私、最強ですが隠居してます。隣の彼と、まったりスローライフ

すぎやま よういち

第1話 現実世界の終わりと異世界での目覚め

リリアの意識は、ひどく重い鉛の塊のようだった。数えきれない夜を徹した残業、上司の叱責、同僚の陰口、そして未来の見えない漠然とした不安が、まるで体中に絡みつく鎖のように彼女を蝕んでいた。やがて、その鎖は耐えがたいほどの重みとなり、リリアは深い闇へと沈んでいった。

次に目覚めた時、まず感じたのは、乾いた土の匂いと、ひんやりとした湿気だ。瞼を開くと、目に飛び込んできたのは、見慣れないほど鮮やかな緑色の世界。鬱蒼と茂る木々の葉が、頭上高くで幾重にも重なり合い、木漏れ日の斑点が地面に複雑な模様を描いていた。

全身を包む空気は、これまでの都会で吸っていた淀んだそれとは全く違う。深く吸い込むと、肺いっぱいに澄んだ、甘やかな森の香りが広がり、体中の細胞が洗い流されていくような感覚に陥った。耳を澄ませば、どこからか小鳥のさえずりが聞こえ、風が葉を揺らす優しい音が、疲弊しきった心にそっと寄り添う。

ゆっくりと身を起こすと、肌に触れる衣服の質感が、いつものスーツとは違うことに気づいた。簡素な麻のような生地だ。そして、自身の掌を見つめ、はっと息を呑む。指先から、確かに微かな光の粒子が漏れているように感じられたのだ。

「これは……?」

手をかざすと、手のひらから炎が、風が、水が、土が、そして光と闇の力が、まるで意思を持つかのように次々と現れ、そして消えていく。触れるはずのないそれらの力が、あまりにも鮮明に、自身の内に宿っていることをリリアは理解した。あらゆる魔法を自在に操れる「全属性魔法」。規格外としか言いようのない、途方もない力だ。

しかし、その圧倒的な力を目の当たりにしても、リリアの心に湧き上がったのは、歓喜や高揚ではなかった。むしろ、これまでを上回る重苦しい予感だった。

「こんなもの、使えばきっと、また…」

目立つ。騒がしい。かつて、その力(異世界では魔法だが、前世では「能力」や「優秀さ」と置き換える)故に、理不尽な期待を押し付けられ、際限のない要求に応え続けた日々。上司の叱責、同僚の陰口、そして心休まる暇もない漠然とした未来への不安。あの消耗しきった毎日が、走馬灯のように脳裏をよぎる。力を振るうたび、その結果が誰かの「都合の良い道具」となる。平穏は遠のき、精神は擦り減っていく。そんな苦い経験が、リリアの心を深く蝕んでいた。 深く、深く息を吐き出す。心の中で、確固たる願いが形作られていく。 「もう、誰かに利用されたくない。心穏やかに、ただ静かに、自分の手で穏やかな日常を築いていきたい」深く、深く息を吐き出す。心の中で、確固たる願いが形作られていく。

「もう、誰とも争いたくない。過去の全てを捨てて、ただ静かに、穏やかに生きていきたい」

リリアは立ち上がり、森の奥へと続く光の差す方向を見つめた。その先に、きっと自分の求めていた安息の地がある。そう信じて、彼女は静かに、しかし確かな一歩を踏み出したのだった。

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