらく黙った。
「その歳でか」
蘭は頷いた。恒義はしばらく考え込んだ後、美桜に言った。
「決めた。この子はうちで面倒を看るぞ」
「はい」
美桜は頷いた。そして聞き返した。
「はい?」
「だからウチで引き取ると言っているんだ」
「ここはおじいさまが難色を示すとか、何か条件を付けるとか、いろいろあるのが普通の展開ですよね?」
すんなり行きすぎて、美桜は逆に訝しく思う。
「どこにそんな必要がある? 他でもない刀吉の最後の頼みだ。聞かないことができようか」
恒義は感慨深げに頷いた。
「え?! じゃあ僕、ここでお世話になっていいんですか?」
蘭も拍子抜けしてしまったようだ。
「ああ。もちろんだ。うちから学校に通うといい。もし通いたければ中等学校にも進んでもいいぞ」
「で、でも、僕、お世話になるだけじゃなくって、働かないとダメだと思います!」
蘭は強い口調でそう言い切る。
「お前の好きにすればいい。そう即断できるくらい、ワシとばあさんは幕末の動乱で刀吉に助けられたんだ」
恒義は遠い目をして言った。恒義とみつは幕末に旧幕府軍と戦ったと聞いたことがある。おそらくそのとき蘭の祖父も一緒だったのだろう。
「ではわたしの付き添いをしてちょうだい。女学校の登下校に使用人の付き添いがいることも珍しくないの」
「蘭が決めていいんだぞ」
恒義がそう言ってくれたので美桜が蘭の方を見ると、彼は明らかに喜んだ顔を美桜に向けていた。
「それ、とてもよさそうです!」
「帰りに買い食いしたいんでしょう?」
「違います!!!」
蘭は真っ赤になって怒り出した。もちろん冗談なのだが、蘭にはそれが通用しない。
遅れて美桜の祖母・みつが割烹着姿で現れ、蘭が刀吉の孫だと教えて貰うと彼女は感極まって蘭に抱きついた。それほどまでに蘭の祖父である刀吉という人は、幕末の混乱で北条家を助けて戦ったらしい。
それから美桜は恒義に、どうして射撃練習場に来てくれなかったのか尋ねたが、急ぎの用があった、としか教えて貰えなかった。時々こういうことがあるので、美桜もそれ以上は聞かない。
美桜は夕食の席で父母にも蘭を紹介し、話に聞いていた恩人の孫の存在に驚くとともに蘭をとても気の毒がった。
「いつまでもここにいていいのよ」
母・貴子がそう蘭に言うと、蘭は美桜を見た。
「ありがとうございます……浅草で美桜お嬢様に見つけていただけなかったら、まだ僕はお殿様を探して路頭に迷っていたことでしょう。美桜お嬢様は僕の恩人です。恩返しをするまでお仕え続けます」
蘭がそう答えて握りこぶしを作ると、美桜の父、北条子爵は苦笑した。
「今はもう徳川の世じゃないんだから、そんなに気負わなくてもいいんだよ」
「でも、人付き合いが苦手な美桜にはちょうどいい騎士様になるかもしれませんことよ。期待してましてよ、蘭ちゃん」
貴子は面白そうに笑い、美桜はお風呂での出来事を思い出し、真っ赤になって俯いた。
今のところ華族の誰にもお風呂での出来事は伝わっていない様子だ。お手伝いさんにも秘密にするよう念を押してあるが、バレたらバレたでまた考えればいい、と、ある意味成り行き任せの美桜であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます