第17話


 凪紗は日に日に魔法が上達していた。


 ロンは教師として教えられることはもうないと言い、授業は三日で終了した。今は先輩冒険者として、討伐のコツや効率のいい穴場など、一人でも討伐依頼をこなせるように色々とアドバイスをくれた。


 攻撃魔法が苦手な私は、討伐について行くのをやめた。女神の加護セキュリティに守られて怪我はしない。だけど、戦力になれないなら一緒に行かない方がいいと考えた。それぐらい、この世界の森は危険だ。


 凪紗と相談した結果、一人でギルド本部で待つことにした。


 今日は討伐依頼を受けた凪紗は、ロンとサラと一緒に奥の森へ入った。私はギルド本部の図書室でスキルを調べることにした。


 四人用の広いテーブルもあるけれど、隅っこの一人席に隠れて本を広げることにした。


 現在発見されているスキルは約三十個。その中で一番人気なのは身体強化系スキルで、次に鑑定スキルとインベントリが続く。


 所持人数が多いのは、活力、幸運、料理上手、商売上手、緑の手など、生活に役立つスキルだった。


 その中には一生発動できない、使い方の分からないスキルもある。


 「忠誠、強護、犀利?」といったスキルは古くから存在するものの、いまだ解明されておらず、新しい情報が求められているようだった。

 

 発見されたスキルの一覧表を最初から最後までじっくりと確認したけど、私が持っているスキルの中でインベントリと鑑定しか載っていなかった。


 サブスペース、パントリー、マッピング、結界の情報はなかった。


 (マッピングって、地図だよね?)


 マッピング画面を開くと、真っ白な地図に矢印一つしか書いていない。体の向きが変わると矢印の方向も一緒に変わる。


 地図を拡大してみると、コテージ、冒険者ギルド本部、競技場が見えた。自分の場所を示す矢印は、今冒険者ギルドの中にあった。


 これは、行ったことがある場所ならマッピングで表示されるという実用的なスキルだった。


 (…地図を全部埋めるにはどれくらい時間かかるんだ?…)


 考えるだけで気が遠くなりそうだ。


 本を棚に戻し、人目を避けて裏口からギルド本部を出た。


 道端で見覚えのある植物の前にしゃがみ込んだ。

 (鑑定!)



 ヨモギ

―――――

状態:B

止血効果のある薬草。リラックス効果のある爽やかな香りは睡眠改善に使われることも多い。



 (あれ?天ぷらとかヨモギ茶の情報はない。この世界の人は食べないのか?)



 たんぽぽ

――――――

状態:C

サラダやスープによく使われる食材。花が咲く前なら苦味が少ない。



 (たんぽぽは食べるんかい!)


 鑑定画面を閉じて、ふわふわのタンポポの綿毛を見つめた。白くてまん丸の綿毛が、風に吹かれて小さく揺れている。


 (飛ばされないように、壁を…結界!)


 綿毛の外側に小さな丸が見える。茎が揺れても綿毛はびくともしない。綿毛を包み込んだ結界は、自分を守っている女神の加護セキュリティとよく似ていた。

 

 小さな結界を指先で突いてみると、結界ごと動いたが、中は静止画のようにまったく動かなかった。


 かなり頑丈に守られているようだった。


 解除を念じると、結界がシャボン玉のように弾けて、綿毛が勢いよく空高く飛ばされた。風に乗ってあっという間に見えなくなった。


 (結界がこれで合っているかどうかは微妙だけど)


 人影が少ないからか、女神の森の中に状態のいいヨモギが群生しているのが目に入った。若い葉を摘み取ってインベントリに入れた。


 (天ぷら、草団子、ヨモギ茶!)


 ふと依頼ボードのことを思い出す。


 討伐依頼以外に、採集依頼と製作依頼もあった。


 採集依頼は薬草や森の食材など、奥の森に入らなくてもこなせそうな簡単な依頼が多いが、レアアイテムの採集依頼もある。


 製作依頼は主に装備と薬品の作成と納品。これは職人向きの依頼で、新人冒険者は受けられないようだ。


 討伐依頼は難しいけれど、簡単な採集依頼なら一人でもこなせるかもしれない。


 方向を変えてギルド本部の正面から入ることにした。


 冒険者ギルド本部の正面には大きな一本道が伸びていた。道の両側には倉庫や研究機関、競技場が立ち並び、生活に必要な食堂や馬屋もある。だが、女神の森が近いこともあって人影は少なかった。


 正面からギルドに入ると、カウンター内に一気に緊張が走った。


 「イ、イチノミヤ様、今日はどんなご要件で…」


 「すみません、お邪魔します!依頼ボードを覗きに来ました!」


 カウンター内の雰囲気に驚き、声が上ずった。


 「あちらでございます!どうぞ、ご覧ください!」


 「ありがとうございます!!」


 依頼ボードの前にいた数人の冒険者は事情が分からないが、職員の緊張感に圧倒され、さっと道を開けてくれた。


 居心地の悪さに背中に変な汗が出た。


 「お前ら…」


 後ろで誰かがこそこそと話している。振り返る勇気はない。


 (依頼ボードの確認…採集、採種…あった!)


 初心者でも受けられる依頼は薬草と山菜の採集だった。鑑定を活用すれば、一人でもこなせそうだ。


 数種類の薬草名と山菜名を暗記し、小走りでギルド本部を後にした。


 後ろについてくる人がいないのを確認し、女神の森に入った。


 侵入者だと誤解されたくないし、実は異界賢者だというのもできればバレたくなかった。ただ、女神の森に自由に出入りできる人は少ない。それだけで勘づく人もいるだろうから、フェネルと協議した結果、なるべく女神の森に入らないようにしていた。


 そして、フェネルの言葉に甘えて、現在の生活拠点をギルド本部三階の客室に移した。


 現在、「異界賢者」は微妙な立場にいる。


 今の女神の大地には戦争はあったけど、大きな災害はなかった。過去の例からすると、異界賢者が派遣されるようなタイミングじゃなかった。だから、急に現れた凪紗と私のことで、冒険者ギルド本部は一時混乱したらしい。


 サラや他のメイドは定期的にコテージの清掃依頼を受けているから、その日はたまたま女神の森にいたらしい。


 サラいわく、「生きているうちに異界賢者に会えるとは思いませんでした。会ってみたら普通の女の子にしか見えませんし、おかげでメイドたちは冷静でいられました」とのこと。


 女神の加護が人を弾き飛ばすまでは、どうにも実感が湧かなかったようだ。 


 異界賢者が現れたことを知っているのは、冒険者ギルド本部の人間と一部の冒険者、それからオータム王国の王族と一部の貴族、隣国のロッシュ王国の王族だけだった。ただし、情報を隠しているわけではないので、時間の問題だとされていた。


 凪紗と私は、厄介なことに巻き込まれる前に冒険者に紛れて姿をくらますという、一番自由に動けそうな計画を立てていた。


 討伐依頼の戦力になれない私でもこなせそうな採集依頼があった。これでお荷物状態から解放されるかもしれない。大した報酬はないかもしれないが、密かにほっとした。


 採集の依頼品は、森に自生しているものが多い。普通の森に行けば魔物に遭遇する可能性があるので、安全な女神の森で集めることにした。


 採り尽くさないように気をつけながら、コテージとギルド本部の間の森で採集した。数時間で、依頼された数をはるかに上回る薬草と山菜を手に入れることができた。


 満足してギルド本部に戻ろうと森を出たところで、何人かの人影に気づき、咄嗟に木の後ろに隠れた。


 「こっちにもいなかったかい」


 「いなかったよ。いくら聞いてもギルド本部の人は教えてくれなかったから、本人に聞こうと思ったのに〜」


 「見たことない顔だし、偉いところのお嬢ちゃんには見えないし、いったい何者だろう」


 「聞き回ったらまた本部の者に怒られるぞ」


 「今日はもう帰ろっか。そのうちまたどっかで見かけるし」


 姿は見えなかったが、彼らの声が遠ざかるのを確認してから、小走りで本部の裏口から部屋に戻った。



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