第44話 対決

 そのとき、書庫との境の・・あの秘密の入口から声がしました。


 「待ちなさい」


 蛇にまとわりつかれながら、私は首をそちらに向けました。


 そこには・・天岸あまぎし先生が立っていました。


 天岸先生が懐から何かを取り出して・・私に向けて振りました。シャリンという澄んだ音が聞こえました。天岸先生が持っていた鈴です。天岸先生が言います。


 「消えなさい・・」


 すると・・私の周りに群がっていた蛇の姿が・・薄くなって、順々に消えていったのです。私の首、ブラウスの胸、スカートの中・・の蛇も消えていきました。私は床に這って、ゼイゼイと荒い息を吐きました。蛇に首を絞められて、息ができなかったのです。


 玲奈が走ってきました。玲奈の周りの蛇も消えたみたいです。玲奈が私を抱きかかえてくれました。


 「美咲。大丈夫?」


 私の口から、ようやく声が出ました。


 「ええ、なんとか・・大丈夫・・」


 玲奈に抱かれながら見ると・・部屋の中央で、天岸先生と鴨居先生が向き合っていました。


 鴨居先生が憎々しげに言います。


 「おのれ・・天岸。邪魔をするな」


 天岸先生も言い返しました。


 「悪魔め。そこまでにしなさい」


 鴨居先生がエスペナウ土鈴を、祭壇の横の松明に向けて打ちました。チリンと音がしたと思うと、松明の炎が大きく燃え上がって・・天岸先生を襲いました。たちまち、先生の身体がオレンジの炎に包まれます。すると、火の中でシャリンという澄んだ音がしました。次の瞬間、炎がだんだんと薄くなって・・消えました。その跡には、天岸先生が平然として立っています。


 天岸先生が、持っている鈴を鴨居先生に突き出しました。


 「これは、このN女のグランドにある土で作った魔除けの御鈴おんすずです。あなたも知っているように・・土は悪魔の力を増幅させることもあれば、封じることもあるんですよ。日本の土は・・日本の呪術に使われると・・西洋の悪魔の力を封じるようですね」


 鴨居先生の顔が歪みました。


 「呪術だと!・・あの呪術部でその鈴を作ったというのか?」


 天岸先生が答えます。


 「そうです。呪術部は・・悪魔『アンラ・マンユ』を倒すために、私が作った部です。そして、『アンラ・マンユ』を倒す方法を研究していました。しかし、部員をあなたに生贄として殺されて・・呪術部は存続できなくなりました。でも、呪術部の研究によって・・N女のグランドの土は悪魔の力を増加させますが、使い方を変えると、逆にその力を封じることがあることが分かったんです。そして、呪術部で・・日本古来の方法で、この御鈴おんすずを作ったんです。御鈴おんすずがある限り、私を殺すことはできません」


 「それで、お前は・・その鈴で、『アンラ・マンユ』を倒そうとして・・私をつけ狙っていたんだな!」


 「私にはドゥルドゥス教の蘇りの秘儀が、N女子高のどこで行われているのかが分かりませんでした。それで、私はずっとあなたを監視しながら・・その場所を探していたんです。そして、今日やっと、その子たちのお陰で、この場所が分かったんです」


 「おのれ! 『アンラ・マンユ』の力を甘く見るな!」


 鴨居先生は、エスペナウ土鈴を床に投げ捨てると・・『アンラ・マンユ』の像の前に走りました。何か呪文を唱えました。


 すると・・『アンラ・マンユ』の像がムクムクと大きくなったんです。蛇の頭の横から、さらに二つの頭が現れ・・三つの蛇の頭になりました。背中には羽根が生え、うろこに覆われた身体は蛇のように長く伸びて、しっぽが生えています。・・まるで、ドラゴンのような姿です。


 私と抱き合っていた玲奈がつぶやきました。


 「あれは、ゾロアスター教に登場する怪物、アジ・ダハーカ・・」


 私は驚いて、玲奈を見ました。


 どうして玲奈がそんなことを知ってるの?・・


 私の疑問は続きませんでした。アジ・ダハーカの頭についた六つの目が天岸先生をにらむと・・三つの口から緑色の液体を先生に吹き付けたのです。


 液体が天岸先生の頭上に飛びます。とっさに、先生は床に転がりました。先生がいたとこに液体が降りかかって・・一瞬にして、床を溶かしてしまいました。床には、大きな穴が開いています。


 鴨居先生の声が響きます。


 「その液はね、なんでも一瞬にして溶かしてしまうんだよ。お前の身体も溶かしてやるよ」


 天岸先生がアジ・ダハーカに向かって、御鈴おんすずを振りかざしました。そのときです。アジ・ダハーカの尾が一閃して、御鈴おんすずを持った天岸先生の手を打ちました。天岸先生の手から御鈴おんすずが宙に飛んで・・鴨居先生が片手でそれを掴んだのです。


 鴨居先生が高らかに笑いました。


 「あはははは。もう、お前を守るものはないよ。天岸、お前の最後だ。死ね!」


 アジ・ダハーカの六つの目が再び、天岸先生を見ました。三つの口が開きました。天岸先生が後ずさりします。先生の顔が真っ青になっています。


 玲奈がまたつぶやきました。


 「アジ・ダハーカの唯一の欠点は・・あのしっぽ」


 そう言うと、玲奈は夏葉が縛られているベッドに走りました。ベッドに突き刺さっている短剣を抜き取りました。そして、それを・・アジ・ダハーカに向かって投げたのです。


 短剣が松明のオレンジの炎を反射しながら宙を飛びました。アジ・ダハーカの口から、緑色の液が天岸先生に向けて飛び出しました。そして、次の瞬間、玲奈の投げた短剣が、アジ・ダハーカの尾に突き刺さったのです。


 アジ・ダハーカの三つの首が、大きくのけぞりました。それで、アジ・ダハーカの口から出た緑の液は方向を変えて・・部屋の壁にまき散らされたのです。たちまち、部屋の壁が溶けて、壁のあちこちに穴が空きました。すると、支えていたものがなくなって・・天井が崩れ始めたのです。


 「あぶない! みんな、ここから逃げるのよ」


 天岸先生の声が聞こえました。私と玲奈は、優花と夏葉が縛られているベッドへ走りました。二人を縛っているロープを解きます。そして、二人を抱えて・・あの書庫との間に開いている秘密の入口に向かって走ったのです。


 天井が崩れてきて、私たちの周囲に、コンクリートの塊が次々と落下してきます。やっと、入口に到着しました。入口は崩れかかっていて、一人が這って出入りするぐらいしか開いていません。最初に、玲奈が這って書庫側に抜けました。続いて私が優花のお尻を押して、入口に押し込みました。玲奈が書庫側から、優花の手を引きます。優花の身体が書庫に抜けて・・次いで、私は夏葉のお尻を押しました。穴の向こうから玲奈が夏葉の手を引きます。夏葉の身体もなんとか穴を抜けました。残るは私だけです。入口の穴は歪んで、どんどん小さくなっていきます。そのとき、天井全体が音を立てて落下してきたのです。


 玲奈が向こう側から叫びます。


 「美咲! 早く、急いで!」


 私は自分の身体を、かすかに開いている穴の中に投げ入れました。玲奈が私の手を強くひきました。私の身体が穴にこすれて・・次の瞬間、私は書庫側に転がり出たのです。転がりながら、穴の中を見ると・・天井が一斉に崩れてきて・・向こうの部屋が瓦礫で埋まるのが見えました。


 私はそのまま気を失ってしまいました・・

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