第7章「夏祭りの協力」

第37話「三人の役割」

第7章「夏祭りの協力」


 シジュウカラ、コルリ、エナガ——それぞれ違う歌声が、森に美しい合唱を響かせる。一羽ではかなでられない調和がそこにある。


    ◇


 七月に入って間もなく、学校に夏祭りの知らせが届いた。


「今年も、町内会の夏祭りに学校が協力することになりました」


 田辺先生が朝礼で発表した時、みずきの心は複雑だった。お祭りは楽しみだが、同時に何か大きな責任を感じている。万年筆を持つようになってから、こうした催し物でも「何かできることはないだろうか」と考える癖がついていた。


「各クラスから数名ずつ、お手伝いに参加していただきます」


 田辺先生が続けた。


「希望者は放課後に残ってください」


 昼休み、三人は中庭でお弁当を食べながら話し合った。


「夏祭りのお手伝い、やってみない?」


 恵奈えなが提案した。最近、恵奈はこうした積極的な提案をよくするようになった。万年筆の秘密を知ってから、みずきを支える方法を常に考えているのだ。


「そうですわね」


 小瑠璃こるりも賛成した。


「みんなで協力できる良い機会ですもの」


 みずきは二人の顔を見回した。心の中で、温かい感謝の気持ちが広がっていく。二人とも、自分のことを本当に大切に思ってくれている。それがひしひしと伝わってくる。


「ありがとう、二人とも」


 みずきが微笑んだ。


「きっと、三人でなら素敵なお手伝いができるわ」


 放課後、約束の教室に向かうと、学年の各クラスから集まった生徒が十人ほどいた。田辺先生が説明してくださる。


「お祭りは三週間後の土曜日です」


 田辺先生が黒板に日程を書いた。


「皆さんには、会場の飾り付けや、子供たちの遊び場の準備をお願いします」


 みずきは先生の話を聞きながら、頭の中で色々なことを考えていた。飾り付けなら、万年筆の力で何か美しいものを作れるかもしれない。でも、そんなことをしてもいいのだろうか。人々の前で不思議なことが起こったら、秘密がばれてしまう。


「みずきちゃん、大丈夫?」


 恵奈が小声で聞いた。みずきの心の動きを察知したのかもしれない。


「ええ、ちょっと考え事を」


 みずきが答えると、恵奈は理解したように頷いた。


「役割分担を発表します」


 田辺先生が名簿を見ながら言った。


「装飾担当として、雀部さん、四條さん、青山さん」


 三人は顔を見合わせて微笑んだ。一緒の担当になれて良かった。


「装飾担当の皆さんは、会場に飾る提灯や短冊の準備をお願いします」


 みずきの胸に、ふっと不安がよぎった。短冊たんざくに文字を書く作業があるかもしれない。万年筆で書いてしまったら、何が起こるかわからない。


 でも、その不安と同時に、別の感情も湧いてきた。期待と希望だった。もしかしたら、お祭りを訪れる人たちの願いを、何かの形で叶えることができるかもしれない。


「詳しい作業内容は、後日お知らせします」


 田辺先生が話を終えた。


「それでは、よろしくお願いします」


 教室を出る時、三人は自然と寄り添って歩いた。


「楽しみね」


 恵奈が明るく言った。


「三人で一緒に作業できるなんて」


「ええ」


 小瑠璃も嬉しそうだった。


「きっと素敵な飾り付けができますわ」


 みずきは二人の言葉を聞きながら、心の奥で複雑な思いを巡らせていた。確かに楽しみだ。でも、万年筆のことが頭から離れない。今回のお手伝いで、万年筆の力を使う機会があるのだろうか。使うべきなのだろうか。


「みずきちゃん」


 恵奈が立ち止まった。


「何か心配していることがあるでしょう?」


 みずきは驚いた。恵奈の観察力の鋭さに、いつも感心させられる。


「実は…」


 みずきが迷いながら答えた。


「万年筆のことが気になって」


「お祭りで使うかもしれないということ?」


 恵奈の問いに、みずきは頷いた。


「短冊に文字を書く作業があるかもしれないの。もし万年筆で書いてしまったら…」


「みずきさん」


 小瑠璃が優しく言った。


「それは、その時に三人で考えれば良いのではないでしょうか」


「そうよ」


 恵奈も同意した。


「一人で悩む必要はないわ。わたしたち、約束したでしょう?」


 みずきの心に、じんわりと安心感が広がった。そうだった。もう一人で抱え込む必要はない。三人で相談して、最良の方法を見つければいいのだ。


「ありがとう」


 みずきが心から言った。


「二人がいてくれて、本当に心強いわ」


 夕日が三人の影を長く伸ばしている。校庭では、ツバメたちが元気に飛び回っていた。もうすぐ二回目の巣立ちの季節だろう。


 みずきは万年筆のことを考えながら歩いた。確かに不安はある。でも、それ以上に大きな期待もある。三人で力を合わせれば、きっと素晴らしいお祭りにできるはずだ。


 万年筆の力を使うかどうかは、その時の状況次第だ。でも、どんな選択をするにしても、恵奈と小瑠璃が一緒にいてくれる。それが何より心強かった。


「ところで」


 恵奈がふと言った。


「夏祭りといえば、浴衣ゆかたよね」


「あら、そうですわね」


 小瑠璃が手を叩いた。


「三人でお揃いの浴衣を着たら素敵ですわ」


 みずきの心が軽やかになった。万年筆のことばかり考えていたが、お祭りには他にも楽しいことがたくさんある。


「それいいわね」


 みずきが微笑んだ。


「お母さんに相談してみる」


 三人は楽しい話をしながら帰路についた。


 夏祭りへの期待が、みずきの心を明るく染めていく。万年筆の責任は重いが、友達と一緒なら乗り越えられる。そんな確信が、みずきの足取りを軽やかにしていた。

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