第4話
……真っ白な一面の雪。
子供が一人、ぽつんと佇んでずっと空を見上げている。
彼女はくすくすと笑った。
『あの子、出身はリングレーだからやっぱり雪が珍しいのかしらね』
栗色の髪に雪が積もるほど熱心に空を見ていたが、
不意に何かを見つけたように走り出して行った。
その先に視線をやると黒衣の長身が過って行く。
その背を、嬉しそうに追って行く。
『その子ならリュティスを変えてくれるかもしれない』
それは、サンゴール王家にあって身体が弱いために強力な魔力を行使することが出来なかった彼女の夫が、ただ一つこの世に残した『予言』だった。
◇ ◇ ◇
瞳をゆっくりと開く。
側のテーブルに、腰掛けたリュティスが黒衣のフードを被ったまま突っ伏して眠っていた。
女王は自分の肩にそっと手をやり指を滑らせる。
傷は消えていた。
リュティスは疲れ切った顔をしていた。顔色が良くない。
第二王子の魔力は強大だが、癒しの方には非常に使い難い力なのだという。
アミアは確かめるように緩やかに身を起こしてベッドから下りた。
単純な睡魔ではなく、魔力の激しい疲弊を自己回復するように眠りについているのだろう。そうでなければ人前で寝顔をさらすような男ではなかった。
そっと、眠るリュティスの額に触れた。
リュティスの内に眠る【竜の血】が吹き出す様を、
あれほどはっきりと感じたのは初めての事だった。
肩に走った鋭い痛みも、ちゃんと覚えている。
しかし奇妙だったが、一撃食らってアミアの頭は霧が晴れたような気分になっていた。
初めて、リュティスという人間の心にちゃんと触れたような気がしたのだ。
そしてサンゴールの玉座に彼がついたら世界に何をもたらすのかも、初めて分かった。
「私は退位はしない。貴方を守るためよ」
アミアは静かに、だがはっきりと言った。
グインエルが光と呼ばれる陰で、リュティスは闇の宿命を背負うしかなかった。
そういう兄弟なのだ。
結婚する時、グインエルがただ一つだけアミアに頼んだ事がある。
『私を君が愛してくれるかぎり、
リュティスの事も本当の弟と思ってどうか愛してやってほしい』
ただ一つ彼がアミアに望んだ事だ。
だからその誓いは生涯守ろうと心に決めている。
そっとリュティスの手に重ねた自分の手の甲に、一つ雫が落ちた。
……メリクの顔を思い出した。
人を真っすぐに見つめるあの綺麗な翡翠の瞳を。
幼くしてサンゴール城にやって来て、
そこからまともに出た事もない彼が、これからの時をどうして過ごして行くのだろう?
それを思った時、アミアの頬に涙が伝った。
自分はリュティスを守らなければ。
……でも、それと同じ強さでメリクのことは守り抜いてやれなかったのだ。
リュティスを選んで、メリクを捨てた。
誰がどう慰めようと、自分の心は偽れない。
自分はメリクを見捨てたのだ。
(なにが、救って守った)
どれだけ今まで、言えない想いを抱えさせて来たのだろう。
「ごめんね、メリク……」
一生消えない罪だ。
背負って行かなくてはならない。
だがこれほど苦しくても、一番苦しんでいるのはメリクだという事実がアミアの胸を締め付けた。
昔……サンゴール城にやって来たばかりの頃のメリクは、本当に無邪気に笑って駆け回っていた。
その姿を夢に思い出す。
竜の冷たい宿業に取り憑かれたサンゴール王宮にあって、本当に可愛い笑顔だった。
(救われたのは私だった)
失うだけだった【有翼の蛇戦争】の傷を、メリクの存在があることで和らげてくれた。
だから彼女は今この瞬間も信じている。
あの少年はあの時、自分の心を救うためにあの場所に現われてくれたのだということを。
――――では【サダルメリク】は?
(あの子のことは、誰が救ってくれるのかしら)
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