第10話
翌日、異世界三連休の最終日。
コテージの一階に降りると、サラから新たに調達された服と靴を渡された。
「こちらは丈夫な生地で誂えられた冒険者用の服です。ワンピースより動きやすいので、アイザワ様とイチノミヤ様にはぴったりかと存じます」
渡されたのは薄桃色のスキッパーシャツにジャケット、アイボリー色のコットンパンツと茶色の編み上げブーツだった。
「やった!!ワンピースから卒業だ!」
私も慣れないロングワンピースから解放されることにほっとした。
「この紺色のジャケットは、冒険者歴二年に満たないEランク以下の冒険者しか着用できない初心者用でございます。着用することで、冒険者ギルドが運営する宿泊施設と食堂を割安でご利用いただけます」
ジャケットは冒険者ギルドの支給品で、使用者の魔力で登録されているので、登録者以外の人が着ると拒絶反応が出るとのことだった。
そして、冒険者ギルドの対応が遅れたことに、サラは申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「二人の異界賢者様が同時に現れるのは初めてのことで、冒険者ギルドも対応に追われております。明日、ギルド会長が家庭教師をお連れして、こちらのコテージにお伺いする予定です。女神の大地での生活に困らないよう、様々なことを学んでいただきたいと存じます」
「それは助かります」
自分の身の安全のためにも、まずこの世界を知ることからだ。いきなり放り出されることがないのが分かって、少し安心した。
しかし、凪紗はそう思っていないようだ。
「その家庭教師は…大丈夫なんですか?」
「お二方の安全を第一に考えますと、情報漏洩の心配がなく、身分の確かな方が適任かと存じます。家庭教師の人選につきましては、今朝ギルド会長より、オータム王家から適任の方を派遣するとの連絡がございました。実は、オータム王国の初代王妃様は、この世界で初めて現れた異界賢者様であり、冒険者ギルドを立ち上げられた方でございます。そのような経緯もございまして、オータム王国はこの大陸で最も信仰深く、冒険者の多い国でございます。選ばれた家庭教師が信頼できる人物かどうかは、お会いになってからご判断ください。もしご要望がございましたら、家庭教師の交代も可能です」
「んーー、分かりました。明日会ってから判断します」
「…最初の異界賢者が王妃になったんですね」
私は全く違うことに引っかかった。人に囲まれるのが苦手な自分じゃ、とても考えられないジョブチェンジだ。
「…実和、顔に出てるよ」
(あ、いかん、いかん)
はっとして、両手で自分の顔を挟んで筋肉を定位置に戻した。
「この女神の森も、これから現れる異界賢者様のために初代の王妃様がお作りになったものでございます」
初代の王妃様は生涯、薬草の培養に尽力され、ポーションの製作と改良に大きな功績を残されました。そのおかげで、討伐の成功率と冒険者の生存率が向上し、国力の増強にも繋がったとのことです。
初代王妃を語るサラの眼差しには、尊敬と憧れが溢れている。
「初代王妃様は異界賢者のために手記をお残しになっております」
サラに案内してもらってコテージの二階にある書斎に入った。壁一面に広がる本棚から木箱を取り出した。
「…どうぞ、ご自由にご覧くださいませ。では、私たちは一階で待機しておりますので、何かございましたらお声がけくださいませ」
「??…ありがとうござい」
サラは何かを言おうとしたが、結局何も言わずに一礼をして書斎を出た。
箱の中に色と大きさの違う本が数冊ある。一番上にある茶色い牛革の本を手に取って最初のページをめくる。
【ミカ・ホシノ】
日本人っぽい名前が書かれている。
(初代王妃の本名なのか?)
―――――――――――――――――
異界賢者の件は、どうにかまとまったようだ。ローズ様は私のために様々な案を用意してくださった。『臨機応変に対応しましょう』と、言ってくださった。
正直に言うと、そこまでしていただけたら何の不安も残らなかった。ずっと穏やかだった女神様に頼まれた伝言を聞くまでは…。
『ついでに、あの世界の人に伝えてくださる?調子こいてんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞっと』
女神様はニコニコと微笑んでいらっしゃったのに、その目は据わっていた。恐ろしい、怒ってる。絶対怒っているよ。
明日からローズ様と共に異世界へ赴く予定だ。気を引き締め、頼まれた役目を果たしたい。参考になるような記録を残せればと思い、このノートを書き始めた。
私の名は星野巳果、女神の大地における最初の異界賢者となる。
――――――――――――――――
【一日目。辺境伯野郎、マジでムカつく!一発殴りたい!】
【二日目。はぁ?王様だから何だ?クソが!】
【三日目。王様が王様なら臣下も臣下だ!】
【四日目。ローズ様のおかげで新薬ができたのに、この人たちは何も分かってない!死因は病死?愚死に決まってる!】
【五日目。民の無知は領主の責任。だからこいつの態度が一番の問題。やっぱり一発殴りたい】
【六日目。ローズ様との約束は守る。何も言えない。悔しい】
【七日目。すっきりした。よく我慢した、私!早めに殴れば良かったのに】
本に記されているのは日本語の殴り書き。
「凪紗…これ…」
(…参考になれるような記録とは?)
「…ストレートに書いてあるね」
凪紗は私と同じく微妙な顔で本を見ている。
「本というか…」
「…デスノートだ」
「凪紗が持っているのは誰が書いたもの?」
「マサル・タケウチ。内容はほぼ愚痴。実和は?」
「ミカ・ホシノ。多分、オータム王国の初代王妃様」
凪紗は手記を全部テーブルに並べた。八冊のうち、初代王妃が書いたものが五冊。
「それにしても、全部日本語だね…」
凪紗はばらばらとめくってぼそっと言った。
「あれ、そういえば、ここ日本語も通じる?」
最初から言葉の問題はなかったから、全く気にしていなかった。
「通じないよ。自動翻訳魔法があるから全部日本語に変換されてるけど、相手の口をよく見たら全然合ってないのが分かる。でも、実和はさ」
凪紗は本を置いて私を向いた。
「実和は私には日本語、フェネルさんとサラさんには違う言語で話しているよ」
「いやいや、この世界の言葉なんて知らないし、話せないよ?…ん?でも、私は自動翻訳魔法を持ってない…」
ふっと違和感を覚えた。
(じゃ、何故話が通じるんだ?)
「私も自動翻訳されてるから、原型が分からないよね。まぁ、何語か分からないけど、日本語は通じないことは間違いないと思う」
「つまり、ここにあるのは異界賢者が書いた、異界賢者しか読めない本ってことね…」
「読める人が限られているから、オブラートもなかったかもしれないね。ふぁーー、とりあえず、さーっと読んでみようか」
凪紗は大きく深呼吸をしてもう一度手記を開く。
私は何となく他人の日記を見ているような後ろめたさを感じながら、初代王妃の本を読み進めていく。内容は断続的で分かりにくいところもあるが、いくつかの気になる記述を見つけた。
【一週間前に監禁されたと噂されているローズ様がこっそり来訪。顔色が良くて元気そうに見えるから安心した。ローズ様はいきなりインベントリから五千人分の薬草を取り出した。自分で栽培した薬草だから、思う存分に使ってくださいと。おかげで多くの領民の命が救われた。うるさい連中には女神様からいただいた薬草と言ったら尾を巻いて大人しく王都に帰った。ざまあみろ】
【ローズ様はまたまたこっそり来訪。季節外れで採れない薬草と野菜の種をいただきました。冬まであと3ヶ月、これで食料不足が何とかなりそうだ。一段落したら今度こそ物流を止めた隣の領主を潰しに行く】
【ローズ様から大量の写本を預かった。正本は魔法を掛けられてハーヴェストの教会から取り出せないらしい。ローズ様は教会に先祖代々受け継がれてきた大事な本があるから、ハーヴェストから離れなれないと。逃げたければいつでも逃げられるのに、本を人質にしたあの国はマジで許せない!】
【教会から帰る途中に声を掛けられた。君こそ真の聖女だと。侍女と護衛に止められてなかったら確実にボコボコにした。私は教会で祈りを捧げた…ように見えるかもしれないけど、ただ愚痴を言ってローズ様を貶す人に天罰を下すように祈っただけ】
【ハーヴェストから馬鹿げた勧誘を断ったら、今度はローズ様が牢屋に入れられた。嫌な予感がする。ロベルト様と相談して至急ローズ様の救出に行ってもらうことになった。どうか、間に合って!】
【今日はロース様の命日。レオ様は元気かな。レオ様の存在は最初から公表されていなかった。今思えば本当に良かったと思う。どこかで穏やかに生きてほしい】
【これからの異界賢者が王族と貴族に狙われないように冒険者ギルドを立ち上げた。冒険者は罪を犯さなければ自由が保障される。そして民を守れない、ふにゃふにゃの王族と貴族など要らない。民を守れるように鍛え上げる。きっと、いつか、役に立つ日が来る】
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